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第2話「新たなる任務と相棒」

「失礼します」

 放課後、私はすぐさま指導室へと向かった。指導室なんて名前だと『素行の悪い生徒を叱りつけるための物々しい施設』に見えそうだけど、実際は魔法少女としての任務…それも重要度の高い内容を伝えるときに使う。

 ちなみに問題のある生徒を呼び出す際は『監査室』が使われるらしく、幸いなことにこれまでの私には縁がなかった。できればこれからも無縁でいたい。

 だから過剰に気負うことなく、ノックを行って入室する。室内には余計なオブジェなどがなく、正面奥には人一人が入っていそうなサイズの懺悔室を思わせるパーティションが、その眼前には背もたれのない簡素な椅子が二脚用意されていた。

 ここに来たのは初めてじゃないけれど、やっぱり物々しさを感じつつ「どうぞ」と言われてから椅子に腰を下ろす。

「魔法少女一期生のヒナ、本日はあなたに重要な任務を与えます。つきましてはもう一人が来てから内容を説明しますので、少しだけ待っていてください。楽にしてかまいませんよ」

「ありがとうございます」

 その威圧感のある箱の中から言われても…なんて思いつつ、それでも声音だけは優しい女性そのものだったので、姿勢は正したまま肩の力だけを抜いておく。

 指導室で任務を与えられるときはいつもこんな感じで、顔を見せ合いながら指示されたことは一度もなかった。理由については興味がなかった…というよりも、この魔法少女が集まる施設自体が理外の存在なので、余計なツッコミはやめようと入学早々に割り切ったのだ。

 ちなみに私のこういう判断については、リイナから「熟練兵みたいに冷めている」なんて言われた。褒め言葉らしい。

 そんなことを思っていたら、余裕のある広さの空間にノックの音が鳴り響く。私のときと同じように「どうぞ」と静かに入室を促したら、すぐさまドアが開いた。


「…失礼します」


 こういう場合に振り返るのはどうなんだろうと思いつつ、私は声の主を確かめるために首だけ後ろに回す。

 するとそこに立っていたのは…同じクラスの魔法少女だった。クラスが一緒なら当然だけど、私はその不機嫌さを隠さない顔つきを知っている。

「魔法少女一期生の『カナデ』、本日はあなたとヒナに重要な任務を与えます。今回はこれまでに比べると難易度が高いため、二人で協力してもらいます」

 そう、この子の名前はカナデだ。私と同じクラスで一期生でもあることから、リボンの色は緑色。ただ、影奴の駆逐任務については私よりも少し早く担当するようになったと聞いたので、ほんのちょっとだけ先輩と言えなくもない。

 一度も会話していないのでわからないことだらけだけど、リイナの情報網によるとほとんど一人で戦っていたらしく、何度か相棒が割り当てられたものの、その人たちとは一回限りで関係が解消された…とも聞いていた。

「これまでの傾向や魔力の反応により、各地で強力な影奴が現れる予兆を感知しました。こうした強敵には経験豊富な魔法少女を優先的に割り当てるのですが、今回は数が多いこと、そしてあなたたちの優秀な素質を評価して出動してもらうことになりました」

 影奴が現れるのは主に夜で、あいつらも魔力を発していることから魔法少女であれば探知できる。ただ、事前にどこに現れるかの予測は一部の人しかできないようで、その予測をしている人たちについては情報が開示されていなかった。

 つまり私たちセンチネルの魔法少女は、こうして神託のような言葉に従って現場に向かうしかない。

「あなたたちはこれまで一人で戦うことがほとんどでしたが、それでは心許ないでしょう。よって、今回は二人で協力して任務を遂行してください。十分な成果が出た場合、今後も可能な限り一緒に行動してもらうことになります」

「…なんで私たちが組むことに?」

 私が了承の返事をする前に、隣に座っていたカナデは鋭利な刃物のように冷たく鋭い声で質問する。魔法少女にとって学園側の指示というのは『何の疑問もなく従うのが当然』といった教育が為されているため、それも私にとっては割り切るべき事柄の一つでしかないのに。

 カナデの横顔はいかにも不服そうで、私は彼女の真意を読み取れなかった。

 …聞いたところでなにも変わらないだろうに。

「我々魔法少女学園は、すべての魔法少女の適正な管理をしています。その上で相性や実力、予測される脅威度に応じて配置をしていますから、余計な心配はいりません」

「…そうですか」

 そしてその返答は予想通りで、口調こそ穏やかであるものの『魔法少女なら余計なことは気にせず従えばいい』というのを言外に伝えてきた。もちろん私は感じが悪いなんて思わないし、ここはそういう場所だと知っている。

 カナデもようやく受け入れた…けれど、それは言葉だけの返事でしかない。顔はさらに不満げに歪み、懺悔室の中の対象をにらみつけるかのような視線を隠さなかった。

 …これ、相手にも多分見られているよね? だとしたら、カナデの心証がすごく悪化したような…。

「以上です。必要なことは追って『マジカルチャーム』から伝えられますので、十分に準備を整えてください」

「はい、わかりました」

「…了解」

 私の心配をよそに、カナデの態度は咎められず話も終了する。それに対して安堵しつつ二人で返事をし、つかつかと早足で出ていこうとするカナデの背中を追うように私も退室した。

 部屋を出た直後、カナデは私を一瞥すらせずにどこかへ行こうとする。やっぱり教室で感じた空気の悪さの原因はこの態度にあって、むしろ戦いよりもこの子との連携のほうが不安になりそうだ。

「あの、カナデ…さん?」

 不安ではあっても命令なら従うしかないし、それなら私からいくつかの確認をしようかと考えて、控えめに彼女の名前を呼んでみた。

 さすがに無視をされると堪えるなぁ…とは思っていたものの、足を止めてくるりと振り返る。そして初めて目を合わせられたことを、今さらになって確認した。

 目はややつり目がちで、髪の色は暗めのブロンド。長さは私よりも少し短いロングヘア、それをフィッシュボーンにして前に流していた。

 なんとなく私よりも年上っぽい雰囲気があった。魔法少女学園は才能が発現したタイミングで編入させられるため、年齢には多少のばらつきがあるからだろうか? だからまずは本当の年齢について聞いてみようかな、なんて馬鹿なことを考えたけれど。

 人を拒み続ける氷山の頂上のような目で睨まれてしまっては、必要最低限のことしか聞けそうになかった。

「えっと、一緒に戦うのは初めてだし、もしかしたら今後も一緒に行動するかもだし…お互いのこと、少しだけ話さない?」

「必要ないわ。私は今回限りだと思っているもの」

 その氷を溶かすべく口にした私の提案は雪崩を引き起こしたかのように突き放され、怒りや悲しみではなく驚きだけが脳と胸の奥を支配した。

 …今回限りって。

「いやぁ、えっとね…学園側が命令したなら組むしかないだろうし、今回限りであっても最低限の意思疎通はしたほうが」

「心配しなくても、任務が終わった後にお互いが『こいつとは組みたくない』と伝えれば無理強いはされないわ。これは経験済みの事実よ」

「…そうなの?」

「そうよ。私は学園の言いなりにはなりたくない」

 やっぱりカナデは過去に誰かと組んだことがあって、それでも一人で戦い続けていたというのは間違いないらしい。

 それだけなら「一人が好きな人なのかな」で終わるのだけど、次の言葉…学園への敵意すら感じる発言については、私も息を飲んでしまった。


「…私は家族のために戦うだけよ。アンタにも魔法少女学園にも、興味はないから」


 飲まれてしまった息を言葉と一緒に吐き出そうとする前に、カナデは今度こそ背を向けて立ち去っていった。

 私はその背に手を伸ばそうとしてすぐに引っ込めて、だけど少しでも彼女を理解するために最後の言葉を胸に刻む。

「…カナデ、あなたは」

 どうしてその先を伝えようと思ったのか、それはわからないけれど。

 だけど『これ』だけはなるべく伝えたいな、そんな淡い願いを胸に私は任務の準備に切り替えていった。


 *


 任務の準備開始から程なくして、マジカルチャーム…チョーカーに取り付けられた宝石が影奴の出現地点を知らせる。同時にカナデへの連絡も試みてみたけれど、やっぱりというか返事はなかった。

 なので目標地点への移動は完全に別々で、夜の帳が下りた廃工場にて落ち合う。カナデも戦闘用のケープを装備しており、先に到着していた私は彼女の装いを確認した。

 私のクラウドグレーで無地のものとは違い、カナデのケープは濃いクリームと薄いクリーム色の菱形格子模様となっている。空中から降り立つ際には二色のクリーム色の粒子がふわりと舞い、カナデのブロンドヘアーを神秘的に輝かせていた。

「まだ反応はないね…だから、お互いの武器だけでも確認しない? 私の武器って巻き込む可能性があるから、せめてそれだけでも教えてよ」

「…私のはこれよ」

 私が背負ったランチャーメイスを砲撃体制で持ち直し、「ここからビームが出るよ」と先に教えてみる。

 もしかしてこういう会話すらダメなのかな…と思いきや、カナデは小さく息を吐いて両手に握った獲物を見せてくれた。

 カナデの武器は『ナイフ』らしく、持ち手はネイビーグリーン、刃は月の光を受けて白銀にきらめいていた。私のに比べると、ずいぶんとシンプルに見える。

「そっか、カナデは前衛型? 巻き込まないように気をつけるね」

「一応遠距離武器もあるわよ…まあ近接戦闘のほうが得意だけど」

 ナイフをケープの内側にしまったかと思ったら、次いでメスを思わせる別のナイフを指で挟むようにして複数取り出す。そして論より証拠と言わんばかりに、すぐ近くにあったサビまみれのドラム缶に投擲、メスは金属にも容易に突き刺さってみせた。

「あ、私もこんなだけど接近戦もできるよ…こんなふうに持ち替えるから、少し隙が大きいけど」

「…敵への接近は私がするから、アンタは砲撃に集中しなさい。それを近くで振り回されると巻き込まれそうだわ」

「そうかな? でもカナデも接近戦ばかりだと危ないし、危険だと思ったら前衛を交代しようよ。投げナイフでも援護できるでしょ?」

「…ふん。余計なお世話よ」

 つれないなぁ、とは心の中だけでぼやいておき、私は「いざというときは頼ってくれていいから」と伝えておいた。それには返事をしてくれず、ぷいっとそっぽを向かれる。

(…はぁ。この子、苦労してそうだな…)

 お世辞にも協力的ではなく、一緒に戦うのも今回限りだと突っぱねてくる。

 これは間違いなく『口も態度も悪い』と言えて、私もそれに対しては言いたいことがあるけれど。

「…カナデは家族思いの優しい人なんだから、もうちょっとだけ素直になってもいいんじゃないかな」

「はぁ?」

 だけど私は、どうしてもこの子を嫌悪できなかった。

 その決め手、それは…あのときの言葉。


『…私は家族のために戦うだけよ。アンタにも魔法少女学園にも、興味はないから』


 魔法少女学園に反発する理由はわからないし、それが賢いことだとも思えない。

 でも、家族と口にしたときのカナデは間違いなく真剣で、嘘をついているようには見えなかった。

(…私も同じ、って言ったほうがいいのかな)

 そう、私にも戦う目的はある。


 私には妹がいて、その子は今全寮制の学校──もちろん一般的な学校だ──に通っている。

 両親はすでに他界していて、本当なら私はもう働いたほうがよかったのだけど。

 魔法少女になれば手厚い保護が受けられると聞いて、迷わず私はその道を選んだ。

 私が戦うことで妹が生きられて、そしていつか再会できたのなら。

 そのときは二人で小さなお店でも開いて、また家族一緒に暮らそう。

 この約束のために、私は戦うんだ──。


「…知ったようなことを言わないで」

「…ごめんね?」

 まもなく戦いが始まるし、伝えるなら完全に会話が途絶える前の今しかない…そうは思ってみたけれど、やっぱり急すぎるのは自分でもわかっていた。

 だからカナデは呆れたように息を吐き、すぐに厳しい指摘を突きつけてくる。

 だけど私は謝りつつも妙にすがすがしくて、ひとまずはこれで十分だと納得できた。

(…十分? あ)

 よくよく考えるとお互いの『固有魔法』を教えていないと気づき、それを伝えようとしたときだった。

 影奴の反応を感知し、私もカナデも即座に武器を構えて戦闘に備える。

 そうして廃工場に突入する刹那、カナデはとても小さな声で、だけど私に伝わるように口にした。


「…こんなことで死ぬんじゃないわよ。いざとなったら自分が生きることを優先していいわ」


 その返事を待つつもりはないのかカナデは飛び込むように工場へと入り、私は戦闘が始まるというのに口元を小さく緩めてしまった。

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