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第11話「真実を知るもの」

 あの一件から一週間以上が経過、私は休日の自室にいた。もちろんカナデもお休みであり、お互いが体育に使うハードコットンのTシャツとハーフパンツというリラックススタイルで過ごしている。

 もちろん、あれ以来改革派の手伝いをすることはなかった。

「ヒナ、洗濯物をたたんでおいたわよ。自分の分を持って行きなさい」

「うん、ありがとう」

 ここ最近はぼんやりとすることが多い私に対し、カナデはいつも通りしっかりとしていた。毎日家事をテキパキとこなし、あの日の記憶に引きずられてふぬけた私を叱りつつも世話を焼いてくれる。

 この日も洗濯物の整理を任せてしまう形になったけれど、カナデはさほど文句を言わなかった。同時に私の変化に対して気づいているにもかかわらず、それを問いただすこともない。

(…カナデは優しいよ、やっぱり)

 もしかしたら私の変化に興味がないのかもしれない…というかその可能性のほうが高いのだろうけど、少なくとも元気のない私に対して強い言葉を叩きつけることがないその様子は、優しいという月並みな表現しか思い浮かばなかった。

 その近くも遠くもない優しさに触れていると、どうしても私は自分の短絡な思考に嫌気が差してくる。


『…なら、その現場を見たの? どうやって支えているのか知っているの? 私は知っている。だから破壊する、それだけ』


 私も知っている。知っているつもりだった。

 けれどそれは軽く聞いただけであり、自分の目で確かめたわけじゃない。だからなのか、あの武闘派の少女に投げつけられた鉄塊のように重く冷たい言葉は胸どころか胃のあたりまでずしんと響き、食べ過ぎてもいないのにもたれを感じた。

(…カナデも、実際に見てきたんだろうか)

 私が知っていることの多くはカナデの口から伝えられたもので、彼女を信じているからこそ改革派の理念に共感できたんだろう。

 だけどカナデはそんな改革派の言葉すら拒絶して、それこそ…あの武闘派の少女のように、体制側を強く嫌悪している。思えばあの話を聞かせてくれたカナデと武闘派の少女の目は、どこか似ている気がした。

 渦を描くような怒りの中心に、深海みたいな深く暗い諦めが宿っている。ただ行動自体は全然違って、カナデは反発はしつつも誰にも危害は加えていなかった。

 改めて思う。カナデは…優しい子だ。

「カナデ、いつもありがとう。今お茶を入れるから、お菓子も食べない?」

「珍しいわね…ま、休日だし付き合ってあげるわよ」

 カナデの優しさをガムのように何度も噛み締めたことで、私は表情だけでなく心も軽くなった。洗濯物をしまったらそのままお茶の準備をして、この前の遠征の際に買っておいたお菓子も出す。

 あれはあくまでも任務ではあったけれど、ほんのちょっとだけ寄り道が許された結果、久々に普通のコンビニ立ち寄ることができた。多くの魔法少女はその品揃えに目を輝かせて、アケビなんかお菓子だけでなくコスメや女性誌も買おうとしていたっけ。

(…アケビ、大丈夫かな)

 お茶を入れつつ、あの日そこそこ話す機会の多かった魔法少女に思いを馳せる。

 敵が撤退してからは再度の攻撃はなく、少なくとも発電所やセレモニー会場には被害が出なかったらしい。つまり現体制派は無傷で、被害が出たのは改革派だけだった。

 アケビは軽度の切り傷に加え、爆発に巻き込まれたことでの火傷も負っていた。しかも顔にダメージを受けたということで、アケビみたいなタイプにはさぞつらかっただろうと心配になったけど…私に担がれて帰る途中、彼女は「ま、命があっただけでも儲けもんでしょ。傷は医務室できれいに塞いでもらえるし、ヒナっちは気にしなくていいよ〜」とのことだ。

 …あの日は真面目に相手をしなかったけれど、アケビは軽薄な話し方とは裏腹にかなり善良な人間性を持っているみたいだった。魔法少女学園の医務室は傷跡が残らないように治すこともできるみたいだから、それも関係していたとしても…また会うことがあればもうちょっと優しくしよう、そう思えるくらいにはいい人だったかもしれない。

「はい、これ。小さいパンにチョコが入っているやつ」

「あら、懐かしい…アンタ、こういうの好きなの?」

「そうだね、パンなら大体好きかも。ここに来るまではパンを自作することもあったよ…ホームベーカリーだけど」

「ふーん…いただきます」

 お茶の準備を終えた私はテーブルに置き、紙の箱に入った小さなチョコパン風のお菓子を開封した。カナデの言う通り、このお菓子は私たちが生まれる前から作られていたという歴史のあるもので、ここに来る前であれば手に取ったことがある同級生も多いだろう。

 カナデも食べたことはあるようで、一口サイズのパンをやや上品に食んだ。

「あ、おいしい…」

「よかった。『こんなのいらない』って言われたらどうしようかと」

「アンタ、私をなんだと思っているのよ…私だってたまに外に出るし、お菓子の買い食いくらいするわ」

 おや意外…と口にしたら引っぱたかれそうなので、私もお菓子を口にして含み笑いをかみ殺した。

 カナデは私に対して割と打ち解けてくれたような感じがあるけれど、それでも24時間ずっと一緒にいるわけじゃない。私にもそういう願望があるわけじゃない。

 つまり先日の私一人での任務参加しかり、お互いに別行動を取ることはある。当然それに対して過剰な詮索はしないし、するべきじゃないとも思っている。

 だけど、今日の私は口が軽かった。

「カナデはどんなお店使ってる?」

「どんなって、普通よ。外出と言っても遠出はできないし、目立つようなことはできないのを知っているでしょう? スーパーとかコンビニとか、まあそんな感じよ」

「ふーん…普通だね」

「なにを期待していたのよ…せいぜいが買い物か人に会いに行くくらいで、面白いことなんてないでしょうに」

 当たり前のように質問を重ね、割と失礼な相づちを打つ。もちろんカナデはやや不服そうにため息をつき、それでもお菓子の甘さに機嫌は損ねなかった。

 …今度からカナデと話すときは、お菓子を用意しておくのもいいかもしれない。

「人に会う、か…私は妹が寮暮らしだからなかなか会えないけど、カナデは家族と?」

「…家族とは、あんまり。代わりに…まあ、『恩師』みたいな人に会ってるわよ」

「恩師? 小学校や中学校の先生?」

「…」

 家族、という言葉にカナデは若干顔を曇らせ、それでも律儀に目的について教えてくれる。今さらだけど、この子はちゃんと向き合って話そうとすればかなり素直に答えてくれて、改めて「なんでずっと一人だったんだろう…」とも感じた。

 そして『恩師』という彼女の口からはなかなか想像できなかった人の存在が示唆されて、当然ながら私の興味を引く。

 カナデ、家族以外にも親しい人がいたんだな…。

「…元々、魔法少女学園で教師をしていた人よ」

「…え?」

 ほんの少しだけ周りを気にする様子を見せて、カナデはとても小さな声で教えてくれる。その表情は追求されて面倒というよりも、どこか心配げに見えた。

 思い上がりでなければ、その心配の対象は私…なんだろうか?

「アンタ、最近改革派の活動に興味を持っていたでしょう? で、はっきり言うけれど…余計な首は突っ込むべきじゃないわ」

「……うん」

 どうやらカナデは実際に私が首を突っ込んでいたとは思っていないようで、あの日の外出についても知らないらしい。

 あるいは…知っていても、知らないふりをしてくれているのか。どちらにせよ本当のことは言えなくて、私は舌の上に広がる苦みを中和するようにお菓子を口に含んだ。

「もしも私もなにも知らないままだったら、今頃はどこかの派閥に所属していたかもしれない。でもね、恩師…『先生』のおかげでわかったのよ…誰も信じられない、ってね」

「…そうなんだ」

 その恩師がどんな人なのかわからないけれど、カナデの心を頑なにしてしまったと考えた場合…彼女には悪いけれど、いい感情は浮かばない。

 同時に、あのカナデが先生とまで呼ぶ以上は悪人とも想像しにくくて、私の頭ではどんな人なのかのビジョンが浮かばなかった。

「…今日はやることもないから、アンタも会ってみる? で、話を聞いてみるとわかるわよ…ここはどうしようもない場所で、変わることはないんだって」

「え…いいの?」

「いいわよ、隠すほどのことでもないし。それに…あ、アンタには、余計で危ないことはしてもらいたくない、っていうか…」

「…えっと、カナデ、心配してくれているんだよね? ありがとう、私も会ってみたくなったからお願いできる?」

「べ、別に心配しているわけじゃないわ! アンタが危ないことに首を突っ込むと私も迷惑するから、先生の話を聞いて落ち着けばいいと思っただけ! お茶を飲んだらさっさと行くわよ!」

 カナデの誘いは予想外…だけど、私にとっては非常に興味深く、同時に顔を赤くしていつもの調子で突っぱねてくる様子を見ていたら、その提案をしっくりと受け入れられた。

 想像もできないような相手に会いに行く、そんな急展開に少し不安はあるけれど。それでも不器用に心配してくれるカナデを見ていたら、不思議とその恩師も優しい人だと信じられた。


 *


「ここよ」

「ここって…」

 カナデと一緒に外出申請を行い、ポータルを使用して少し離れた場所へと移動する。

 そこはいわゆる郊外と言えるエリアで、人はまばらでありながらも商業施設はそこそこ充実していた。そして案内された場所は…コンビニ。それも有名な全国チェーンではなくて、日本に五件くらいしかないような超マイナーなお店。

 一般的なコンビニと違って出来たてのお弁当やコーヒーを売りにしており、店舗の入り口にもカフェチェーンを思わせるような立て看板がある。外からではコンビニというよりもカフェやケーキ屋みたいな雰囲気が強く、ここにカナデの言う先生がいると思ったら、ますますどんな人なのかわからなくなりそうだ。

 ちなみに近くには有名なコンビニも普通にあって、そっちのほうがお客さんも多かった。

「いらっしゃーい…あらカナデちゃん、久しぶり〜」

「お久しぶりです、先生…あの、今日はこいつ…えっと、わ、私の…仲間を連れてきました…」

「あ、どうも…カナデと一緒に戦っているヒナです」

 お店に入った直後、段ボールを運ぶ女性に笑顔で挨拶された。そしてカナデは普段とは異なる素直な様子で挨拶を返し、そして私のことを──言いにくそうに──紹介してくれる。そのおかげで、この人が『先生』だとすぐにわかった。

 桃色の長い髪を二つの三つ編みにしていて、垂れ目から覗くコーラルレッドの瞳が柔和な光をたたえていた。服装はタートルネックの真っ黒なセーターにタイトフィットジーンズで、その上にお店のロゴが入った緑色のエプロンを着用している。

 声音もはっきりとしつつもややのんびりとしていて、予想通り優しそうな人でまずは一安心した。

「まあ! カナデちゃんに仲間!? うぅ、本当に…良かったわね…それに、こんなに優しそうな子で…」

「せ、先生、やめてください! こいつは…その、ちょっと優しいって言うか変わってますけど、別に特別とかそういうんじゃないですから!」

「カナデちゃんいいのよ…先生わかってるからね。えっと、ヒナちゃん? 私はここの店長で『サクラ』っていうの。もう先生じゃないけれど、サクラ先生って呼んでも大丈夫よ〜」

「ど、どうも…?」

 どういうわけか、この人…サクラさんはカナデに仲間ができたことが本当に嬉しいのか、段ボール片手に目尻に浮かんだ涙を拭い、私に対してあたたかに笑いかけながら自己紹介をしてくれた。

 もちろんカナデはすぐさま否定しようとしたけれど、サクラさんは素直になれない面倒くさい性格も把握しているかのように、ふわふわのベッドみたいな態度で受け流していた。

「…んんっ。それで、今日は…こいつに、学園の真の姿を教えてもらいたくて来たんです。時間大丈夫ですか?」

「あら…うーん、時間は大丈夫だけど…その、少し過激な内容もあるけど大丈夫?」

「…はい。私、自分がどんな場所で戦っているか、そしてどんなふうに生きていくべきか、知りたいんです」

 あと、ついでにカナデのことも…というのは言わないでおく。優先順位が低いかどうかじゃなくて、本人の前で口にしたら怒られるからだ。

 カナデがたどってきた道を歩いてみることで、私は自分がしたいことが整理できるかもしれない。それがどんな意味を持つのかわかることで、私は…どうなるんだろう?

「…うん、ちゃんと覚悟はしてきているみたいね。ウミちゃん、今の時間は人が少ないし、ちょっと一人でお願いできる?」

「ウイ」

 サクラさんは私の瞳を探るように見てきたら、真面目に引き締められた表情を崩してもう一度笑う。そして『ウミちゃん』と呼ばれた少女──サップグリーンの髪をした異国風の美人だ──に店番をお願いして、私たちをバックヤードへと案内してくれる。


 そして私は『真実』を知った。

 けれどそれは始まりに過ぎず、これからなにが起こるのか、それすらも予期できていなかった──。

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