この学校の中も、外も、どちらも世界も私は嫌いだった。
どこにいたって私たちを利用する人間はいて、頼れるのは自分だけで。
魔法少女なんていうとうの昔に存在を信じなくなったものになってからも、そんな境遇は変わらなかった。
(…私は、絶対に誰の言いなりにもならない。自分が生きるために働くだけで、このクソッタレな環境に奉仕なんてするもんか)
私…カナデは知っている。知ってしまった。
魔法少女になってしまったが為に搾取される女の子たちがいて、奪われたものは腐りきった連中が吸い上げていることを。
魔法少女になることで少しは私の人生も変わるのだろうか、そんな期待は裏切られ…もっと汚らしい現実が待ち構えていた。
(…だから私は、強くならないといけない)
強くなければ一人で戦うことなんてできないし、弱いと見なされればもっと学園に好き放題に扱われるだろうから。
最悪の場合、今度は私の妹たちも利用されてしまうかもしれない。もっともっと強くなって、それすら突っぱねられるようになりたかった。
(…あいつらは、きっと自分の子供であっても捧げる)
本当なら守ってくれるはずの立場の親ですら、私にとっては信用ならなかった。
頼んでもないのに私を産んで、無計画に子供を増やして、勝手に生活を苦しくして。
そして私が魔法少女になれると知ったとき、「これでようやく楽な生活ができる」と喜んで。
この瞬間、私の家族は妹と弟たちしかいなくなった。私は家族を守らないといけないし、だから私を助けてくれる人間なんてこの世界にはいなかった。
嫌い、嫌い、嫌い…嫌い!!
こんな世界、全部消えてしまえばいいのに。でも消えてしまえば家族を守れなくなるから、せめて私が働けるうちはみんなを助けたかった。
ただそれだけ。私の人生に『私の夢』なんてものはなくて、どれだけ戦っても先を覆う暗幕は晴れないと思っていた。
(…でも)
そんなとき、アイツに出会った。
誰からも拒絶され、誰をも拒絶し、一人で戦っていた私にあてがわれた相棒。
これまでもそういう相手はいたけれど、こんな私と一緒に組みたがる人なんていなかったし、私だって必要ないと信じていた。
だからアイツともこれっきり、そう思っていたのに。
チャコールブラウンのロングヘアを夜風になびかせて、くりっとした愛らしい目で私を見つめながら、とても平坦な声でこう言った。
『カナデは家族思いの優しい人なんだから、もうちょっとだけ素直になってもいいんじゃないかな』
(…変なやつ。本当に、変)
戦いが始まる直前、アイツは何の気負いもなくそう伝えてきた。
それは誰も信じないと決めていた私の心にすら、一切の違和感もなく浸透してくる。今思い出してもその感覚は胸の奥に残っていて、私の心音を生ぬるく温める。
そのこれまでの人生で無縁だった熱の広がりに私は耐えかねて、自室のベッドの上で軽く悶えた。頭にまで広がってきた熱を逃がすように枕へ顔を押しつけてみたけれど、結局は枕も人肌で暖まっただけだった。
(…違う。私はあんな言葉にほだされるほど、単純な女じゃない)
せっかく押しつけられた休みなのだ、こんな無駄なことに使うのは御免被る。だから片付けでもしようとベッドから降りて、私物のリュックを取り出した。
そして学習机に座り、ノートに『とりあえず必要なもの』をメモし始める。元々魔法少女学園にはあまり私物を持ち込んでいないし、最低限必要とされるものは定期的に配給されているため、幸いなことに荷造りの内容はすぐにまとまった。
(…アイツはこれまで見てきたことがないほどお人好しなだけで、そんな人間が目の前で死んでしまうと目覚めが悪いから)
だから私は『自分が生きることを優先しろ』と伝えた。なのに、私を守ることを優先した。
体は着々と荷造りを進めつつ、思考はやっぱりアイツのことで埋め尽くされようとしていた。
そうだ、アイツはお人好しなだけ。きっと私以外と組んでいたとしても同じことをしていたし、似たような言葉を口にするだろう。
あの自然さは、きっとそういうこと。アイツにとって『優しい』という褒め言葉は特別なものではなくて、誰にだって向けることができる素直な感想でしかない。
(…それはそれでむかつくわね)
もしもアイツが組んだのが私以外で、その魔法少女にも同じことを言っていたとしたら…というこれまた不毛な想像をしてみる。
それは驚くほど簡単に思い浮かんで、けれどもすぐに不快感に襲われて思考をシャットアウトした。
別に、アイツが誰を褒めようと知ったこっちゃない。誰でも褒められる変なやつ、ただそれだけ。
そんな当たり前を何度も自分に言い聞かせてみたのに、胸に渦巻く不快感はねちっこく残り続けていた。
(…でも、そんなやつだから…私を、助けてくれた?)
誰に対しても同じように振る舞って、誰も特別なんかじゃなくて。
だからこそ私のような嫌われ者ですら同じように扱って、知り合ったばかりだというのに命すら投げ出したのだろうか?
(…危なっかしいやつ)
まもなく荷造りが終わる直前、私はようやくアイツの評価についてまとめられた気がした。
よくわからない変なやつ、その正体は『誰も特別扱いせずに守ろうとできる人』なんだろう。そして私もそんなやつに助けられてしまったのだから、今の自分な不可解な行動にも多少納得できた気がした。
「…よし、とりあえずこれだけあればいいでしょう」
誰も反応することがない二人部屋に、私の独り言がむなしくこだまする。引退までずっと一人だと信じていて、最近は声の出し方も忘れそうになっていたけれど。
これからは、もしかしたら…少しだけ会話が増えるのかもしれない。
(…べ、別に。嬉しいとかないし)
話し相手が欲しいとか、一緒に戦う仲間が欲しかったとか、きっとそういうんじゃない。
私すら助けるようなお人好しに大きめの借りができてしまったので、それを返しに行くだけ。そのついでに『相棒を作れ』と小うるさい学園を黙らせられるし、もうちょっとだけ活躍すればもっと家族に楽をさせられるかもしれないし、いいことずくめなんだろう。
幸いなことに家事は得意だし、そっち方面でも恩を返せるかもしれない。
「…お世話になりました」
多分この部屋での最後の独り言になるであろう、似合わないお礼を伝えてドアを閉める。リュックの重みはさほどでもなく、これなら残りの荷物の運搬も苦ではないだろう。
さて、とりあえず…アイツのところに向かったら、家事の一つでもしてやろうかしら?
性悪女の私としては殊勝な心がけを胸に秘め、アイツ…ヒナの部屋に向かった。