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第17話「改革派とヒナ」

「先日は本当に助かりました…カオルさんが来てくれなかったら、今頃私は矯正施設に入れられていたと思います」

「いいよ、気にしないで。それで言ったら私たちの仕事を手伝ったから目をつけられたわけだし、こうして助けられたのなら本当に良かった」

「そうねぇ、ヒナちゃんには本当に迷惑をかけちゃったわ…ごめんなさいね?」

 現体制派に拘束されそうになった翌日の放課後、私は任務の前にカオルさんとムツさんへ会いに来ていた。あの日と同じカフェテリアにたたずむ二人は相変わらず絵になっていて、私は王族と貴族の優雅なお茶会に参加する場違いな庶民ような気分になる。

 もちろんこの二人が私を小馬鹿にするはずもなくて、改めて改革派は派閥の中だと一番とっつきやすいように思えた。

 もっとも、それが参加の決定的な理由にはならないだろう。

「さて、あの日と同じくまた単刀直入に聞くよ。ヒナさん、私たちは君を正式に改革派へ招きたいと考えているけれど…多分ダメだよね?」

「…すみません」

「あらあら、いいのよ謝らなくて。あんなことがあったんだもの、そうなるのも当然よ」

 お互いが謝罪を終えてお茶を一口飲み、唇を湿らせて次の言葉に備える。そして真っ先に口を開いたのはカオルさんで、その言葉を体現するようにストレートで、だけど押しつけるような圧力のない平坦な声音だった。

 それに対し、私は再度の謝罪を口にすることしかできない。そう、今の私は…どの派閥に対しても、参加したくはなかった。

 現体制派は論外──そもそも向こうから敵視されていると思う──として、改革派についても変わらない。

 助けてもらったことには確実に恩義を感じているけれど、この二人の言うように私が生半可な気持ちで首を突っ込んだことで今日のようなトラブルに巻き込まれるのは、正直に言うとごめんだった。

 私は自分のささやかな望みのために学園に変わってほしいとは思うけれど、それ以上に安穏とした生活を続けたかったのだ。戦いがある以上は安全ではないし、魔法少女同士ですら争いはあるし、挙げ句の果てに争いの火種の正体すら知ってしまった。

 私は…そういうのとは距離を置いて、お役ごめんになるまではこれまで通りの生活を続けたい。変わってほしいという願いがそこにあったとしても、それは私の夢ではなかった。

 願いも夢も似ているように思えるのに、実際は違う。そして私は夢のほうが大切で、そのためには生きることを最優先にしたかったのだ。

「うん、それが聞けてよかった。ちゃんと聞く前に拘束されて、そして君本来の考えを歪められた状態で話すのはつらかったからね。私たちは魔法少女本来の意思を大切にしたいんだ」

「…あの、どうして私なんですか?」

「ん?」

 私の遠回しで微妙な拒否を受け取ったカオルさんはその整いすぎた顔を一切歪めることはなく、現実味に欠けるほど静かで穏やかに微笑んでいた。年中雨風に見舞われない、ただそよ風に揺らぐ草原のように。

 隣に座るムツさんもその草原で空を見上げるように、優しさに満ち満ちた顔で私に頷いてくれた。

 その様子に私も肩の力が抜けてしまったのか、聞かなくてもいい、あるいは聞く意味がない質問をしてしまう。

 でも、気にはなっていた。たしかに入学の際には『あなたには非凡な素質がある』なんて言われたけれど、それはセンチネルに配属されたのなら誰だって同じな気もする。

 だけど私に対するみんなの評価や警戒心は過剰な気がして、今日だって現体制派に拘束されそうになった。疑わしきは罰しない、そんなのが建前でしかないのを痛感させるように。

「私の固有魔法は珍しいみたいですけど、魔力の総量とか戦闘能力とか、飛び抜けてすごいとは思えないんです。なのに危険だとマークされて、カオルさんやムツさんにもこんなによくしてもらって…わからないんです、自分のすべきことが」

「…そうね。あなたの悩み、少しだけわかる気がするわ。私もやりたいことはあってもできるとは思えなくて、それでも成績優秀だと褒められて、ただその評価に甘んじて生きていくだけだと諦めていた…でもね、カオルのおかげでもう一度頑張ろうって思えたのよ」

「ムツ、その話はちょっと…恥ずかしいかも」

「あら、あんなに情熱的に私を求めてくれたのに」

「だから、誤解を招くような発言は遠慮してもらってだね…」

「……ふふっ。あ、ごめんなさい」

 こうした言葉の無駄遣いであっても、ムツさんは両手で受け取るように会話を引き継いでくれた。そしてほんの少しだけ過去について教えてくれたけれど、そこから先は薄く頬を染めたカオルさんによって制される。現体制派とのやりとりですら涼しい顔でこなしていたのに、ムツさんとの昔話では落ち着きを失って感情を迷子にしていた。

 そんなギャップが面白くて、同時に…私は日常に戻ってこれたことを再確認して、声を出して笑ってしまう。その様子も咎められることはなくて、むしろ嬉しそうに笑い返してくれた。

「…いろんなことを知って、武闘派とも戦って、自分の目的や敵を見失っているのかもしれません。誰を倒せば平和になるのか、そもそも影奴以外に倒すべき相手なんているのか、私にはわからなくて…だから、派閥に所属しても信念を持つことができなさそうなんです」

「うん、やっぱり私は君の考え方に同意するよ。私もね、魔法少女同士の争いをなくすには『共通の目的』が必要だと思うんだ」

「そうね。共通の目的や敵がいることで団結できるというのは、これまでの人間の歴史の中でも証明済ですもの。そして、本当なら影奴がそれに適しているのかもしれない…」

 リラックスできた私は大きく息を吸って、少しだけまとまってきた思考の塊を二人に検めてもらう。

 元々言われるがまま仕事をしていただけの私でも、やっぱり魔法少女学園の暗部ともいえる部分を知ればその生き方に揺らぎを感じる。それはすぐさま倒れるほど危なっかしくはないものの、わずかな傾きによって踏みしめる足に力が入らないような、不安定な建築物の中にいるような気分。

 そして二人は私を肯定してくれて、その上で必要だと思うことを掲げる。

 …共通の目的、か。私と同じ目的を持っている人は、この世にどれくらいいるんだろう?

 そんないるかどうかもわからない人を思考の向こう側に探してみたら、同居人の無愛想な背中が思い浮かぶ。それは多分違うだろうとは思っていても、私は伸ばした手を掴んでもらいたいという気持ちもわずかにあった。

 今の体制にある歪みを嫌い、それでも家族のために戦い、私のために危険を冒そうとしてくれた…優しい相棒。そんな優しい人が、私のまだ見えぬ目的を共有してくれたのなら。

「でも、正直なところ…影奴はそこまでの脅威ともいえないんだよね。低級の敵はもちろんのこと、強敵と呼ばれるタイプでも私たちなら十分打倒できる。かといって放置すると一般人に危害が加わるし、高頻度で湧いてくるから対処は必要…」

「そうねぇ、ここ最近は影奴との戦いで致命的な被害を出した魔法少女もほとんどいないもの。私たちの育成プログラムや装備は日々向上しているのに、影奴の強さは大きくは変わらない…犠牲が出ないのはいいけれど、すべての魔法少女が一つになるには緊迫感が足りないかしら?」

 二人の会話を聞いていると、ふと思いついたことがある。

 派閥に関係なくすべての魔法少女が必要となるような、圧倒的な強さの敵。それがいれば少なくともその戦いの最中は一つになれて、そこから相互理解が進む…なんていうのは、やっぱりきれい事なのだろうか?

 でも、先日の任務でも施設防衛という同じ目的のある仲間たちとはそこそこ話せていたし、戦いのあとは無事な人が怪我人を運び、それぞれが助け合って帰るべき場所へと戻ってこれた。

 それは些細な体験かもしれないし、仲間意識というほど立派な感情は目覚めていないかもだけど…あの場にいて助け合っていた人たちは、少なくとも敵ではなかった。

(なら、武闘派を敵に見立てれば改革派と現体制派は協力できる? でも、それだと魔法少女が救われるとは限らない…)

 武闘派を共通の敵にすれば学園内はまとまるだろうだけど、敵に認定された少女たちは影奴のように駆逐される運命を背負う。さらに、インフラの少女たちが搾取される仕組みも変わらないわけで。

 すべての魔法少女が救われるその瞬間、それが訪れる日なんて来るのだろうか?

「…すみません、そろそろ出撃の準備をしないといけませんから。これで失礼しますね」

「うん、頑張って。それと、最後に一つだけ…私たち改革派は、派閥に所属していない魔法少女もすべて守るべき対象だと思っているから。君は思慮深い人だからこそまた一緒に戦いたいけれど、どんな選択をしたとしても頼ってくれていいからね」

「ええ、私も同じ気持ち。ヒナちゃん、お姉さんたちには何でも相談してね? もちろん、茶飲み話だけでも大歓迎よぉ〜」

「あはは、ありがとうございます。今度はお菓子を持ち込みますね」

 共通の目的、それが生まれたのなら素晴らしいことだけど。

 だけど私は知っている、そんなものはこれから先も存在しないのだと。

 それでも私は生きていかないといけないから、まずはそのために戦おう。この場はそう割り切り、そろそろ準備が必要だと思って席を立つ。

 そしてカオルさんとムツさんは最後までにこやかで、私の味方であることを強調してくれた。どこまでが本音なのかわからない、そんな冷めたことを考える自分もいたけれど。

 今はただ、この二人に友情があると信じたい。そしてその友情が『共通の目的』に至る第一歩であれば、私は二人との交流を大事にしたい。

 そんな気持ちを込めつつ慣れない笑顔を振る舞って、自室で待っているであろう一緒に戦う相棒の元へ向かった。


 *


「…で、アンタはこれからどうするのよ? 改革派に入るのかしら?」

 カオルさんたちと別れてから自室に戻り、カナデと合流した私は影奴の出現予測地点へと赴いていた。

 今回はやや人里から離れた渓谷で、眼前には浅いものの流れの速い川が水の音を奏でている。心地よいと思う反面、すでに夜となった渓谷ではあまりにも涼やかすぎて、全気候対応を謳う制服を着ていてもわずかに身震いしそうだった。

 カナデとはここに来るまではほとんど言葉を交わさず、居心地が悪くはなくとも少しだけむずがゆさを感じる。言いたいことはあるのに上手く口に出せなくて、それが体内でもにょもにょとし、勢い余って皮膚から飛び出そうとしているのかもしれない。

 そんな沈黙を破ってくれたのは、いつものカナデの無愛想な声だった。興味を持っている様子も励まそうとする様子もなく、ただ私から答えを引き出そうとする静かな質問。それでも私の聴覚にはしっかりと届いて、川のせせらぎにかき消されることはなかった。

「ううん、私は改革派にはならないよ…いや、なれないと言ったほうがいいのかな。私にはカオルさんやムツさんみたいな信念はないし、それなのに首を突っ込むと痛い目を見るのは実感したから」

「…ふん。気づくのが遅いのよ」

 カナデと同じように、私もよどみなく自分の考えを口にする。あの日、カナデとカオルさんに救出されてから部屋に戻った私は、これでもかというくらいガミガミと説教された。カオルさんは「お手柔らかにね?」なんてカナデに伝えてから戻っていったけど、もちろんそれでカナデが手加減するわけもなく。

「アンタは流されやすいのよ」とか、「しかもお人好しだから利用される」とか、そんな感じのことを延々と吐き出し、消灯時間になったらようやく解放してもらえた。正直なところ、現体制派の尋問よりも厄介というか…正論を掲げて怒るものだから、私は「はい」とか「すみません」としか言えなかった。

 でも、そんなカナデが最後に口にした言葉は、私の心に今も突き刺さって。


『なんで、なにも言ってくれなかったのよ』


 そのままカナデは黙って自分のベッドに向かい、そしてカーテンを閉めて私との会話を終えた。この日の私はごめんなさいも言えなくて、結局今日までずるずると気まずい雰囲気を引きずっていたのだ。

 だから私から謝らないといけなかったのに、またカナデに助けてもらったような気がする。口では私を馬鹿にするように聞こえても、その横顔はむしろ寂しげに見えた。

「…ごめんね、カナデ。私、少しだけやりたいことができて、そのために手伝ってもいいかなって思って…あと、カナデはこういう派閥とか嫌いだし、先に話しておいたら反対されるって考えていた」

「…そうね。でも…わ、私も、もっと早く魔法少女学園のこと、全部伝えておくべきだった…かもしれないわ。それに関しては、えっと…ご、ごめんな、さぃ…」

「カナデ…」

 カナデがどうして寂しそうにしているのか、私にはわからない。というよりも、本当に寂しいのかどうかすらわからない。

 だって私たちは出会ってそんなに長いわけじゃないし、お互いのことを積極的に話すような関係でもなかった。雑談は増えていたと思うし、カナデは私の世話を焼いてくれてもいるけれど。

 私たちは、あくまでも他人。それが偶然一緒に戦うことになって、お互いが家族を大事に思っていて、そんな共通点に私は親しみを感じて…それでも、伝えられないことはあると思っていた。

 今もそれは同じかもしれないけど、もう少しだけ…カナデが寂しいって思ってくれるのなら、私は歩み寄りたい。

 私のために全力で怒ってくれて、現体制派という権力の象徴にすら噛みついた、この情が深く優しい女の子へ。

「…ごめんね。私、ああやって手伝うことで、カナデに」

「…! 来るわよ!」

 私はようやく大切なことを伝えようとした…ものの、そんな太陽を覆う暗闇の気配に気づき、カナデはいつも通りナイフを取り出す。

 私も頷いてランチャーメイスを構え、伝えられなかった言葉を今度こそ完全に飲み干した。

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