「敵の数が多い…カナデ、いったん退こう。今増援をお願いしたから、それまでは時間稼ぎをすれば…」
「余計なことをしないで! 私たちだけで十分でしょ!」
カナデと組んで戦い始めるようになってから一ヶ月以上が経過し、私たちは順調に任務を達成していた。
前衛を務めるカナデと後衛で支援する私のコンビは思っていたよりも相性がよく、そうした成果はきっちりと学園側も把握していたため、今は強敵との戦いに駆り出されることも当たり前になっている。
それで大きな怪我をしたわけではなく、この日も無難に敵を駆逐できた…とはいかなかった。
「でも、相手があれだとなかなか有効打を出せないよ。私もカナデも固有魔法を使いながらの飛行はまだ厳しいし…」
「っ…わかってるわよ、そんなこと」
うち捨てられた限界集落にある廃屋へ身を隠し、私はガラスが失われた窓から夜空を見上げる。カナデも私の視線を追って空を飛び回る影奴を捉えたら、同じ意見であることを伝えるように押し黙った。
そう、今回の強敵は飛行タイプであり、これまでとは違って動きもそれなりに速い。人型に近いものの背中には翼と思わしきシルエットが展開していて、強風を起こして私たちを吹き飛ばすのが主な攻撃方法だった。
攻撃力自体はさほどでもないけれど、動きを強く制限されるのはこれまでにない不自由さを感じる。挙げ句の果てに翼をはためかせるたびに小型の影奴をばらまき、それは鱗粉をまき散らす害虫のようにうっとうしかった。
もう一度空を見上げるといつも通りぼんやりとした幻影が月を覆うように飛び回り、付近を旋回する様子からは私たちを探しているようにも感じられた。
「どんな敵なのか報告もしたし、きっとちょうどいい助っ人が来てくれるよ。余計なお世話かもだけど、カナデはもうちょっと誰かに頼ることを意識したほうが…」
「…いやよ。学園に媚びへつらって、これ以上弱みを握られるのは」
「そういう問題じゃないよ…学園だって魔法少女を失うことは避けたいって言ってたし、こういう場合は持ちつ持たれつって表現すべきじゃない?」
「…私が頼ってもいいって思っているのは、アンタくらいのものよ…こ、これは変な意味じゃなくて、アンタほどのお人好しでもない限りは信用できないってことだから!」
魔法少女学園は魔法少女たちを道具と見なしている節があるけれど、かといって粗末に扱っているとも私は感じていない。
現に出撃を命令された魔法少女たちとは別に、たいていの場合はバックアップ要員も配置されていた。ましてや私たちのような一期生ならどんなトラブルがあるともわからないし、今回のような相性の悪そうな相手と遭遇することもあるだろう。
道具扱いされているというのなら、こちらも学園を利用するくらいの気概はあってもいい気がする。口にするとどんな目に遭うかはわからないけれど、それでも心の中までは覗けないだろう。
それでもカナデは私以外の人間に頼ることをよしとしていなくて、今回にはついに苦戦の原因になりつつあった…なんて話すと、私がそこそこカナデに信頼されているようにも聞こえるのが不思議だ。
そう考えると…あの日、身を挺して守ろうとした意味はあったのかもしれない。のんきにそう考えているときだった。
「…! ヒナ、ここを出るわよ! アイツ、この家ごと吹き飛ばすつもりだわ!」
「やっぱり廃屋じゃ限界があったか…!」
元々壊れかけで心許ない隠れ場所だったけど、そこにいる私たちを発見した敵は空からまた強風を起こし、建物もろともまとめて吹き飛ばすつもりみたいだ。
カナデのやや焦りを感じるうわずった声に私は反応し、窓から砲身だけ出して威嚇射撃をしてみた。狙いの甘いビームは影奴に回避され、攻撃を中断させるほどの効果もない。
こんなとき、時間停止と飛行を同時にこなせるほどの魔力があれば…いや、空を自由に飛べるような『翼』でもあればいいのに。
そんな夢物語について考えていたときだった。
「お待たせ! いったん離れるわよぉ!」
崩れゆく廃屋の中に現れた『その人』は私とカナデの肩を抱き、牡蠣色のケープを光らせながら魔力をあふれさせ…気づいたら、私たちは草むらに覆われた地面を踏みしめていた。空を見上げると、敵の後ろ姿が今も風起こしをしているのが視界に収まる。
「ごめんなさいね、到着が遅れて。怪我はない?」
「あ、大丈夫です…えっと、増援の方…ですよね?」
「そうよぉ? 三期生のムツ、よろしくね」
「よ、余計なお世話で…」
「カナデ」
ひとまず敵の視界から逃れられたことで、私は自分たちを助けてくれた魔法少女に向き直る。カナデはまた無駄に攻撃的なことを言おうとしていたので、ギリギリのところで制しておいた。ものすごく不満そうだけど。
その人は名乗った通り三期生で、おっとりとした雰囲気を持つ日本人形のような黒髪美人だった。高く柔和な声音からも想像できるように優しい人みたいで、カナデの毒をぶつけられそうになっても笑顔を崩していない。
…そういう意味でも、この増援の人選は適切だったのかな?
「空を飛ぶ敵って厄介だから、本当ならもっと経験豊富な魔法少女を配置すればいいんだけど…事前にどんなタイプなのかわからないから大変よね?」
「本当にそうですね…それで、どうすれば有効打を与えられるかわかりますか? 私たち、飛行魔法を長時間使うにはまだ余裕がなくて」
飛行は汎用魔法の一つで、これも魔法少女ならみんなが覚えている。けれどもほかの魔法と同時に使うにはなかなか消耗が大きくて、まだ魔力の総量が育ちきっていない私たちに空中戦はやや分が悪かった。
カナデもそれはわかっているのか、悔しげに口元を引き結びつつも横やりは入れない。地上なら格上にだって劣らないけれど、射程の短い彼女は空中の敵だと厳しいだろう。
「もちろん大丈夫よぉ? 私の固有魔法の『空間移動』はね、物体を移動させられるの。目に見えている範囲なら大体届くから、空中まで私とヒナちゃんを転送して同時に射撃をたたき込めばいけそうね」
ムツさんはやっぱり笑顔は浮かべたままで、そこには穏やかなだけでない余裕も感じられる。自分のマジェットであるクロスボウを掲げる様子には、歴戦の貴族みたいな風格が感じられた。
「…ふん、射撃ができない私は用済みってこと?」
「いいえ、カナデちゃんはとっても早く動けるのよね? それなら地上から敵の気を引いてもらうわ。私たちは空中から相手の背中を奇襲するから、三人で力を合わせないとダメなのよ…お願いできる?」
「…了解。ヘマしないでよ」
おお、と思わず感心しそうになった。
はっきり言うけれど、カナデは初対面の印象が最悪に近いタイプだ。私の場合は『家族』というキーワードのおかげで共感できたけれど、ここまでのムツさんへの態度を考えればお世辞にも好意は抱きにくい。
だというのにムツさんは不快感を微塵も出さず、むしろカナデの能力を把握して適切に頼っており、こういう人のことを潤滑油や緩衝材と表現するのかと納得した。
さすがのカナデもこの作戦には口を挟む余地はないようで、渋い顔こそしていたもののあっさりと請け負う。囮役なので危険はあるかもしれないけど、地上には低級の影奴しかいないし、空中の敵も動き回るカナデを捉えられるほどのスピードではないので、短期決戦なら魔力切れの心配もないだろう。
「それじゃあ、行くわよ…スタート!」
ムツさんのかけ声と同時に、ブーストを使用したカナデは地上の敵の群れに突っ込む。もちろん雑魚だけでなく上空の強敵もカナデに気づいて、そちらに攻撃を加えようとし始めた。
ムツさんは私の手を握り、一瞬で自分と私を空中へと転送する。先ほど助けてもらったときもそうだけど、移動させられる物体には自分の体も該当するらしい。もちろん魔力の量も私とは比較にならないくらい多いだろうから、敵だったら厄介だな…なんてあり得ないことを考えつつ、私は飛行魔法を使って現在の高度を維持した。
「一気に決めるから、全力で!」
「了解です!」
高度を維持したまま、無防備に背中を向ける斜度へと最大出力でビームを撃ち出す。ムツさんもクロスボウから矢を放ち、それは強く大きな光を纏って流れ星のような光芒を残しながら敵を射貫く。
同時に私のビームも敵に突き刺さり、程なくして巨大な影奴は跡形もなく消え去った。空を覆う大きな影が消えたことで月も姿を現し、地上では多数の敵を翻弄するカナデの姿が見えた。
「カナデ、今行くよ!」
低級の影奴ならカナデ一人でも撃退できるだろうけど、私は彼女の相棒だ。意地っ張りなカナデは一人でも十分だと言い張るだろうけど、それで納得する私ではなかった。
飛行魔法を解除して自由落下に身を任せ、地上に降り立つ前に少しでも敵を減らすべく射撃を続ける。そして私の足が接地する刹那、再び体を浮遊させて魔力を解放した。
「時間よ、止まれ…カナデ、よく頑張ってくれたね」
止まった世界ではきっとこの言葉も届いていない、それはわかっていた。だけど私がねぎらわないとこの子はなかなか他人に評価されないため、これくらいのことはしてあげたい。
そう、これはカナデのためじゃない。私が納得したいだけだった。不器用で素直になれない少女が本当は優しい人なのだと再確認するための、ささやかな儀式。
それを邪魔する雑魚を蹴散らすため、私はランチャーメイスを構えてビームを照射して敵をなぎ払う。止まった時間が再び動き始める瞬間、魔力を使い切った私は着地に失敗して尻餅をついた。
*
「いてて…やっぱり余力は残さないとダメだね」
「まったくよ、この馬鹿! いきなり現れたかと思ったら尻餅をついて、心配…はしてないけど! 余計な手間をかけさせないで!」
「だから、治療はしなくていいってば…カナデも疲れているだろうし、今日はもう仕事も終わりだし」
「うるさい! 黙って手当てされてなさいよ!」
「あらら〜。あなたたち、本当に仲良しね〜」
先ほどまでは戦場だった草むらにみんなで腰を下ろし、私はカナデの治療を受けていた。治療なんて説明すると重症に思えるけど、尻餅での痛みなんて怪我に比べれば何倍もマシで、魔力を使って治す理由もないのだけど…カナデは怒り散らしながら腰のあたりに手を添え、私のお尻の痛みを和らげてくれる。
…カナデって、やっぱり『ツンデレ』ってやつなのだろうか。
一方で最後まで余裕綽々なムツさんは私たちの様子を微笑ましそうに眺めていて、カナデはすぐに「仲良しじゃない!」と否定していた。ちなみに私は苦笑するしかなかった。
「それにしても、あなたたちの連携は見事ねぇ。強敵の討伐を任されるだけはあるわ」
「いえ、そんな…今日もムツさんに助けてもらいましたし、二人だったら危なかったと思います」
「…別に私は頼んでないけど。でも、面倒がなくなったのは認める…」
「カナデ、またそんな言い方をして…」
正直なところ、ムツさんが来なければ撤退もあり得たかもしれない。だから今日の功労者は間違いなくこの人で、私たちは褒められるほどじゃないだろうけど…でもムツさんの優しい声でそう言われると、なんとなく誇らしくなるのが不思議だった。
おかげでカナデも少しだけ素直になり、まだまだ失礼ではあってもムツさんを小さな声で認める。ぷいっと顔を背ける様子に言いたいことはあるけれど、それ以上の注意はしなかった。
「…あなたたちのようにお互いのことをわかり合おうとする人ばかりなら、私たちの理想もすぐに実現できたのに」
「え?」
「あ、こっちの話よ〜…私、『改革派』だから。二人みたいに理解して支え合える人ばかりだったら、なんて思っただけ」
「改革派…そうだったんですね」
「…勧誘なら間に合っているわ。手を貸してくれたことには感謝するけど、私は馴れ合うつもりはない」
ムツさんのように長く魔法少女をしていると派閥に所属することが多いって聞いたけど、彼女は学園に対して緩やかな変化を求める改革派だったらしい。派閥についてはこれまで興味を持たなかった私だけど、今日一日だけでムツさんに良いイメージを抱いたように、改革派に対してもわかりやすく好感を好感を覚えた。
対するカナデは予想通りで、単純な私と違ってすぐには心を開くはずもなく、彼女としてはギリギリでおとなしい拒絶の意思を示した。その甲斐あってか、ムツさんも気分を害した様子はなく「あら残念」と受け流す。
その言葉通りあと引く様子はなくて、ゆっくりと立ち上がった。牡蠣色のケープが月の光を浴びてきらめく様子は、まるで天の川みたいにきれいで。
「でも、忘れないで。私たちはどんな派閥が相手でも攻撃は加えないし、それは個人相手でも同じ。私たちの理念は『すべての魔法少女が笑って暮らせるように』だもの…だから、私たちはあなたの味方よ」
「ムツさん…」
「…ふん」
服についた草を払い、私とカナデに手を差し伸べる。もちろんカナデはすぐには握らなかったけれど、ムツさんに「私の能力で送ってあげるわよ?」と言われ、渋々と袖を握り返した。
私は彼女の言葉に感慨を受けつつ、素直にその手を取る。
(…すべての魔法少女が笑えるように。そうすれば、この子も)
ムツさんの手を握りながらも、私の視線はずっと不服そうなカナデに向けられていた。
もしも改革派の理想が成就したとき、この素直には笑えない魔法少女…カナデも笑顔になるんだろうか?
それは私にとって重要なことじゃない、そんなのはわかっている。
だけど…いつも怒っているよりも、笑っていられるほうがずっといい。一緒に戦い続ける私も彼女が笑ってくれるほうが、多分楽しいだろうから。
改革派の理想は夢想家が唱えるものに近いと感じつつ、私はそんな未来が早く到来してくれたらいいなと思いを馳せた。