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【第七十四話】人形と脱出劇

 必要なものも台車に詰め込んで、私とメトレス様はディオプ工房を後にしました。

 大量の粘土の影に隠れた私を見つけるのは恐らく困難でしょう。

 これなら市警と騎士団の争いごとから、逃げ出した一市民にしか思えないでしょうし。


 後は本当にグランヴィル市から、脱出するだけですね。

 それも今では容易に思えます。


 なぜなら、今のグランヴィル市は至る所から大砲の爆裂音が聞こえて来ますからね。

 そこから逃げらすように市民が市外へと続く門へ殺到しています。


 そこに紛れてしまえば、私達を探し出すことは不可能ですよ。


 にしても、教会の騎士団は本当に、このグランヴィル市から人形を根絶する気のようですね。

 グランヴィル市のあちらこちらから大砲の音が聞こえてきます。

 私も人形なのでその対象ですよね。

 嫌ですね、なんでも暴力で解決しようとするのは。


 とはいえ、そのおかげでグランヴィル市は大混乱ですからね。

 市警も騎士団相手に押されていますし、グランヴィル市の門番も、まともに機能してないので何の問題もないでしょう。


 これを想定してメトレス様は行動していたんですね、流石です!


 そう思っていたのですが、メトレス様はこの状況を受けて、

「戦火が想像以上に広がってしまっている。ここまでになるとは……」

 と、メトレス様がポツリと呟きました。

 さっ、流石です…… メトレス様はお優しいです……

 予想していなかったようですね。

 ま、まあ、お優しいメトレス様がそんな事を考えることなんてありませんよね。


「恐らくこの様子では門の市警も機能はしていないと思われます。今のうちに一気に市外へ脱出しましょう」

 大量の粘土の影から、私はメトレス様に声をかけます。

「そ、そうだな。今しかチャンスはない……」

 メトレス様も頷き、台車を押す力を強めます。

 ただ、私に、持って来た荷物に、大量の粘土が台車に乗っています。

 これを運ぶのはかなり大変そうなのですが。

 メトレス様も全快しているとも思えませんし、大丈夫でしょうか?


「その、メトレス様の山小屋までどれくらい距離があるのですか?」

 少し心配です。

 私が動けるのであれば問題ないのですが。

 私を修理するにしても、それなりの設備はいるでしょうし、修理自体にそれなりに時間がかかりますよね。

 この状況で私を修理するのは現実的ではないですね。

 逃げ出して、安全を確保した後なら、なんとかなるはずです。


 でも、メトレス様お一人で、この荷物を長距離運ぶとなると本当に心配です。

 それにメトレス様も、低体温症で倒れたばかりなのですよ。

 今は特に無理をさせるわけにはいきません。


「大丈夫だ。国境近くまで行かなければならないから、かなり距離はあるが…… それまでは台車を押し続けてやる、任せろ」

 と、メトレス様は力強く答えてくれます。

「はい」

 と、私は返事をしつつも、プーペは不安ですよ。

 また倒れでもしたら……

 今は私も動けないのですから。

 でも、グランヴィル市から逃げ出さなければいけないのも事実なのですよね。

 私が破壊されるのは、まあ、良いとしても、私を作ったメトレス様がそのまま無罪放免と言うこともないでしょうし。

 今はグランヴィル市を出ることを最優先して、後のことはまた考えるしかないですね。


「と、外門まで来たぞ。凄い人だ。プーペ、隠れていろ」

「分かりました」

 私は返事をして粘土の中に潜り込みます。

 傍から見たら粘土の山と荷物を持って逃げる市民くらいでしかないですね。

 にしても、逃げ出す人で市外へと通じる門はごった返していますね。

 本来ならグランヴィル市に入るのも出るのも市警の検査が必要なのですが、今はそれも機能してないようですね。

 運は我々にむいているようですよ、メトレス様!

 このまま逃げ出しましょう!


 とはいえ、凄い人です。

 私達の他にも人形を連れて逃げ出している人もいますね。

 高級品ですし、グランヴィル市で人形が作れないとなると、その価値は恐らく跳ね上がりますしね。

 でも、基本的に人形は主人を変えることはできないので、他人に売ることも出来ないはずですけどね。

 なにせ、人形を動かす魂は主人との絆がなければ、まともに動きませんから。

 そう解釈すると、やっぱり私を動かしている魂はシャンタル様の物なのでしょうね。

 だから、こんなにもメトレス様が愛おしいのですよね。


 にしても、門の前は凄い喧騒です。

 何事もなくグランヴィル市から出れれば良いのですが……






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