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第4話「二人暮らしの始まり」

 連続して『お務め』があったこと、さらには強敵を撃破したこと、何よりその戦いでダメージを負ったこともあり、今日の私は休暇をもらっていた。

 なので起床直後には医務室への出頭が命じられて精密検査を受け、とくに異常なしと判断されたことで今は自室で休んでいる。アルコーブベッドに寝転がっていると狭い天井とそこに備え付けられたデジタルクロックしか見えなくて、早々に飽きてしまった私はベッドから降りてラグの上で仰向けになった。普段はあまり使わないクッションを枕に、今度は持ち上げた自分の右腕を見つめる。

 自室ということで真っ白なTシャツを着ているため、普段は露出しない自分の腕があらわになっていた。太くも細くもないそれは我ながら戦いを経験しているとは思えなくて、魔法少女の力の根源が魔力であることを否応なしに伝えてくる。

 同時に、焼け付くような痛みを経た後だというのに傷跡は残っていなくて、カナデの応急処置がどれだけ的確であったかを物語っていた。

(…カナデ、元気かな)

 昨日限りの相棒だった少女のことを思い出し、私は彼女がどうしているのかをわずかに考えてみる。

 あの性格なのだ、きっと自分からまた組みたいとは言わないだろう。かといって私も一緒に戦うことを無理強いできる立場じゃないし、そこまでカナデに執着しているはずもない。

 だというのに、私は咄嗟に彼女を守ろうとした。その理由はカナデに伝えた通りだけど、改めて考えると不思議だ。

(昨日が最初で最後なら、自分の命を優先したほうがよかったのにね。なにをやってるんだ私は)

 若干疲れてきた腕を下ろし、自分の目の上を覆って簡易的なアイマスクにする。体温による生暖かさと圧迫感が伝わってきて、昼寝に利用するには少しばかり不快だった。

 それ以上に惰眠を妨害するのは、自分の不可解な行動とその疑問。

 カナデが家族と会えなくなるのがいやだ、それが私の思ったこと。でも私にだって大切な妹がいて、その妹のほうがカナデよりも大切なのは明白だった。

 それなのに、どうして…私は。

(…あれ、誰か来た? 今日は学校なのに…先生かな?)

 昼寝にも活動にも適さない思考のループに陥っていたら、コンコンというノックの音が聞こえてきた。その硬質な音色は決して大きくないけれど、私の不毛な思案を中断させるには十分な力を持っている気がした。

 だからまだ見ぬ来客に感謝しつつ、私はゆっくりと入り口に向かってドアを開ける。

「はーい、どちらさま…え」

「……こんにちは」

 ドアの先にいたのは、完全に予想外の来客…カナデだった。

 昨日と同じように表情も声音もぶっきらぼう…だけど、それは突き放すというよりも戸惑いをより多く纏っているように見えた。

 服装は私と違いきっちりと着こなした制服で、ケープなしだとそのスレンダーな体型がはっきりとわかる。背中にはリュックを背負っていて、荷物はそこそこ多そうに見えた。

「…カナデ、だよね? どうしたの? なにか伝え忘れたこととかあった?」

「…ある、けど。まずは、その…お、お礼…じゃなくて、詫びを入れに来たのよ…」

「…え? あ、えっと、中に入る? お茶なら出せるけど」

「…お邪魔します」

 カナデは私と目が合うとすぐに逸らし、でも次の瞬間にはまたこっちを見て、けれどまた逸らして…を繰り返していた。そして言いづらそうにもごもごとする口からはこれまた予想外の言葉が飛び出して、彼女の困惑が私にまで伝播したような気分になる。

 それでも一度は一緒に戦った間柄だから立ち話もなんだと思い、部屋の中に招き入れた。同じ学生寮に暮らすのだから間取りもほぼ同じだと思うけれど、カナデは外国に来たかのように落ち着きがなかった。

 私は冷蔵庫に入っていたペットボトルのお茶を出しつつその様子を見ていると、キョロキョロとしたりそわそわと身じろぎしていたりして、先日の当たりのきつさがなりを潜めているように見えた。

「はい、どうぞ」

「…あ、ありがとう…」

 ちゃぶ台の上にお茶が入ったコップを置き、ついでにクッションも勧める。すると彼女はそれを受け取ってぎゅっと抱きしめて、てっきり腰を下ろすために使うと思っていた私は唖然とした。

 カナデも私の表情から言わんとすることを察したのか、慌てて取り繕うように「な、なによ!」と小さく怒鳴った。むしろこっちが「何しに来たの?」と聞きたいんだけど…。

 ようやくクッションに腰を下ろしたカナデはお茶を一口含み、また私とちゃぶ台の上へ交互に視線を泳がせる。昨日はこちらへ見向きもしなかったのに、いったい一日のあいだに何があったんだろう…なんて思っていたときだった。

「…あ、ありがとう…? いや、ごめんなさい…?」

「え、なにが?」

「き、昨日のこと…」

 意を決したと思わしきカナデはコップをちゃぶ台において、顔を真っ赤にしながら私へとそう伝えてきた。目の形は勝ち気なつり目なのに、その瞳はゆらゆらゆるゆると不定形に揺れて、いきなりお礼…いや、謝罪?らしきものを伝えられた私は何のことやらさっぱりだった。

 そんな私を責めるような視線を向けてきたのも一瞬で、すぐに自分を戒めるように言い直す。

「ああ、うん…もしかして、昨日私がかばって怪我をしたことを謝ってくれてるの?」

「……そ、そうよ。戦う前はあれだけ態度も悪くて、自分だけで何とかしようとしてたのに……そんな私を、私なんかを、助けてくれて」

「ううん、気にしないで…それに、私もお礼を言い忘れてたかも知れない。ありがとう」

 カナデ、自分の態度が悪いって気づいていたのか…なんて驚きは口にしない。絶対怒鳴られるだろうし。

 何より、わざわざ直接謝りに来た彼女の真摯さにほだされてしまったのか、私の中にはやっぱり彼女への悪い感情が芽生えていなかった。無論、かばって怪我をしたことも後悔していないし、責めるつもりも毛頭ない。

 同時に、私も大切なこと…お礼を伝えるのを忘れていた気がした。それに気づけただけでもこの退屈な休暇が有意義になった…かもしれない。

「…なんで?」

「だって、カナデが私の怪我を治してくれたんでしょ? 多分普通の治癒魔法だともっと時間がかかっただろうし、もしかしたら痕も残ったかもしれないし…だから、ありがとう。私を治してくれて」

「…ベ、別に。あれ以上借りを作りたくなかっただけよっ」

 私がお礼を口にして軽く頭を下げてみたら、カナデは以前の調子に戻ったかのように愛想のない返事をした。顔もぷいっと背けて、頬だけでなく耳まで真っ赤になったのが見える。

(…カナデ、やっぱり悪い子じゃないんだろうな)

 自分の感じていたことが確信に変わり、私は口元が緩んだ。

 そうだ、カナデは…家族を大切に思う人は、誰だって優しい。口が悪いこととと優しくないことはまた別の話であって、そんなことに気づける自分がちょっとだけ誇らしくなった。

 魔法少女の仕事で褒められたときは、そこまで浮かれることもなかったけれど…カナデとのこうした些細なやりとりは予想以上に自分の心を上向きにして、ふと妹と過ごしていた時間を思い出す。

 もちろん、ここまで口は悪くない…というか、素直ないい子なんだけど。

「ふふっ、とにかく気にしなくていいから…それより、よかったらもうちょっと話す? また一緒に戦うかはわからないけど、ちょうど暇だったから」

「…そうね、別に話してもいいけれど。その、戦いについては…多分、これからも一緒だと思うわよ」

「へ?」

「…今日、ここに来たのは。これからも一緒に戦うなら、同じ部屋で暮らすほうがいいって、思ったから」

 まさかカナデとこうした休日を過ごすことになるとは思っていなくて、けれどもちょうどいいと感じたのも事実だった。

 だからこれからは「戦いは別々でもたまに話したり遊んだりしてもいいかな」なんて思っていたら。

 幾分か態度の落ち着いたカナデは、またしても予想外の言葉を口にして。

「…え、なんで? カナデ、一人で戦いたいんじゃなかったの?」

「…そうね。けどね、センチネルの魔法少女は二人一組で活動することが多いでしょう? だから、いつまでも一人だと学園側がうるさいのよ」

「それはそうかもだけど…」

 言われてみると、私のクラスでもすでに相棒がいる魔法少女は珍しくない。そして活躍を重ねている上級生も大抵は相棒がいるっぽくて、私も二人部屋で暮らす以上はそういう相手ができるかもしれないとは思っていたけど。

 それがこの少女…他人を拒絶しようとしていた魔法少女が相棒になるなんて、誰が想像できるだろう?

「…ベ、別にアンタがいいってわけじゃないわよ? で、でも、その…でかい借りも作っちゃったし、私のこと、上には悪く言ってなかったでしょう?」

「まあ、それは。カナデは口は悪いとは思うけど、優しい人っていうのは伝えた通りだから」

「なっ…よ、余計なお世話よ!」

 任務が終わってから学園に戻った際、強敵を倒したということで指導室に簡単な報告へ向かったけれど…別に私は「カナデとは組みたくない」とは一言も言わず、カナデもまたおとなしいままだった。

 ただそれだけだ。悪く言うほどのこともないし、私から拒絶するほどの嫌悪感もない。同時に彼女から好意的に思われるなんて微塵も期待してなくて、本当にこれっきりだとも思っていた。

 強いて言えば…この優しいけど面倒くさそうな少女が、任期を終えるまで無事でいてくれたら。そんな気持ちはあったかもしれない。

「と、とにかく! アンタみたいな優しい…じゃなくて! 変なやつ、ほかにはいないだろうから! なら組んでみてもいいって思ったのよ! これじゃあ不満!?」

「…うーん。よくわからないけど、わかったよ」

「えっ」

 私にはわからない。気難しそうなカナデが『私となら組んでもいい』とまで思う気持ちが。

 でも、わかることもある。とりあえず、この二人部屋が本当の意味で機能するようになることが。

「ようこそ、私の部屋へ。あ、今日からはカナデの部屋でもあるから…荷物の運び入れ、手伝うよ」

「…よろしく…ひ、ヒナ」

 だからなるべく自然に笑顔を浮かべて、私は同居人を受け入れた。

 対するカナデはまだぎこちなくて、笑顔未満の引きつった表情しか浮かべられていない。

 それでもなんとかなるだろう、根拠もなくそう思った。いや、根拠ならあるか…だって私たちは『魔法少女』なのだから。

 魔法なんていう奇跡を起こせるのだ、それならこの扱いにくそうな女の子くらい受け入れられるだろう。

「今日はやることもなかったし、とりあえずカナデの引っ越しを済ませようか。荷物、それだけじゃないでしょ?」

「そうだけど…引き払いまでには多少時間もあるし、ゆっくりやっていくわ。それよりも…アンタ、洗濯物を少しためているでしょう? せっかくの休日にだらけてばかりじゃダメよ」

「えっ、どうして知ってるの…?」

「無造作に洗濯かごが置かれていたら誰だって気づくわよ。言っておくけど、私と一緒に暮らすなら家事はきっちりやるわよ。こういうのはね、ため込むほうが面倒なんだから」

 魔法少女として奇跡を起こすと誓った直後、カナデは容赦のない現実を叩きつけてきて私は脱力しそうになる。

 …もしかして、カナデって相当口うるさい…?

 じろりと睨んで洗濯かごを持ち、洗濯機に向かおうとする彼女はまるでお母さんみたいだった。遙か彼方、私の記憶ではおぼろげとなってしまった存在。

(…まあ、なんとかなるよね)

 カナデと母親が一瞬だけ重なって見えた結果、私は重苦しくなりそうな先行きが一瞬だけ晴れた気がした。

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