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【第七十二話】願望

 ボクはプレートル神父に懺悔をした後、ひたすらに人形作りに明け暮れ、没頭していた。

 懺悔らしい懺悔などでは決してなかったが、あれで迷いがなくなったのは本当だ。

 まるで信じていないはずの神までもが、ボクに人形を作れと、シャンタルを取り戻せと、そう言っているかのようにすら思えた。

 だから、ボクは一心不乱に人形作りに専念する。もう迷いはない。

 彼女の魂を使い、彼女のガラス化した遺体まで利用して。

 なにがなんでも成し遂げねばならない。


 シャンタルの新しい肉体となる、その人形を。


 それだけを信じて。

 シャンタルとの再会だけを信じて。

 ボクは人形を作る。


 いつしか、どれだけの時間がたったのかボク自身わからない。

 工房の外にもまったく出ていなかったので、昼も晩も分からなくなりながら、ずっと作業していた。


 その甲斐あってか、人形は、シャンタルの新しい体は完成した。

 その上で、何度も何度も入念なチェックを重ねる。


 問題はない。

 そのはずだ。

 後は起動するだけだ。

 それでシャンタルはボクの元へと帰ってくる。


 だが、人形の起動で一番不具合が起こるのが初期起動時だ。

 ましてや今から起動する人形は、普通のランガージュ・ド・プログラマスィオンではない。

 ボクが開発した独自のランガージュ・ド・プログラマスィオンだ。


 シャンタルを縛ることなく、自由にシャンタルの意志を尊重するために作った独自の制御術式。


 ボクだけの、シャンタルが新しい生を得るための、その為の制御術式だ。

 その術式には自信はある。

 完璧な術式であると、そう思える。

 けれども、確証はない。

 実験も出来ていないし、実験などできやしない。

 いきなり本番で試し、成功させなければならない。


 そのことだけが、ボクを不安にさせる。

 早くシャンタルに会いたいという気持ちと、もしも失敗してしまったら、という気持ちがせめぎ合っている。


 理論的には問題はないはずだ。

 何百、いや、何千回と見直したはずだ。

 あとは、人形に微弱な電流で起動信号を送ればいいだけだ。


 なのに、ボクの手は震えている。酷く震えている。

 人形起動用の手巻き式発電機のハンドルを回せないでいる。

 手が、どうしても震えてまともにハンドルを持つことすらできないでいる。


 落ち着かねばならない。

 ボクは深呼吸をする。


 手の震えは止まらない。

 ボクは失敗することを恐れているのだ。

 それでもボクはこの人形を起動し、シャンタルを取り戻さなければならない。


 そうしなければ、ボクはもう許されないのだ。

 それだけのことをして来たのだ。

 ここでやめるわけには行かない。

 失敗をするのも許されることではないが、失敗を恐れてやめるわけにもいかない。


 ボクは震える手で、無理やり手巻き式発電機のハンドルを回す。

 恐る恐る、回す。

 何度もやってきたことだ。


 何も問題はない。


 微弱な電流が起動信号と共に人形に流れ、人形が目覚める。

 人形がその瞼をゆっくりと開いていく……






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