「魔法少女学園一期生、ヒナ。今日ここに呼ばれた理由はわかりますか?」
「…いえ、とくには」
サクラさんに魔法少女学園の裏側について教えてもらってから3日後、私は現体制派…監査室に呼び出されていた。
監査室は問題があったと思わしき魔法少女を呼び出す場所で、ここで事情聴取を行い、そして何らかのペナルティを与える場所だと聞いている。部屋は天井も含めて薄灰色で窓は一切なく、私が入室した直後には唯一の出入り口であるドアは結界によって完全に塞がれていた。あれを破るのであれば、私の魔力を全部つぎ込んで攻撃してもギリギリ…といったところか。
もちろん私は魔法少女学園に対して反旗を翻すつもりはないし、これまでそういうそぶりを見せたことはない…けれど、呼ばれた理由については多少の覚えはある。
「とぼけるな。貴様、魔法少女学園に弓引く人間と会っていただろう? 姉様…んんっ、我々現体制派の目を簡単に欺けるとは思わないことだ」
「…すみません」
私の目前には机があり、向かい側には青いリボンを巻いた三期生の女性が座っていた。部屋に入った直後の極めて簡単な自己紹介では『ハルカ』と名乗っていて、腕にはもちろん現体制派に所属することを示す腕章が巻かれていた。態度こそ上品で丁寧だけど、一切感情を読ませないような、肌がひりつくプレッシャーを放っている。
そんなハルカさんの隣にはぶっきらぼうに『マナミ』と名乗った女性が立っていて、大変険しい目つきと言葉で私に注意してきた。手は後ろに組んでいるけれどその全身からはすでに魔力の放出が感じられ、体のそこかしこから冷たい水蒸気のようなオーラが立ち上がっている。
もしかして嘘をついたと見なされて問答無用で攻撃されるのだろうか…と思っていたら、ハルカさんは「マナミ」と注意して、マナミさんは謝ってすぐに魔力を収めた。
そう、私の思い当たる唯一の節…それは、サクラさんと会ったことだろう。サクラさんは魔法少女学園からすると不都合な存在なのは明白で、それでも「大丈夫、私には手出ししてこないだろうから」と話していた。
だからだろうか、私は知らず知らずのうちに安心して…ちょっと話したくらいなら問題ないと、根拠もなく思い込んでいたのだろう。
…我ながら、甘くなってしまったものだと思う。私はこんな状況なのにカナデまで呼ばれていないことに安心していて、まあ自分だけがお仕置きされるなら一度くらいはいいかと諦めようとしているのだから。
「あの方と話したのならご存じだと思いますけど、サクラは元魔法少女学園の教師であり、そして我が学園の体制に対して反感を持っています。そんな人とわざわざ会い、何らかの会話をしたのであれば…あなたにもそういう意思があると見なされるのは当然でなくて?」
「誤解です。たしかに魔法少女学園について教えてもらいましたが、私に反逆の意思なんてありません。魔法少女として卒業まではきっちり働くつもりですし、これまでの待遇についても感謝しています」
「白々しい…ならばなぜ会いに行く必要がある? あいつは元は魔法少女で優秀だったからこそ評価されて教師になったのに、手のひらを返して我々に敵対したのだぞ? そのような恩知らずと会っておいて感謝などと、誰が信用するものか」
「それは…っ」
徐々に剣呑となる部屋の空気を変えるべく、私は今度こそ自分の意思をありのまま伝える。
そう、今となっては思うところこそあっても、魔法少女学園に刃向かう意思はまったくなかった。誰かが楽をしている以上はほかの誰かにしわ寄せが行くのも当然で、それで言ったら私たちセンチネルですら名前も知らない誰かのために戦っている。
もちろん、インフラの子たちがもっと身近であれば私も具体的な行動を検討したかもしれない。しかし、物理的にも知識的にも離れている相手のためにすべてを投げ打てるほどの正義感はなくて、むしろ私は…自分の夢を叶えるため、変わらない現状を受け入れるべきだとも思っていたのだ。
しかし私の言葉は彼女たちの腕章に描かれた盾に阻まれているかのように、まったく届いていない。ハルカさんは聞く姿勢こそ維持しつつも乾ききった表情から微動だにせず、マナミさんに至っては聞く耳すら持っていないように見える。学園側以外の話は聞く価値がない、そんな意思を隠していなかった。
そして私は「そもそも自分だけであれば会いに行かなかった」と口を滑らせそうになり、慌てて唇を引き結ぶ。
(…ダメだ、ここでカナデを名前を出せば巻き込んじゃうかもしれない)
私があのコンビニへ向かったことを知っているのなら、同伴者であるカナデについても把握しているだろう。それでも呼び出されたのは私だけで、少なくともカナデのほうがマークが弱いとも言える。
それならカナデのことには一切触れなければ、飛び火する可能性も低いだろう。だから私は頭をフル回転させ、この場を切り抜ける方法について考えてみる。
ひたすら黙りこくる? ダメだ、黙秘権があるような場所とも思えない。
謝り倒す? ダメだ、この二人に通じるとは考えにくい。
いっそのこと、強行突破をするか? ダメだ、今はケープもマジェットもない。しかもこの二人はきちんと装備している。
…あれ? もしかして、詰んだ?
「それとあなた、先日のセレモニー防衛任務ではテロリストとの接触があったでしょう? なかなか活躍したとは聞いておりますが、結局は逃げられたとも報告を受けています。相手と通じているとは言わないまでも、敵に対して余計な感傷を抱いておりませんか?」
「…そんなことはありません。発電所はこの国に欠かせない重要な施設です、それを攻撃する相手なら私は何度でも戦います」
「おい、今少し迷っただろう? 相手はテロリストだぞ、なにを迷う必要がある? お前ほどの実力があれば、一人くらいは仕留められただろうに」
「…買いかぶりすぎです。私はまだ一期生ですし、自分の力も最大限活用できているとは思えません。相手も魔法少女だから影奴ほど簡単には倒れませんし、『爆発』を操っていたと思わしき敵もいました。私一人では対処は不可能だと思います」
ひとまず無事では済まないことに気づいた私はほのかな絶望を受け止めつつ、まさかの追求に対して閉口しそうになった。
テロリスト…武闘派を嫌っているのは知っていたし、そもそも私だってそいつらと戦ってきたというのに。まさか致命傷を与えない限りは裏切りだと思われるのだろうか、そう考えたら絶望の割合が減り、憤りがゆっくりと顔を覗かせた。
ハルカさんの高くも低くもない安定した声音に煽るような意図は感じられないけれど、それでも『魔法少女でも敵なら最期まで追い詰めるべし』と言われているような気がして、最初からそこまでするつもりがなかった私は正気すら疑った。
(…相手は魔法少女、人間なのに。センチネルなら人間を守るのも使命のはずなのに)
私は正義のヒーローなんかじゃない、それは魔法少女になって少ししたらすぐに自覚できた。元々正義感が強かったわけじゃないし、そんな自分に失望したわけでもない。そして、インフラの子たちを救うよりも自分が生きることを優先しているのも事実で、それに対して自己嫌悪を感じつつもどこか仕方ないと思っていた。
だけど、今の言葉だけは許容できない。なぜか私の実力を過剰評価するこの二人に対して冷静で最もらしい言い訳をしつつ、鋭くなったまなじりでにらみ返してしまった。
ああ、本当に…私は、どうしてしまったんだ?
無感情とは言わないにせよ、もっと淡々と働ける人間だと思っていたのに。こんな露骨な態度を取ってしまえば、不利になるのはわかっているのに。
死なない程度に痛めつければ十分じゃないか、そんな言葉が熱くなった肺から吐き出されそうだ。
「おい、なんだその目は! 姉様、やはりこいつは拘束すべきです! 優れた素質を持ちながらも反抗的だなんて、我々はおろか学園すら揺るがしかねない危険分子です!」
「マナミ、落ち着きなさいな…ですが、我々が把握していた以上にあなたは感情的なようですわね? そういうタイプに強い力を与えるのは危険です、なのでまずは更生のためにも『矯正施設』に入ってもらい、模範的魔法少女になるためのカリキュラムをこなしてもらうでしょう」
「……っ」
矯正施設、という単語が飛び出したことでようやく私は自分の悪手を悟る。
その施設は素行に問題のある魔法少女を文字通り矯正する…らしいけど、ここに入れられてから復学した魔法少女は少なく、そして戻ってこられなかった少女たちがどこへ行くのかも定かではない。そのため、ついたあだ名は『処刑場』だった。
もちろんそこまでの評判がある施設に入れられるのはよっぽどのことで、今回の件だって証拠も不十分だから普通はそこまではいかないだろうと思う。それこそ、なんで私だけがこんな重い扱いをされるんだ?とすら感じていた。
「安心なさい、あなたの実力は非凡なものです。学園に流れている事実無根の噂のような扱いはまずされないでしょう…それは、わたくしたちとて本望ではありませんもの。あなたが模範的な存在に生まれ変わり、今度こそ学園と人類に奉仕できる逸材になることを期待しておりますわ」
(…理不尽だけど、ここまでか)
そう、これは理不尽だ。あまりにも、理不尽。
だけど…学園の裏側を知ったからこそ、そうなってもおかしくはないかという諦念も生まれていた。それがいいことかどうかはわからない。
でも、不思議と後悔はなかった。未練はあるにせよ、カナデに連れられて真実を知り、そして彼女がここを憎む理由を理解したことを悔いてはいない。そこに後悔してしまえば、本当に私はどうしようもない…カナデが嫌う存在に落ちぶれてしまいそうだから。
諦めによって反抗心を失った目はどんよりと重くなり、今にも閉じたくなる。けれどもそれを許さないとばかりにマナミさんが近づいてきて、腕を掴みながら「ほら、立て。同じ魔法少女のよしみだ、手錠はなるべくかけたくない」なんて言ってきたので、当てつけのようにため息を吐いて立ち上がろうとした。
その刹那、私は大切な人のことを思い出す。
まずは妹のことを想ったけれど、きっとあの子なら大丈夫だ。私のために奨学金が支給される学校に入ってくれたし、少なくとも卒業までは生きていけるだろう。
そうなると…心配なのは。
(…カナデ)
元々人間関係が乏しい生き方だけあって、彼女が浮かぶまでにさほどの時間はかからなかった。
まだ知り合ってそんなに時間は経過していないし、今でもこの子と私の関係はなんなのか、私はこの子をどんなふうに思っているのか、いまいち把握していないけれど。
それでも、カナデにはこうなってもらいたくない。その気持ちだけはたしかにあった。
その気持ちはどこか私に誇らしさという自己満足を覚えさせて、椅子から立ち上がらせるには十分な力を足に与えてくれた。