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【第七十三話】人形と逃避行

 途中で買った布をかけられ、私は隠れながらメトレス様に台車で運ばれます。

 欲を言えば、お姫様抱っこをして欲しかったですが、人形をそんな風に抱えることのできる人間はそう多くありません。

 人形はどうしても重たいですからね。

 陶器とガラスの塊ですよ。それも人間大の。

 下手をすれば教会の鐘とそう変わらないような重さが……

 もちろん小型のほうの鐘ですよ?

 私も大鐘楼に吊り下げられている鐘ほど重くはありません。


 そんな事はどうでもいいです。

 私は無事にメトレス様に運ばれてディオプ工房まで辿り着きました。

 流石にメトレス様も息を切らしていましたが、休んでいる暇はありません。

 私が動けたら、本当に良かったのですけれども。


 メトレス様が井戸の底に置きっぱなしになっている荷物を引き上げていると、小僧さんこと、ガルソンさんがやって来て、メトレス様を手伝い始めました。

「すまないな。ガルソン。手伝ってもらって」

 メトレス様がお礼を言うと、ガルソンさんは、嬉しそうに笑いました。

 前々から思っていたのですが、ガルソンさんはメトレス様に憧れているんぽいですよね。

 わかります。わかりますよ。

 メトレス様はカッコいいですからね。

「良いんです。メトレスさん…… でもあの…… 今、凄い騒ぎになってて、親方も帰ってこないし、騎士団が人形を壊して回っているって話もあって……」

 けど、ガルソンさんにも、このディオプ工房で留守番を任されているせいか、そんな情報は回ってきているようです。

 不安そうな顔をしてらっしゃってますね。

 上半身を破壊された私を見て、少し怯えてもいましたね。

 ガルソンさんからすれば、私も被害に会った人形の一体、と言う感じなんでしょうか?

「シモ親方なら市庁で会って来た。話はつけて来た」

 メトレス様は事情を話さずにそう言い切りました。

 まあ、確かに話はつけた、というのも嘘じゃないですが、ニュアンスはちょっと違う気がしますが。

「そう…… なんですか? 市庁? 何が起きているんですか?」

 けど、ガルソンさんはシモ親方が無事で少し落ち着き、市庁と聞いて更に不安がります。

 そんなガルソンさんに向けて、メトレス様は続けます。

「恐らくこの都市から人形産業は無くなる……」

 険しい顔をして、井戸の底の荷物を引き上げながら、そうメトレス様はガルソンさんにそれを伝えます。


「え? そ、そんな…… 親方はどうなるんですか? 弟子たちの為にあんなに頑張ってたのに……」

 それを聞いたガルソンは、荷物を引くロープから手を放し、その場にかがみこみます。

「…………ガルソン」

 そんなガルソンさんをメトレス様は憐れみの目で見ます。

 しばらくロープを引く手を止めて、考えた後、メトレス様はガルソンさんの名を優しく呼びます。

「はい……」

 力なく返事をするガルソンさんに対して、メトレス様は優しく語り掛けます。

「ボクの家の床下に古びた箱が隠してあって、その中に一冊の本がある」

 なんですか? それは私も知らないですよ?


「本…… ですか?」

 ガルソンさんはメトレス様を不思議そうに見上げます。

 その眼は、涙目、というか、既に泣いちゃってますね。

「ああ、それをシモ親方に見せるんだ」

 それを見たメトレス様は何かを決心したようにそう言いました。

「え? は、はい?」

 ただ、ガルソンさんはその意味を理解できていないようです。


「そうすれば…… 人形技師達は…… 生き残れるかもしれない」

 それでも恐らくは険しい道にはなる、そんな顔をメトレス様はしています。

 なんでしょうかね? メトレス様の書いた秘術書か何かでしょうか?

「え? な、なにを言っているんですか?」

 ガルソンさんもよく理解できていないようですね。

「ランガージュ・ド・プログラマスィオン。錬金術師達の文字を、それをその本で解読できる。ボクはそれでプーペを作ったんだ」

 おお、それは本当に秘術書といった感じですね。

 なるほど、だから、メトレス様は、メトレス様だけは、私のような人形を、自由意志を持つ人形を作れたという訳なんですね!

 納得です。流石メトレス様です!


「ええ! す、凄いものじゃないですか! そ、そんなもの…… なんで今まで?」

 ガルソンさんは驚きながらも、憧れの目をメトレス様に向けはします。

 けど、なんでそんな物を今まで黙って、と言った目も向けています。

「それをおまえにやるよ。ボクにはもう必要ない。そうだな。親方に見せるかどうかも、お前が決めていい」

 その微妙な顔をガルソンさんに向けられたメトレス様はそう言いました。

 そして、再び井戸の底から、荷物を引き上げるためにロープを引き始めます。


「それがあったから、メトレスさんは喋る人形を作れたんですね!」

 ガルソンさんはそう言って、またロープを引くメトレス様を手伝い始めました。

「あ? ああ、そうかもな」

 ただ、メトレス様はガルソンさんの言葉に曖昧な言葉を返します。

 私が喋れるのは恐らく人の魂を使っているからですもんね。

 けど、ランガージュ・ド・プログラマスィオンが解読できるのであれば、人の魂を使わなくとも、いつかは喋る人形を作れるかもしれませんね。

「そうですよ」

 と、私はメトレス様の言葉に同意し言葉を発します。

「あ、人形も壊れてなか…… 起きていたんですね」

 ガルソンさんからすれば、荷台から急に声が聞こえたような感じで驚いたことでしょうけども。

 私の破壊された上半身を見て完全に壊れてしまっていると、そう思っていたことでしょうし。

「ガルソン、そのお代という訳じゃないんだが、粘土を少し分けてくれないか、プーペを治してやらなければならない。台車の荷台に積んでおいて欲しい」

 そんなガルソンさんにメトレス様は笑顔で言います。

「は、はい、わかりました! 今、持ってきます」

 急にガルソンさんがロープを持つ手を離したので、荷物を落としそうになりつつ、何とか耐えたメトレス様は倉庫に駆けていくガルソンさんを見送ります。


「良いんですか? 私が喋れるのは恐らく……」

 と、肯定しておいてなんなんですが、そうメトレス様に聞きます。

「いや、ボクではなく親方やガルソンなら、いずれ本当に喋れる人形を作れるかもしれない。人の魂などを使わなくても……」

 メトレス様もそのように考えているようです。

 そうですね、そうなったら大手を振ってこのグランヴィル市に戻って来て、二人で街を歩きましょう。

 カフェにも入りましょう。

 それはきっと素晴らしい事です。

「そうですか。メトレス様がよろしいのであれば、私も問題ないです」

 私はそう言います。

 もし私に笑顔が作れたならば、私はきっと良い笑顔をしていたことでしょう。


「ああ、そうだ。すまないな、プーペ、カフェにはもう行けそうにない」

 メトレス様はそう言いつつも荷物を引き上げ、荷台に積みます。

「大丈夫ですよ、メトレス様。カフェなら作れば良いのです」

 ただそれだけの事です。

 なんの問題もありませんよ。

「そうか…… それも悪くはないな」

 メトレス様もそう言って笑ってくれます。

 幸せですね。


「粘土あるだけ持ってきました!」

 と、ネルソンさんは台車に乗るかわからないほどの大量の粘土を運んで来てそう言いました。

「ネルソン…… 限度があるだろ……」

 メトレス様もそう言って呆れます。

 けど、これだけの粘土があれば、私が隠れるのにも十分ですね。

 それを運ばなくてならないメトレス様には悪いですが。







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