グランヴィル市から出る門をくぐるのに凄い時間を費やしました。
門をくぐるだけでニ、三時間はかかったんじゃないんですか?
酷い混みようでした。
その上で、皆さん我先にと門に殺到しているので、余計に時間がかかってしまった感じです。
ですが、無事にグランヴィル市から出ることが出来ました。
これで一安心です。
ほとんどの市民さん達は、門を出たところでとどまっていますね。
そのまま街道を進んでまで逃げていく人は疎らですね。
まあ、グランヴィル市に住んでいる方は、ただ争いの場から逃げ出したかったからで、グランヴィル市自体から逃げ出したいわけじゃないですからね。
今もメトレス様の押す台車に揺られて、私は人も疎らになった街道を進んでいます。
日ももう落ちかけています。
こうなってしまえば、騎士団でも、もうそう簡単に追うことはできないと思います。
そもそも、騎士団も事後処理ですぐに動けないでしょうけれども。
それどころか、まだグランヴィル市では戦闘が続いているようですね。
当分は安全でしょう。
ふふ、メトレス様と私の勝ちです!
なんの問題もありません!
と、私が勝ちを確認したときです。
後方から馬が走る音が、振動として私には聞こえてきます。
まだ人間には聞こえない距離です。
人形の私だから感じれる小さな振動です。
それに恐らくこれは鎧を着た軍馬の類です。
足音から発せられる音が重く、それに金属の鎧がぶつかり合う甲高い音も聞こえてきます。
「メトレス様、凄い勢いで馬がこちらへ向かってきています。馬車ではないです。一騎だけですが、恐らく騎士団の馬かと思います」
一応メトレス様にそれを伝えます。
そうするとメトレス様は私の危惧を理解してくれます。
「一端、隠れてやり過ごそう。街道の脇にある林へ入るぞ」
そう言うや否や、街道からずれ、近くの林へと台車で突入していきます。
そして、そのまま藪の中で台車を止め、辺りの様子を伺います。
街道にはしっかりと台車の跡が残ってしまっていますが、それを隠す暇は流石にないですね。
それにもう暗いです。
街道の台車の車輪の跡を見つけられるとも思えません。
やって来た馬は鎧を着た馬でした。
やはり軍馬という奴です。騎士団の所有する訓練された馬です。
その軍馬に乗っていたのは、鎧を着たプレートル神父、その人でした。
数度あっただけですが、その時とイメージが全然違いますね。
以前あった時の物静かで優しそうな雰囲気が微塵もないです。
殺気立った軍人そのものです。
「そこに隠れているのはわかっていますよ、メトレス」
まっすぐに街道からずれ、林のほうまでやって来たプレートル神父は私達が潜んでいる藪の手前まで来ます。
どうしてバレたのかわかりません。軍人の勘という奴でしょうか?
以前お会いした時とは別人のような冷たい声で、藪の中のメトレス様に向かいそう言いました。
「プレートル神父……」
メトレス様は観念したように、藪から台車を押して出ます。
そして、私とプレートル神父の間に立ちはだかってくれます。
カッコイイです! メトレス様!
「まさか、本当にグランヴィル市から人形を連れて脱出するとは驚きました。正直、あなたのことを舐めていました」
兜の面を跳ね上げて、顔を見せてプレートル神父はそう言いました。
プレートル神父、なんか騎士姿が妙に様になってますね。
神父ではなく教会の騎士団の人だったんでしょうか?
「プーペは破壊させません」
メトレス様はそう言って、両手を広げます。
そう言って頂けるのは嬉しいのですが、私は人形です。
物、なのです。
メトレス様の命には代えられません。
本来なら、私がメトレス様の前に盾となって立たないといけないのに、申し訳ございません。
「その人形にシャンタルの魂が使われているのであれば、見逃すわけには行きません」
だけど、プレートル神父がそう言って鋭い視線をメトレス様に送ると、メトレス様は怯みます。
まあ、常人が受け流せるような視線ではないですよ、あの視線は。
プレートル神父って何者なんんですかね?
でも、プレートル神父が言っている言葉に、少し興味があります。
「まるで私にシャンタル様の魂が使っていなければ、見逃しても良い、と、そう聞こえますよ」
と、私は粘土の隙間から何とか上半身を起こし、プレートル神父を直接、その目を見てそう言いました。
「そのつもりでしたよ。それほどまでに落ち込んでいたメトレスは酷い物でしたからね。あのまま死んでしまうのではないかと思っていました」
プレートル神父は私に怪訝そうな、理解できないものを見るような、そんな顔を向けて話を返してくれました。
いきなり武器で殴られるのも覚悟していたのですが、話は意外と通じそうですね。
「良いんですか? 聖職者が見逃しなんかして」
プレートル神父の言葉に対して、私はそう返します。
「よく口の回る人形だ」
プレートル神父は憎々し気にそう言い返します。
多少、煽ってもそれほど態度が変わりませんね。
完全に信念で動いている方のようです。
なら、先ほどの、見逃すという言葉も嘘ではないのでしょうか?
「なら、私はシャンタル様ではありません」
私はそう宣言します。
少なくとも私が聞いて来た、言葉、の中からではそう判断できます。
ただ状況的にと言われると、それは揺らいでしまいますが。
そもそも表情のない、声色も変わらない、そんな人形の私に対して、その言葉が嘘かどうかなど、見分ける術は存在しません。
「なに?」
と、プレートル神父は意表を突かれたような表情を見せます。
「これで見逃してもらえるんですよね?」
そう言った私の顔、もし人間であるのならば、きっと、勝ち誇ったようにほくそ笑んでいたと思います。
「人形は人間に対して嘘をつくことは…… 偽ることはできるように作られていません」
それを補足するようにメトレス様が声を張り上げてそう言ってくれます。
「らしいな…… 本当にそれはシャンタルではないのか?」
プレートル神父は更に怪訝そうな、理解できない、とそう言った顔をします。
いや、判断を迷っているのでしょうか?
恐らくシモ親方からもそう事前に聞いているのでしょう。
まあ、私は嘘つけてしまうのですが。
ただ、私にシャンタル様の魂が使われているかどうかなど、私も知りえませんけどね。
そもそも魂だなんて不確かな物、本当にあるんですかね?
人形の私からしたら、はなはだ疑問です。
「違います。私はシャンタル様ではありません」
もう一度、きっぱりと否定してやります。
ダメ押しという奴です。
「だが、親方の話では人形の出力的に人間の魂を使っているという話だ」
プレートル神父はそう言って、再び私を睨みます。
けど、その視線は最初の頃のような鋭さはもうありません。
迷いが見えます。
その迷いにつけ込むように、メトレス様が声を上げます。
「親方は…… シモ親方はどうなりましたか?」
いえ、ただ単にシモ親方が心配だっただけかもしれませんね、これは。
なんだかんだで、メトレス様も憎み切れてなかったのかもしれません。
それとも、話をそらしたかったのかもですが。
「気になるのか? 大人しく投降したので危害は加えてはいない。あとは余罪次第だ」
市町とシモ親方は何をやらかしたんですかね?
結局、私はまだ知らないままなんですが。
でも、騎士団があれだけ動くと言うことは結構なことをしてしまったのでしょうね。
シモ親方は悪い人ではなさそうなので、私も気になりますよ。
「そうですか」
メトレス様はとりあえず無事と聞いて、安心したような顔を見せます。
それに対してプレートル神父は、
「市長の方は気にならないのですか? シャンタルの敵ですよ?」
と、更に声をかけます。
けど、メトレス様はプレートル神父に向かい、
「シャンタルは復讐を望んだりはしません」
と、即座に言い切ります。
なんだかカッコイイです! メトレス様!
「確かに。あの娘なら、そうするでしょうね。今ももし生きていたら、あなたを見逃せと意気盛んで、わたしの前に立っていたことでしょうね」
そう言ってプレートル神父は落胆したように視線を落とします。
「…………」
それに対してメトレス様も何も言いません。
しばらく沈黙が続き、プレートル神父がそれを破ります。
「市長は本気で我々が自分に手を出せないと、そう考えていたようです。親方の話では、ですが。根っからの悪人ではなくグランヴィル市の将来を考えての行動だったという話ですが、その結果、引き起こしたことは許せることではありません」
シモ親方の話だとグランヴィル市の為を考えすぎて、人の命も見えなくなるよな人でしたっけ?
碌な市長には思えないのですが?
「結局どうなったんですか?」
メトレス様も気になってきたのか聞きます。
それに対して、プレートル神父は少し気の抜けるようなため息をついた後、
「はぁ…… 現状は拘束しています。罪を裁くにしても証拠を集めてからです。ですが、ヴィトリフィエ病はかなりの犠牲者を出しています。それなりの罪になるでしょう。それにまだ一部の市警は市長を取り戻そうと抵抗しています。人望はあったようですね」
ということは、このプレートル神父はまだ忙しいでしょうに、わざわざメトレス様を追って来たんですか?
そのままグランヴィル市に、とどまってくれていればよかったのに。
「そうですか」
メトレス様は興味なさそうにそう言いました。
恐らく、市長が騎士団に捕まった時点で、メトレス様の復讐は終わったんですね。
そうですよ、メトレス様。
復讐なんて何も生みません。
と、そう私は思えますが、それは他人事だからで、誰かにメトレス様を害されたら、私もそりゃ復讐に走ります。
それは間違いないですし、仕方がない事です。
「本当に興味が…… もう興味がないようですね。シャンタルが死んだ原因となった人物と、わたしが知った時、市長に向けたのは明確な殺意だというのに」
プレートル神父はそう言って、血走った目でメトレス様を見ます。
それに対して、メトレス様は私を見ながら、
「一職人が口を挟める話ではないですよ」
とだけ、言いました。