警備当日、私たちは標高1000m付近の山岳地帯に配置されていた。ここからさらに登った場所に新しい発電所が設置されたようで、私たちはそこからかなり離れた森林エリアで待機している。
久々の長距離移動はほんの少しだけ遠足気分が味わえたけれど、それは本当に最初だけだ。魔法少女関連の施設ならほぼどこにでもある『ポータルゲート』を使えばゲート間の行き来は一瞬で、目的地までの徒歩は最小限で済む。
普段暮らしている場所とは異なる森の匂いだけが移動距離を物語っていて、やはり手つかずの自然の中は魔力の自然回復が早いなと考えていた。
「にしてもさぁ、魔法少女発電所って人目につきにくい場所がいいとは言うけど、不可視の結界も張るんだからこんなへんぴなところを選ばなくてもいいじゃんね」
「そうだね…でも、人通りが多いところだと違和感を覚える人もいるみたいだから、仕方ないと思うよ」
静かな森の中では人の声も普段以上に聞き取りやすく、隣に立つ退屈そうな魔法少女のぼやきは私の空っぽの思考を容易に中断させた。
黒と金のインナーカラーのロングヘアをアップにした少女──名前はアケビというらしい──は背中にクレイモアを思わせる大剣を背負っていて、リボンは私と同じ緑色だった。余裕があるように見えるけれど、私と同じ一期生なのでさほど戦闘経験はないんだろう。
「ヒナっちはさぁ、どうしてこの作戦に参加したの? やっぱ改革派に守ってもらうため?」
「それもある、と思うけど。でも…うん、私にもわかんないや」
「なにそれウケる。まあ戦闘も多分起こらないだろうし、あたしらは森林浴でもしながらおしゃべりしてよっか? ほら、そですりあうもたしょーのえん?ってやつ!」
「あはは…」
アケビはにかっと笑い、身振り手振りで私の返事を待たずに雑談を始める。それに対して私は肯定も否定も含まない苦笑で切り返し、頭の中では離れた場所にいる相棒のことを考えていた。
カナデ、どうしているかな。用事があるとは伝えたけれど、やっぱり派閥の仕事をしていると知ったら怒るだろうか?
一応は彼女を笑顔にしたいという目的もある…というか、なぜかそれが一番大きいので怒らせるのは本懐ではない。バレてしまったときはカオルさんやムツさんは守ってくれるのだろうか…なんて、アケビの女子力講座を聞き流しているときのことだった。
「……!! 時間よ止まれ!」
ドンッ、という音が鼓膜と地面を震わせた瞬間、私は本能的な速度で時間を止めた。
爆発が起こったのは前方の三ヶ所、敵の姿はまだ見えない。同時に影奴の気配も感じ取れなかったため、私は『敵』の正体が考えられる限り最悪のものだと判断した。
なのでわずかに出力を抑えたビームを放ち、見えない敵に牽制を行う。それと同時に時間停止を解除、すぐさまこの場に配置された全員に聞こえるように声をあげた。
「敵襲! 前方より攻撃!」
「マジ!? 聞いてないんですけど!」
私の声に真っ先に反応したのは隣に立つアケビで、混乱するかのような言葉とは裏腹に素早い動きで大剣を構える。表情にも怯えは感じられず、失礼ながらも「これなら足手まといにはならないかな」なんてわずかに安堵した。
しかしその安心は長続きせず、前方ではまた複数回の爆発が起こる。そしてその爆発に紛れるようにして、いくつかの影が飛び出してきた。
そう、その影は影奴ではなく。魔法少女だった。
「うわっとぉ!? 怪我したらどーすんのさ!」
「怪我で済めばいいけどねぇ!!」
飛び込んでくる影の一つはアケビへと襲いかかり、原始的な棍棒を思わせる質量の塊を叩きつけていた。対するアケビは冗談めかしたような言葉を吐きつつ、大剣でその攻撃をしっかりと受け止めている。体幹に揺らぎも感じさせず、攻撃的な言葉をわめく敵と渡り合っていた。
そして私は自分に向かってくるもう一つの影に対してビームを放ったものの、こちらは回避される。そして相手の武器がカトラス風の刀剣であることを視認したのでランチャーメイスを持ち替え、相手の斬撃を本体で受け止めた。
「アンタか、さっきのビームを撃ってきたのは! おかげでこっちは一人が戦闘不能だ!」
「っ、致命傷になるほどじゃない! 今すぐ撤退すれば助かる!」
「できない相談だ! 魔法少女を解放せよ!」
単なる牽制のはずだった私の砲撃は命中していたようで、少なくとも一人は撃退していたらしい。それは功績だと言えなくもないのに、私の心には小さな揺らぎが生まれた。
相手は敵だし、攻撃してくるならこっちも反撃しないといけない。
だけど。その相手が同じ魔法少女だったのなら。こんなにも。
私の電撃のような逡巡は相手の言葉により打ち消され、それに呼応するようにほかの敵も「魔法少女を解放せよ!」と大声で復唱していた。
その盲信を隠しきれない叫びは現体制派とはまた違った熱狂を感じさせるもので、私の撤退勧告は確実に受け入れられないだろうと悟る。
(…なら、戦うしかないか。私は…帰らないといけないから)
魔法少女が相手というのは今も私の心に錨を下ろしていたけれど、少なくとも立ち止まるほどの枷にはならなかった。
そうだ、私には変えるべき場所が…目的がある。そこにはカナデだけじゃなくて、妹だっている。
家族と仲間の姿が私の脳裏に浮かんだとき、メイスを振るう腕から迷いが消えてくれた。足を踏ん張り、相手を打ち飛ばすように振り抜く。
「ちっ、力だけはそこそこあるみたいだね!」
私の一撃はダメージこそ与えられなかったものの、相手も警戒してバックステップを行い距離を取る。そこでようやく、敵の姿をしっかりと目視できた。
茶色のざんばら髪をした少女は私と同じくらいか少し下、制服のデザインは同じだけどジャンパースカートは紺色だった。そして戦闘装束とも言えるケープは前が開いていなくて、ポンチョのような形状になっている。
(これが、『武闘派』…)
学園側はテロリストとだけ呼称しており、その全容や目的は詳しく説明していない。ただ『愚かな敵』として周知しており、まるで影奴のように実態がよくわからない敵だと思っていた。
しかしこうしてみると予想以上に『魔法少女』で、迎撃を決意したはずの私にまた余計な感情が生まれそうになる。
「そこをどけ! でないと仲間ごと始末して…」
「!…時間よ止まれ」
皮肉なことに、私の迷いを打ち払ったのはまたしても敵の言葉だった。
もしもここで相手を倒さない場合、仲間にまで被害が及ぶ。ここにはカナデこそいないけど、私と同じ目的で戦っている──はず──の仲間がいた。
それに…ここで私に何かあれば、カナデはもっと派閥や魔法少女学園を憎悪して…目の前の敵のような行為に走るかもしれない。
そんなのはダメだ。無性にそう思える。
だから私は時間を止めて敵に急接近し、死にはしないものの骨折くらいはあり得そうな力加減でメイスを叩きつけた。
「……あがっ!?」
止まった時間の中では誰だって無防備で、この敵も直撃と同時に時が動き出せばいきなりの衝撃に困惑するだろう。そして予想通り、吹き飛ばされた敵は地面を何度も転がって動かなくなった。
「……か、かまうなっ! 狙いは発電所だ、一人でも多く突破、しろっ」
しかし完全に意識を失ってしまう刹那、大きな声で周囲に目的を伝える。今度こそ私が吹き飛ばした敵はピクリとも反応しなくなったけど、その号令に呼応した魔法少女が二名ほど戦闘を中断し、後方の目的地へと走り去ろうとしていた。
(…仕方ない、これを使うか)
私の武器は一点集中で高火力を押しつけるのが得意だけど、逃げ回る複数の敵へ連射するには不向きだ。照射を行うことで広範囲への攻撃はできたとしても、それは動きの鈍い敵集団や時間停止中にしか力を発揮しない。
だからこそ…リイナはこの補助装備を開発してくれたんだろう。そう信じてケープの裏側のポケットから取り出す。
それはランチャーメイスの砲身兼持ち手よりもわずかに太く、掃除機の交換ノズルを思わせる形状をしていた。発射口にはハニカム状のフィルターが施されている。
そのノズルを砲身の先端に取り付け、私は敵の背中を狙いつつ引き金を引いた。
(ランチャーメイス、『ショットガンモード』…当たれ!)
引き金を引く指は普段よりも小刻みに、バースト射撃を繰り返すようにビームを放つ。
すると通常とは異なり散弾のような小さいビームが複数撃ち出され、広い範囲を覆うように敵の背へ向けて飛びかかった。
ビームのサイズからもわかるように、威力だけで言えば通常モードのほうが大きいだろう。けれどカバーできる範囲については圧倒的にこちらが上であり、雨粒のように抜け目なく敵の背中へと突き刺さった。
すると痛みを訴える声と同時に前のめりに倒れ、二人同時に無力化できたことを悟る。もちろん命を奪うほどの威力ではなくて、敵のポンチョも私たちのケープと同じくきちんと魔法少女の身を守っているみたいだった。
なるほど、たしかにこれは小回りの利かない私の武器に向いている…とリイナに感謝する。しかもそこそこ連射ができて魔力の消費も大きくないため、今後は低級の影奴の討伐にも使えそうだ。
「よし。アケビ、今援護に…!?」
標的が戦闘不能になったことで私にも余裕が戻り、次は近くで戦っているであろうアケビを助けようと思った刹那。
私の付近で爆発が起こり、砂煙に視界が奪われた。
「…こっちは雑魚ばかりと思っていたけど。見誤ったかな」
ささやきのような小さな声が聞こえたと思った瞬間、煙の中から私めがけてガントレットに覆われた拳が飛んでくる。反射的にメイスを構えて防御したけれど力及ばず、押し出された質量は私の額に激突し、自分の武器がこんなにも痛いのを今さら知った。これも調整の効果だろうか?
思わずつんのめったものの歯を食いしばり、わずかに後方へと飛んで距離を取る。程なくして煙は晴れ、そこに立っていたのは私よりも小柄な少女だった。
暗緑色の外巻きカールなボブカットで、やや閉じられがちなシナバーの瞳には怜悧な光が渦巻いている。一方でポンチョの色は比較的鮮やかなマンダリンオレンジで、全身からちぐはぐで次の行動が読みづらい雰囲気が漂っていた。
そんな私の迷いをあざ笑うように、ガントレットに包まれた手は指を鳴らすように弾かれる。
「うひゃあっ!?」
「アケビ!?」
私の近くだけでなく周辺に複数の爆発が起こり、敵か味方かわからない悲鳴がいくつも上がる。けれどそんな中でも先ほどまで聞いていた声…アケビのやや抜けている声だけはしっかりと聞き取れて、目の前の敵がどれだけ危険かを把握できた。
しかし時間停止を再使用するにはまだクールダウンが終わってなくて、同時にあの爆発はどこに起こるかわからないという不安が私を攻めあぐねさせる。
その結果、また煙が晴れたときに見えたのは倒れ伏す味方と…撤退する敵の姿だった。爆発を起こした敵は私が戦闘不能にした魔法少女を担いでおり、これ以上攻める意思はないことを悟る。
だからなのか、私は意味もなく叫んでしまった。
「どうして? 発電所はこの国必要で、私たち魔法少女の生活だって支えているのに。なんであなたたちは」
それを聞いたところでどうしようもないし、わかり合えるなんて思っていなかった。こんなふうに諦めているあたり、私は改革派にはなれないのかもしれない。
そんな私の言葉がもちろん敵を説得できるわけもなくて、少女は爆発の代わりにえぐるような視線を私に突き刺した。
「…なら、その現場を見たの? どうやって支えているのか知っているの? 私は知っている。だから破壊する、それだけ」
爆発物が除去された森では、その小さく諦めきった声ですら私の鼓膜に刻印を残す。
敵の言葉に耳を貸す必要はない、これは常日頃から学園側に教えられてきたけれど。それでも私はあの言葉に自分の無知を痛感させられ、同時に無力まで押しつけられたような気がして動けなかった。
そんな私を再起動させてくれたのは、アケビの「超いてえ〜…跡が残っちゃうよこんなの…」という痛みを訴えるにはあまりにも脱力させる声音だった。