「メトレス様! 腰をやっているんでしょう? 薪割は私に任せてください」
昨日、薪割で腰を痛めてしまったメトレス様を私は注意します。
まったく。
普段、座り作業ばっかりして運動しないからですよ。
「プーペ。大丈夫だよ。それに人形にはあまり衝撃が掛かるよな作業は任せられないよ」
注意を促す私にメトレス様はそう返してくれます。
気遣いは嬉しいですが、それでメトレス様の腰が更に悪化したら目も当てられませんよ。
ここにはお医者様などいないのですから。
「大丈夫ですよ。鉈など使わずに丸太を手で裂くだけですから」
人形の私にかかればそう言ったことも出来ます。
それに今日はお客さんがいないので、大して薪を用意する必要もないですしね。
メトレス様に薪割を任すと、腰をやってしまわれるのですよ。
本当に椅子に座り続ける仕事が多すぎるんですよ。
もう人形技師ではないのに、人形技師の真似事ばかりして。
少しは立って運動してもらわないといけません。
あれから私たちがどうなったのか。
簡単に言うと、無事に山小屋まで辿り着きました。
それから設備を整えて、メトレス様が私を修理してくれて、ここでの生活が始まりました。
山小屋で二人。
その生活を続けてしばらくすると、道に迷いやって来た旅人が助けを求めて来て……
気が付けば、二人の山小屋は国境の宿屋になっていました。
お客さんはそう多くはないですけどね。
旅人、そのほとんどは行商人ですが、彼らの話ですと、ロワイヨーム国と隣国との国交が正常化して貿易が始まるかもしれない、という話です。
そうなればうちの宿屋も大繁盛ですかね?
ついでに、グランヴィル市は今も人形の、いえ、錬金術ならぬ奇跡の町として、再出発しているそうです。
なんでも、遂に人の魂を使わなくとも、喋る人形を若手の人形技師がついに作り上げたという話です。
もしかしたら、ガルソンさんかもしれないですね。
そのこともあり、私も行商人の方々に、あまり恐れなれなかったですね。
珍しがられはしましたが。
ついでに当時の市長、デビッド・ペレスさんは現在も投獄中と言うことです。
罪状は何でしょうか? そこまでは聞けていないので、わかりませんが。
まあ、そんな事はどうでもいいです。
なぜなら、私は幸せだからです。
本当に山小屋でしかなかったこの家も、今や、何度かの増築の結果、立派で素敵なお宿となっていますよ。
もちろん、素敵なカフェも作りました。
流石に珈琲は滅多に飲めませんが、ここに泊まった行商人さん達が稀に仕入れて持ってきてくれます。
助かりますね。
私は未だに飲めないし、その匂いも嗅ぐことはできませんが、この雰囲気はとても良いですよ。
このお洒落で素敵な雰囲気だけで、私は大満足です!
ついでに、この宿は、喋る人形の宿として、知る人ぞ知る宿屋として知られていますよ。
まあ、実際のところは、私とメトレス様はこの元山小屋の宿屋でしか生活していないので、どの程度知られているかもわからないんdねすけどね。
行商人さん達に珍しがられることはありますが、恐れられることはありませんね。
グランヴィル市では、喋る人形はどういう立ち位置なんでしょうか?
少し気になることろですね。
もう喋れる人形も普通にいるのでしょうかね?
人形と言えば、ネールガラスはもう産出されなくなったそうですが、特別な方法で育てた牛をネールガラス化することに成功して、代用しているそうです。
こちらはシモ親方の功績となっています。
ただ、それを成し遂げた後、シモ親方はヴィトリフィエ病の責任を取り、人形技師をやめて引退したそうです。
新たなネールガラスを作り出して莫大な利益を得ているけれども、それもほとんど寄付しているのだとか。
そんな話です。
でも、これもそれも全部メトレス様が残して来た本のおかげですよね、きっと。
隣国との戦争も起きなかったのも、グランヴィル市が人形と奇跡の都市として再生できたのも、メトレス様のおかげですよね!
メトレス様はもっと感謝されるべきですよね!
でも、メトレス様には私のメトレス様でいて欲しいので、このままが良いです。
二人だけのゆったりとした時間、それにたまに訪れるお客様。
それだけで、プーペは満足で幸せなのです。
そういえば、グランヴィル市から逃げ出して、もうどれくらいの年月が経ったのでしょうか?
ここではとてもゆっくり時間が流れるので、私にはわかりませんね。
そもそも人形ですしね、私は。
時の流れなど感じられません。
でも、流石に十年は経っていないでしょうけれども。
さて、メトレス様には運動をしてもらいませんと。
座りっぱなしで動かないから、腰を悪くするんですよ。
「メトレス様! 座りっぱなしはよくないですよ、そうですね…… 今日は踊りましょう。それが良いです!」
そう言って私はメトレス様を踊りに誘います。
「踊る? いつの間にそんな物を?」
誘われたメトレス様は面食らった顔をします。
フフフッ、私人形ですよ。
学習能力は人間の比ではないです。
「この間に来た行商人に教わりました」
「あいつか…… ま、待ってくれ、ボクは踊りなんかできないぞ」
メトレス様は心当たりがあるのか、余計なことを、とそう言った表情を浮かべます。
そして、自分は踊れない、と、そう言います。
「かまいませんよ、私も見様見真似ですので…… 下手でもいいんです。誰と踊るかが、重要なんですよ」
そうです。
メトレス様と踊る。
それが重要なんですよ。
「そ、そうか、まあ、確かに少し座りすぎだしな。運動もしないといけないな……」
そうです、そうです。
なんだかんだで重労働は私がしていますからね。
メトレス様はあまりお変わりないのですよね。
でも、このままだと、いつの間にかにお腹が出てきてしまうかもしれませんよ?
そうなっては大変です。
さあ、踊りましょう、メトレス様!
「そうです。さあ、メトレス様! 今夜は踊り明かしましょう!」
国境付近ある人里離れたその宿には世にも珍しく喋る人形とその主人がいると言う。
その二人はまるで夫婦のように仲睦まじく、幸せそうに暮らしているという話だ。
そこではゆっくりと時間が流れ、まるでおとぎ話の中にいるかのような、そんな宿屋だそうだ。