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第6話「カナデの心」

「ヒナ、せっかくの休日なのにいつまでダラダラしてるのよ? 今のうちに掃除と洗濯を済ませて、余った時間で日用品の買い出しに行くわよ」

「休日だから休んでいるんだけど…カナデってさ、本当にお母さんみたいだね…」

「誰がお母さんよ! 文句を言われるのがいやなら、最初からシャキッとしなさい!」

「はーい…」

 カナデとの生活、それは…割と予想通りだった。

 一緒に暮らし始めて二週間が経過したけれど、カナデはやっぱり口うるさい。その証拠にこれまでは静かだった二人部屋は早くも賑やかになっていて、こうしたお説教はほぼ毎日繰り広げられていた。

 朝食を終えた私たちは自室に戻ってきて、私は食後の一休みをするためにベッドに寝転がっていたら…カナデは家事をすべきだと私に叱ってきて、渋々ベッドから降りた。これまでは誰も使っていなかった上のベッドはすでにカナデのスペースになっていて、もちろん私のウサちゃんはいなくなっている。

 あの愛くるしい瞳と耳を見られなくなって残念…というほどではなかった。というか、自分のベッドにちゃんと置かれている。

「とりあえず私は洗濯物をまとめておくから、アンタは片付けをしなさい。捨てられて困る私物があればちゃんと戻しておかないと、勝手に捨てちゃうわよ!」

「わかってるってば…」

 カナデのベッドを見上げながら感傷に浸っていた私に対し、彼女はキビキビと片付けを命じてくる。少なくとも家事に関しては完璧に主導権を握られていて、私は下手に逆らうことなく自分の私物を片付け始めた。

 こんな調子だとこれまでの私が全然家事をしていなかったように思われそうだけど、そんなことはない。むしろ空いた時間で片付けもしていたし、散らかすほど私物が多いわけでもないし、カナデが部屋にやってきたときもひどい状態ではなかった…洗濯物はちょっとだけたまっていたけれど。

 でもそれは魔法少女として戦っているなら多少は仕方のないことで、カナデだって手を抜くことはあっただろうと指摘してみたものの。


『は? ちゃんと毎日片付けと洗濯はしてたわよ。何度でも言うけれど、家事はため込むほうが大変なんだから』


 …なんて真顔で切り替えされて、それ以上はなにも言えなくなった。

 本人曰く小さな妹や弟がたくさんいるようで、しかも実家では家事を担当することが多かったみたいだから、少しサボると家が大変なことになっていたのかもしれない。

 そう考えると身についた習性を変えるのは落ち着かないだろうし、もしかしたら家事がカナデの精神の均衡を保っていたかもしれない…なんて思ったら、お母さんが増えたと思って甘んじるのもいいだろう。

 そうした私らしくもない殊勝なことを考えていたら、片付けはあっさりと終わった。私は学習机に自分のノートを置いたところで、すぐ隣の机にカナデの鍵付きのメモ帳が置かれていることに気づく。

 それは魔力によって稼働する錠前で閉じられており、本人以外の魔力パターンを検知すると持ち主に通知が向かう優れたセキュリティシステムだった。もちろん学園側なら解錠はできるのだろうけど、少なくとも生徒同士であればプライバシーは確保できる。

(カナデ、内緒で日記でもつけているのかな?)

 もちろん私はそれに触れることはなく、これまでの彼女の行動からどんな内容なのかを想像してみた。

 カナデは几帳面というか神経質にも感じられるので、日々あったことを書き残していそうだ。そして最近は私と暮らし始めたので、もしかしたら私のことも書かれていたりして…なんて思ったら、ちょっとだけ読んでみたいとも思える。

 もちろん、思うだけ。誰にだって触れられたくないことはあるし、私は成り行きで一緒に戦うことになった同居人でしかないから、きっとこれを読んでいい対象にはならないだろう。

「カナデ、片付け終わったよ。せっかくだし、お茶でも飲んで一息つかない?」

「まだ始めてそんなに経ってないけど…はぁ、まあいいわよ」

 ふとカナデを見ると洗濯物をまとめ終えたようで、それだけでなく洗面所の清掃もしてくれていたらしい。私が腕まくりしていた彼女に一休みを勧めてみたら、露骨に呆れつつも応じてくれた。

 カナデはハキハキと命令するタイプに見えるけれど、私からの提案を完全に無視することはない。出会った頃の会話にすら一切応じようとしなかった彼女とは、まるっきりの別人に見えてしまった。

 もちろん、今のほうがとっつきやすくていいけれど。

「はい、カナデの分。カナデが来てから部屋がきれいになったかも」

「ふん、当然よ…でもまあ、アンタもそこそこ家事ができるし、ちょっとは役に立ってると…思うけど」

 クッションに腰を下ろしたカナデに対し、私も同じように座ってお茶を差し出す。薄い赤褐色のお茶は学園からの配給品の一つで、何でも魔力の回復を早めるハーブをブレンドしているらしい。そのおかげなのか、魔法少女の私の味覚には早々に馴染んでくれた。

 魔法少女学園に反発しているカナデだけど、このお茶についてはとくに文句を言ってない。だから私から受け取ったカップにもすんなり口をつけて、ゆっくりと飲み続けていた。

「これでも私、家ではお姉ちゃんをしてたから。妹はしっかりしている子だけど、姉としてそこそこ面倒を見ていたつもり」

「…そうね。たしかにアンタって、姉っぽいところを感じるわ」

 私の話は割と聞いてくれるようになったけど、雑談についても応じてくれることが増えた。カナデから話すことは少ないけれど、私から話せば大抵は反応をしてくれて、ときには自分のことも聞かせてくれる。

 こういう時間は、素直に心地よいと感じた。クラスにはほかにも話す人がいるけれど、それでもリイナ以外とはこれまでさほど仲良しとも言えなくて、そうした状況に大きな不満はなかったのに。

 それでもこうしてじっくりと二人きりで話せる相手ができたというのは、友達作りに必死になれない私のような人間にも嬉しいことだと理解できた。

「ふふっ、今はなかなか妹とも会えないけどね。だけどこのまましっかり働いて、魔法少女学園を卒業…引退?したら、また一緒に暮らすんだ。その頃にはまとまったお金もできているかもしれないし、もしかしたらすぐに夢が叶うかも」

「……そう」

 同室の相棒相手とはいえ、私は少し口が軽くなっていたらしい。

 カナデは『魔法少女学園』という単語を聞いただけで顔を曇らせ、私から静かに目を逸らした。そこでようやく私は失言…と表現するのは大げさだけど、少なくとも彼女を不快にしてしまったことにささやかな自責の念が浮かぶ。

(カナデ、本当にこの学校のことが嫌いなんだなぁ…)

 それは初対面のときから明確だったけれど、そこそこ話してくれるようになった私相手でもその態度は隠さない。

 もちろんこの二週間のあいだにまた影奴との戦闘もあったけれど、敵と戦う際はどうしても学園との報告や連絡が必要で、その際は目に見えて不愉快そうにしていた。

 カナデの性格を考えるとすぐに掴みかかりそう…という心配があったのは最初だけで、こうした場合は態度こそぶっきらぼうであるものの、任務はそつなくこなしている。

 だから私としてはこれ以上話題を蒸し返すべきじゃない、とは思っていたけれど。

「…カナデってさ、魔法少女学園が嫌い…だよね?」

「ええ、そうよ」

 こうもきっぱりと返答されては拒絶すら感じるけれど、その表情に怒りや苛立ちはない。どちらかというと、諦めに近いものを感じた。

 それならもう少しだけカナデには我慢してもらって、今日ははっきりと聞いておこう。

「ごめんね、こういう話はいやかもしれないけれど…カナデはさ、どうしてそこまで嫌っているの? えっと、これからも一緒に戦うし、もしも嫌いなところを教えてもらえたら…私にもできること、あるかもだし」

「…ほんと、アンタって…お人好しね」

「え、そうかな…」

 カナデはどこまで付き合ってくれるかな、そんな心配をよそに…私の申し出に対し、一瞬だけ口元を緩めてくれた。

 それでも返事を聞かせてくれるときは、また諦念が表情に広がる。

「…ここは少女たちを集めて利用する場所だから、よ。私もアンタも利用されているって思ったら、不愉快になるのが当然でしょう?」

「…そうなのかな。ごめん、やっぱりカナデの気持ちがわからないよ」

 ここで無難な同意をすれば、余計な軋轢は生まないと思う。というよりもそういう選択のほうが私らしくて、これまでならそうするって思っていたけど。

 どうしてだか、カナデとは本音で向き合っておきたかった。もしかして、この二週間だけで私も変わったのだろうか?

「魔法少女学園ってさ、なんだかんだで私たちの面倒を見てくれているし…学費だってかからないし、仕事があれば報酬だってもらえるはずでしょ? 自由に使えるお金は少ないかもだけど、普通に学校へ通うよりかは」

「そうね、『インフラ』の実態を知るまでは私も前の環境よりマシだと思っていたわ」

 インフラはいわゆる下位クラスで、下位といってもこの国のエネルギー事情を支える重要な役割を担っていた。だからそれなりの扱いをされているはずだし、私はただ単に得意分野の違い程度にしか思っていない。

 でもカナデはやっぱり呆れるように、一度ため息をついて自分の知っていることを教えてくれた。

「魔法少女はね、素質によって役割が変わるわ。それで平凡以下と判断された子たちはインフラに選別されて、発電所への勤務が強制されるのよ?」

「…でも、私たちだって戦っているし」

「それでも戦いがないときはそこそこ普通の学生生活を送れているはずよ。でも、彼女たちはそうじゃない」

 やや強めにカップをテーブルへと置き、硬質な音が部屋に響く。それは私の緊張を引き出し、思わず身が固くなった。

「発電所はね、24時間365日稼働している。そして世界の電力消費量は増え続けているように、彼女たちの仕事量は膨大よ…それなのに、のんびり休んだり勉強したりする暇があると思う?」

「それは…」

「教育は最低限、素質が低いからとそれ以外の待遇も私たちより劣っていて、魔力が生み出せなくなればお払い箱…これは搾取じゃないの?」

「…」

 おかしい。それが私の感じたこと。

 カナデは私の知っている情報とは異なりすぎるものを持っていて、本当に同じ教室で同じ授業を受けていたのかと不思議で仕方ない。

 そんな疑問に答えるように、カナデは続ける。

「アンタが知らないのも当然よ、そういう一面は私たち上位クラスからは隔絶されているから。私だってこれを知るまでには多少の時間がかかったわよ…」

 思えば私たちの生活する範囲は下位クラスとは距離があって、学園が教えてくれる情報以外のことは知れなかった。同時に、下位クラスとの交流も用意されない。

 また、魔法少女学園に関する悪い噂は『魔法少女たちを貶める悪意のある情報』として、出所ごと現体制派に摘発されているとも聞く。

「…プロパガンダ…?」

「そういうことよ。でも、出会って間もない私の話のほうが信じられないのもわかっているわ。だから、このことは忘れなさい。それと外では絶対話さないように」

「…わかった」

 そこで話は終わりとばかりカナデは立ち上がり、表情も和らげて「そろそろランドリールームへ洗濯に行くわよ」と促す。私もこれ以上はなにも言えなくて、同時に周囲にも話すことはないと悟った。

(…でも)

 できることなんてない、それは自覚している。

 だけど…私は聞いてしまったから。

 それなら、祈るくらいはいいだろう。

(…どうか優しいカナデが素直に笑えるよう、ちょっとでも現状が変わりますように)

 魔法少女が神頼みなんて笑い話にもならないけれど、信じてもいなかった神様に祈ってみた。

 もちろんそれですぐに現状は変わらなくて、私は少しだけ頑なになったカナデの雰囲気に気圧されつつ、それでも一緒に家事を済ませるべくランドリールームへと向かった。

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