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【第七十七話】人形と光

「で、見逃してくれるんですか、それとも、くれないのですか?」

 結局のところ、この神父様は私達を見逃してくれるのでしょうか?

 それとも、見逃してくれないのでしょうか?

 それがまるで分りません。

 私が人形だからですかね? 神父様の考えがまるで分りません。

 なんでここで世間話のような話をしているんでしょうか?

 いえ、世間話ではないことはわかっていますが。


 ただ、見逃してくれないのであれば……

 私も覚悟を決めます。

 私がどうなろうともメトレス様だけは守って見せます。

 その覚悟を私も決めました。


「これは、本当に人形なのか? 喋れる人形が、こうも不気味とは思わなかった」

 プレートル神父は私にではなく、メトレス様に向かいそう言いました。

 不気味ですか?

 私が?

 まあ、人間からすれば、そうなのかもしれませんね。

 人形は普通は喋れない物なのですから。

 でも、なんか悔しいので言い返してやります。

「不気味とは失礼ですね。正しく人形が進化していれば、人の魂など使わずとも人形は喋れるようになる、なりますよね? メトレス様」

 ですよね?

 メトレス様!

 そんな私の問いに、メトレス様は私にむかい笑顔で答えてきます。

「将来的には恐らくな。そのための技術は、すでに託して来た」

 それがガルソンさんにありかを教えた本ですか。

 なんで、メトレス様はその本を残して来たんでしょうか?

 まあ、確かに山小屋に引きこもあると言うのであれば、もう必要ないものなのかもしれないですけれど。


「それはないです。人形はすべて廃棄させていただきます」

 けど、それをプレートル神父が否定します。

 その割には、今は私と、人形の私とお喋りしているんですよね。

 何考えているんですかね? この方は。

「人形じゃなくても、錬金術師たちの技術は応用が利きます。技術として受け継がれます。そうすればいずれ……」

 それに対して、メトレス様は視線をまっすぐにプレートル神父に向け、そう言い切りました。

 いずれ人形も復活すると。

 そう言うことですよね。でも、人形以上に錬金術は禁忌なんじゃないですかね?

 人形の技術はともかく、錬金術は教会では明確に禁忌と、聖サクレ教では定められていますし。


 でも、そのために本を残し、ガルソンさんに託したのですか?

 とはいえ、シモ親方が協力的でなかったら、それもしなかったかもしれないですよね。

 元々、メトレス様も悩んでいたのかもしれないですね。


 それに対して、プレートル神父は視線を落とします。

「……これはあまり公に出来ない話ですが、聖サクレ様も錬金術師だったという噂もあります。だからこそ、聖サクレ様は錬金術を危険視し、錬金術を異端とした。そう解釈する話もあります」

 確か聖サクレという聖人は、神の現世での姿って解釈ですよね、今の教会では。

 その聖人が、神の化身が、聖サクレ本人が、異端とした錬金術師というのは確かに世間に公表できない話ですよね。


「やはりそうだったんですね。竜は本当にいて、聖サクレ…… 様がそれを錬金術でガラス化させた…… それがネールガラス……」

 竜ですか。

 本当にいたんですかね?

 でも、メトレス様がそう言うなら、いたんでしょうね。

 それをガラス化? ヴィトリフィエ病も人がガラス化する奇病でしたよね。

 あー、なんとなく私の中でも点と点が繋がってきましたね。

 まあ、私にとってはどうでもいい事ですが。


「その裏付けの証拠が…… これから山ほど出て来るでしょうね。市長が持つ代々受け継いだ資料から…… 教会の上層部がそれを見てどう動くか…… 私も予想できません」

 プレートル神父はそう言って苦々しい表情を見せます。

 ですから、私が代わりに言ってやります。

「間違いなく握りつぶすのではないですか?」

 と。

「プーペ!」

 メトレス様が慌てて私を止めようとしますが、言ってはまずかったですか?


 けど、プレートル神父は、

「まあ、そうなるでしょう…… いえ、将来を考え、技術として取り入れる? 錬金術ではなく名を変えて、奇跡とでも言って? それも十分にありえますね、おかしな話ですが……」

 そう言って、一人で苦々しい顔をしながら考え始めました。

 将来を考え? どういうことでしょうか?

 けど、メトレス様には心当たりがあるようです。

「戦争が起こるのですか?」

 戦争…… ですか。

 私達が逃げる山小屋は、国境近くにあるんじゃなかったでしたっけ?

 一番最初に巻き込まれませんか?

 戦争なんか起きないでくれると助かるんですが。

 でも、そのおかげで騎士団にも見つかりづらい場所というのはわかるんですよね。


「さあ、そこまでは。ですが、近々には流石に起きはしないでしょう。ですが、どちらかの国が傾けば、その限りではありません」

 傾けばって、今騎士団が暴れているせいで、六大都市の一つが傾きそうなのですが?

 というか、グランヴィル市から人形産業を取り上げたら、間違いなく破綻すると思うのですが?

 これは戦争が起きてしまう?

 けど、錬金術を復興できるのであれば…… なるほど。

 そう言うことですか、流石メトレス様! そこまで考えていらしたのですね!

「ロワイヨーム国の敵は多いですからね、特に隣国とか」

 メトレス様はそう言って身構えます。

 この国、敵が多いんですか?

 それは嫌ですね。

 でも、あんな市長が六大都市のトップで、しかも国教の聖人の子孫というのですから、敵が多いというのも当たり前の事なのかもしれないですね。

 国自体も碌な国じゃなかったというわけですね。

 みんな、もっと仲良く笑顔で暮らしていけない物なんですかね?


「それを考えると、教会も王室も錬金術を復興させようと動くかもしれませんね…… 流石に、わたしの手を離れた案件になります」

 六大都市一つをめちゃくちゃにして置いて、それはどうなんですかね? 神父様? 少し無責任すぎませんか?

 いえ、神父様も怒りで我を見失っていた?

 話をまとめると、シャンタル様の命を奪った原因をあの市長が作った、って、感じですかね?

 つまり、ヴィトリフィエ病の原因を市長が作ったと。

 ヴィトリフィエ病は結構な人数が死んでいると聞いていますよ?

 そりゃ騎士団も動くわけですね。

 それでも、プレートル神父の手を離れることになると、そういうことなんですか?

 人形の私には難しい話ですね。

 結論だけ伝えてくれませんか?


「恐らく…… ボクが託して来た技術を使えば…… いや、でも……」

 メトレス様が何かを言いよどみます。

 言いよどんだ後のメトレス様はなんだか苦しそうな表情をしています。


「なんですか?」

 と、プレートル神父が怪訝そうに問います。

「ヴィトリフィエ病の原因となった物も、ちゃんと正常に、当初の意図通り稼働するかもしれません……」

 メトレス様は物凄く悩んだと、その言葉を発しました。

 ヴィトリフィエ病の原因となった物?

 それがメトレス様の残してきた技術と関係が?

 ヴィトリフィエ病の原因も錬金術ということだったのですか?

 なるほど。

 錬金術を禁忌とする教会の騎士団だからこそ、早急に動いたわけですね。

 あー、それで先ほどの聖サクレ様の話に……

 なるほどです。


「あなたは本気でそれを言っているのですか? シャンタルの命を奪った…… 原因に対して?」

 プレートル神父は信じられないという視線をメトレス様に向けます。

 あれ? プレートル神父を怒らせちゃいましたかね?

 メトレス様、今のは失言だったみたいですよ!

 けど、メトレス様は更に言葉を続けます。

「グランヴィル市は…… 人形産業で六大都市とまで言われるようになった市です。市長じゃないですが、グランヴィル市はそれにすがるしないんですよ。資料にもあったはずです。様々な産業に手を出そうとして失敗している記録が……」

 まあ、そうですよね。

 グランヴィル市には人形産業しかないですもんね。

 それはさんざん言われてきたことです。

 人形の私にもわかりますよ。

 危険だからと、人形を根絶やしにしたらグランヴィル市は間違いなく破綻ですよね。

 まあ、それは騎士団、特に聖サクレ教会には関係ないのかもしれないですけど。

 けど、六大都市がの一つが破綻すれば、その影響で国そのものが傾きかけない?

 そして、戦争が始まってしまうかもしれない?


「人形都市から、錬金都市へでもなるというのですか?」

 プレートル神父はそう言ってメトレス様を睨みます。

 錬金術が禁忌としている教会としては、認められませんよね。

 あれ? でも、さっき……

 それを偽ってでも、その力を利用するということですか。

 戦争を回避するために?


「そこまでは言いませんが、結局、道具も技術も使うのは人間です」

 メトレス様はそう言います。

 確かにそうですよね。

 結局、私が暴走しなかったのは主人がメトレス様だったからだと思うんですよ。

 主人があの市長だったら、間違いなく暴走していたと思いますよ、私は。

「六大都市の一つが潰れたら、それこそ国家間の均衡が崩れてしまうのでは?」

 というか、この国が傾きかねないですよね?

 人形の労働力は貴重なものですし、丁寧に使えば人形は驚くほど長く使えますからね。


「だから、市長は躍起になっていたとでも? そして、その罪を見逃せと?」

 メトレス様と私の言葉に、プレートル神父は怒りを露わにします。

 ちょっと殺気をメトレス様に向けないでくれますか?

「市長の罪を見逃せとか、そういうことを言っているわけではないですよ、ボクだって……」

 メトレス様も本心では市長が裁かれることを望んでいるんですね。

 でも、それとは別に人形の技術は残すべきだと、そう言っているんですね。


「はぁ、どちらにせよ、市長は必ず断罪します。そのあとの判断は…… 教会上層部の判断になります」

 プレートル神父はそう言って、大きく息を吐き出しました。

 それと同時にメトレス様に向けられていた殺気も吐き出されて行きます。


 メトレス様への殺気が無くなったところで、私はもう一度聞きます。

「で、結局のところ、メトレス様と私は見逃してもらえるのでしょうか?」


 それに対して、プレートル神父は私ではなくメトレス様に向かい、

「最後に、もう一度だけ聞きます。この人形はシャンタルなのですか?」

 と、聞きます。


「違いますよ」

 と、私ははっきりとすぐに否定し、

「……違うはずです」

 やや、自信なくメトレス様も否定します。

 そこは嘘でもはっきり違うと否定したほうが良いと思いますよ!


 けど、プレートル神父は深くため息をついた後、

「わたしには…… この人形がシャンタルに思えますよ」

 と、メトレス様にそう言いました。

 けど、メトレス様は、

「プーペが? 似ても似つきませんよ」

 と、驚きながら返事を返します。

 私はあんまりシャンタル様に似ていないんですね?

「そうなのですか?」

 以前、シャンタル様か、と聞かれたことがあったので、似ていると思っていましたが。

「いえ、怒りに任せてわたしに突っかかってくるシャンタルそのものですよ…… その人形は」

 それに対して、プレートル神父は私を見てそう言いました。

 私を見るプレートル神父の視線は……

 今までとは違い、人形に向けられる視線ではない、ですね……

 どういう心境の変化でしょうか?


「そう…… なのですか……?」

 プレートル神父の言葉にメトレス様の方が動揺しているようです。

 メトレス様はメトレス様で、本気で私はシャンタル様ではないと、そう考えていたので、プレートル神父のその言葉が衝撃的だったのかもしれないですね。


「もしかしたら…… シャンタルの未練だけがこの人形に宿っているのかもしれません」

 そんなメトレス様にむかい、プレートル神父はそんな言葉を投げかけます。

 その言葉はとてもやさしくメトレス様に投げかけられます。


「シャンタルの未練?」

 逆にメトレス様は驚いて聞き返しているくらいです。

 けど、私がシャンタル様の未練?

 でも、だから私はメトレス様に固執しているのかもしれないですね。


「あなたと共にいたいという未練、いえ、シャンタルの願いですよ」

「!?」

 その言葉に、メトレス様は目を見開きます。


「本当は今にでも壊してしまいたいのですが、あの子はとても頑固でしたからね…… 壊しても素直に天国には行ってくれないでしょう。それよりは……」

 メトレス様と一緒に行かせて未練を断ち切った方が良いと?

 それなら、メトレス様を殺して私を破壊してしまえばいいのでは?

 最初はそのつもりだったのかもしれないですね。

 でも、気がかわったと?

 そう言うことですかね?


「シャンタルの未練だけが…… 宿った?」

 メトレス様はプレートル神父の言葉に衝撃を受けて立ちすくんでいますね。

 けど、逃げるなら今ですよ!

「メトレス様? 見逃してくれるそうですよ? 神父様の気が変わらないうちに、さっさと行きましょう」

 です!

 とりあえず、メトレス様の安全第一です!

「あ、ああ…… では、プレートル神父」

 メトレス様は茫然としながらも頷き、台車を押し始めます。

 それをプレートル神父は見送ります。

「もう二度と会わないことを願います」

 そして、少し離れたところで、そう言葉を投げかけてきます。

「さようなら、神父様」

 私はそれに返事をするわけではないのですが、プレートル神父に聞こえない程度の別れの言葉を呟きます。







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