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【第七十一話】人形と救出劇

 短い地響きな様な音が定期的に聞こえますし、実際に小さな揺れも感じます。

 地震しては局地的過ぎますし規模も小さいです。この振動は何でしょうか?

 私がいる場所は地下のようで、人形の感度能力をもってしても、よくわからないのですよね。

 ただ、何か起きている事だけは確かのようです。


 ついでにシモ親方はそんな事にはまるで気づいておらず私のランガージュ・ド・プログラマスィオンに夢中のようです。

 既存のランガージュ・ド・プログラマスィオンと見比べては首をひねっていますね。


 市長じゃないですが、読めないのですから見比べても分からないのでは?

 と、そう思ってしまいますが、シモ親方はどこか面白そうに、まるで間違い探しでもする子供かのように、見比べています。


 少なくとも暴走していると思っている私と対面するよりは、そちらに興味がある、といった感じですね。

 ぶつぶつを何かを呟いては、辞書のように分厚い本と見比べていますね。

 なんですかね、あの本は。


 ですが、大きな揺れが何度かあると、流石にシモ親方も気づいたようで、

「なんだ、何が起こっている?」

 と、慌てだしました。


 もしやメトレス様が助けに!?

 と思いましたが、流石にメトレス様ではないでしょうか?

 あの方はあまり暴力的な方ではないので。


 いえ、メトレス様が剣を持って戦う姿もカッコイイと思いますよ?

 ですが、どうにもそのイメージが湧きません。

 どちらかというと、私が守ってあげたいですね。


 などと私が妄想していると、勢いよくこの部屋の扉が開かれます。

「プーペ!」

 私の名を呼んでメトレス様が走り込んできます。

 ああ、ああ、先ほどは守ってあげたい、などと言いましたが、実際にこうやって助けに来ていただきますと、良いですね、とても良いです!

 私が生身なら間違いなく涙を流し頬を赤く染めて喜んでいたでしょうか。

「メトレス様!」

 私は歓喜の声を上げます。

 けど、やっぱり私の声には感情は乗らないんですよね。

 抑揚のない声しか出せないのは残念で仕方ありません。

「良かった、無事…… ではないが、けど頭部とコアは無事のようだな。これならどうにかなる……」

 私の元に駆け寄って来たメトレス様は私の現状を確認してそう言いました。

 そして、右肩の部分を見て、苦々しい表情を浮かべますが、安心した表情も見せてくれます。

 メトレス様がどうにかなると、言うのであれば、どうにかして頂けるのです。

 今はうまく体を動かせませんが、そう悲観しなくても良さそうですね。

 まあ、人形である私はそもそも悲観などしてないのですが。

「メトレス! お前どうして……」

 部屋に入り込んで来たメトレス様にシモ親方が驚きの声を上げます。


 そんな、シモ親方に振り返り、私とシモ親方の間にメトレス様は立ちはだかり、

「もう終わりですよ、シモ親方。教会騎士団が動きました。市長もあなたも、今日で終わりです。このグランヴィル市から人形は根絶されます」

 そう宣言しました。

 その言葉を聞いたシモ親方は驚きはしますが、すぐに落ち着きを取り戻します。

 そして、力なく椅子に座り項垂れてています。

「そうか…… いつかそうなるのではと、そう思っていた。だが、お前たちはどうする?」

 シモ親方は今の状況をある程度、予期していたようですね。

 あまり取り乱すような様子はありません。

 険しい表情をしていますが、それでメトレス様を責めたりもしませんね。

 それどころか私達のことを気にかけてくれているようです。

 顔は怖いですが、できた人ではあるようですね。

 というか、私には早くこうなりたかった、そういうような安心した顔にも見えます。


「元より…… グランヴィル市を出て行く予定でした。今は、この紛争が落ち着く前に出てかねばなりませんが」

 メトレス様がそう言うと、シモ親方はメトレス様に何かを投げてよこします。

 人形の眼だからわかりましたが、どうやら何かの鍵のようです。

「脱出用の裏口がある。それを使え。あとそこにある台車を持っていけ」

 そう言って、台車を指さします。

 私が運ばれてきた台車ですね。

「シモ…… 親方……」

 そんなシモ親方に対して、メトレス様は少し戸惑っていますね。

 メトレス様はこうなるとは思っていなかった、といった感じですか?


 そんなメトレス様をシモ親方が険しい表情で見つめます。

「お前はすべて知っていたんだな?」

 そして、そう確認してきます。

「はい」

 それに、メトレス様は頷いて、しっかりした声で返事をします。

 何を知っていたのでしょうか?

 私は知らないままなのですが、まあ、メトレス様と逃げ出せれるのなら、知らなくても良いですね。

 きっと些細な事です。


「すまない…… 俺が…… 市長を止めていられれば…… 嬢ちゃんは」

 そう言ってシモ親方は両手で顔を覆います。

 ただ、シモ親方の言葉でなんとなくさっせれますね。

 そもそも、メトレス様が感情的になるのは限られていますし。

 それが市長とどう関係しているのかは不明のままですが、特に知りたいとも思いませんので。

「…………」

 シモ親方の言葉に、メトレス様は何とも言えない顔でシモ親方を見続けます。

「最後に一つだけ、本当に、この人形は暴走してないんだな?」

 そんなメトレス様にむかいシモ親方は確認してきます。


「していません」

 メトレス様がしっかりと否定してくれて、

「してないです」

 と、私も否定します。

 私は私です。暴走などしていません。


「その人形の出力を見た。明らかに出力が高すぎる。人の魂が使われているのは間違いはない…… 嬢ちゃんの魂なんだろ?」

 シモ親方は睨むようにメトレス様に確認してきます。

 嬢ちゃんとは、恐らくシャンタル様の事ですよね?

 やはりその方の魂で私は動いているのでしょうか?


「やはり…… そうなのですが? プーペはシャンタルの魂で動いている……?」

 けど、メトレス様も確信を持っていないようで……

 それはなんでなんでしょうか?

 なんでメトレス様はそこに確信を持てていないのでしょうか?


「メトレス? お前、何を言って?」

 メトレス様の反応に質問したシモ親方の方が戸惑っているようですね。

 けれど、メトレス様も良く状況を理解できていない?

 まあ、どうでもいいですよ。そんな事は。

「いえ、いいです。今は逃げる方が先決ですので、プーペ…… 動けるかい?」

 メトレス様は今は悩んでいる間も惜しいと言った表情を見せます。

 実際どういう状況なのですかね?

 教会の騎士団が動いて市長と争っているのですか?

 市長は自分が教会から攻められるわけはないと高を括っていたようですが、目論見が外れたといった感じですか?

 その隙をついてメトレス様が私を助けに来てくれた、と言う感じですかね?

 私にはそれだけで十分すぎますね。

 ただ、私を拘束している器具が取り外せなくて、メトレス様は苛立ちながらも拘束している器具を取り外そうとしてます。

「今、拘束を解いてやる…… 待ってろ」

 そんなメトレス様を見かねてか、シモ親方がそう言って離れた場所にある機械を色々といじくり始めました。




 その後、私は台車に乗せられて、隠し通路的な物を台車を押してメトレス様が直走ります。

 この通路は…… 市長が何かあった時に逃げ出すための物ですか?

 なんでこんなものを用意しているんですかね、市長は。

「良かったのですか?」

 私はメトレス様にそう聞きます。

 シモ親方にも復讐すると、そうメトレス様は言っておられましたが、特に何もするでもなくあの地下室にシモ親方を残して来ています。

「何がだ」

 と、メトレス様は恐らく分かっていながらそう聞き返してきます。

「復讐の対象だったのですよね? シモ親方も」

 なので、私は素直に疑問に思っていることを聞きます。


 少しの間があって、

「復讐は既にできている」

 と、メトレス様はそう仰りました。

「そうなんですか?」

 どこがどう復讐になっているのか、私には理解できませんが、メトレス様の気が済んでいるのなら、まあ、良しとしましょう。

「ああ、この町からは恐らく人形産業は消える。それがシモ親方にとっては最大に復讐になる……」

 メトレス様は前方を、通路の先をまっすぐ見ながらそう言いました。

 なるほど。

 確かに人形作りしか知らないような人から、人形作りを取り上げてしまえば、それは最大限の罰になるかもしれませんね。

 それはそうと、通路は少し昇り坂になっていて、台車に乗っけているとはいえ、私を運ぶのは大変そうです。

「では、市長の方は?」

 続いて市長の方も一応は聞いておきます。


「あっちは教会が勝手に捌いてくれる。ボクは…… それでいい。今は一早くこのグランヴィル市から逃げ出す方が先決だ」

 その質問にメトレス様は一瞬、ほんの一瞬だけ目を瞑り、何かに想いを馳せているかのようでした。

 けれど、すぐに目を見開いて前を見ます。

 進むべき道を見ています。

 そして、市長のことなど、もうどうでもいい、とばかりにメトレス様はそう言いました。


 なら、もうこの町に思い残すことはないですね。

「はい! 逃避行の再開ですね!」

 と、私は声を上げます。

 嬉しくて上がった声なのですが、抑揚がないのはやはり不満ですね。

 そんな私にメトレス様は、

「プーペ、キミは…… 日に日に人間の様になっていくね……」

 と、そう声をかけます。

 そうでしょうか?

 私にはよくわかりません。


「これもネールガラスが最適化され進化しているからなのでしょうか? ああ、でも、せっかく進化したネールガラスを壊されてしまいました」

 私はそう言って破壊された右上半身を見ます。

 今も半透明でそれでいて翡翠のような美しいネールガラスが見えます。

 胸の部分まで外骨格が割られているので、ランガージュ・ド・プログラマスィオンが書かれたネールガラスのコアまで見えてしまいます。

 これが私の力の源。恐らくはシャンタル様の魂を封じ込めているコア。

 メトレス様はそれをどう思っているんでしょうか?

 少し気になることろではあります。


「壊されたネールガラスの予備は、まだ…… まだある。問題はない。シモ親方の工房に荷物を取りに行って、ついでにそこで外骨格用の粘土も貰って、その足でグランヴィル市を出るぞ」

 メトレス様は少し複雑そうな表情をしてそう言いました。

 たしかにメトレス様の工房から運んできた荷物のほとんどはネールガラスなのですよね。

 普段メトレス様が仕事で使うネールガラスとは別に分けて、大切そうに保存していたネールガラス……

 なにか訳ありの品なんでしょうか?

 まあ、その辺のこともこのグランヴィル市から逃げ出せてから考えればいい事ですね。


「私が動けたらすぐでしたのに、すいません」

 そうですよ。

 私が動けていたら、すぐにでも逃げ出せていたのに。

 問題なかったのですが、このざまです。

 まあ、こうやってメトレス様に台車で運んでもらうのも悪くないですが。

「たまには男らしいところも出させてくれよ。それにこう見えて慣れているんだ。台車や車椅子を押したりするのはな」

 メトレス様はそう言って笑いました。

 確かに重労働とはいえ、工房に篭って作業している人形技師にしては、台車の扱いが上手い気がします。

 人形でも運び慣れているんですかね?


 そうこうしているうちに通路は終わり、鉄製の大きな門に着く。

 そこでメトレス様はシモ親方から渡された鍵を使いその大きな門を開きます。

 鉄製の大きな門ですが、引き戸で、レールの上を車輪で動かすタイプなのでメトレス様お一人でもその門を開くことが出来ました。

 門を開いた先は、小高い丘です。

 ちょうど見下ろすように市庁が見えますが、市庁の至る所から煙が上がっています。

 また、市庁の外では今もまだ戦闘が続いているようですね。


 騎士団の武器は剣ではなく、銀色に輝く金属製の筒です。

 あれは鉄砲ではなく大砲でしょうか?

 それを見て、あれが私は地下で感じていた揺れの正体だったことに気づきます。

「あっ、あの揺れ…… 大砲だったのですか?」

 持ち運びできる小型の大砲と言ったところでしょうか?

 私の目から見てもあまり安全性は考慮されているような物には見えないです。


「やはり感じていたか? プーペは人形だからな。大砲って呼んでいいのかは不明だが、しいて言えば個人用携帯大砲と言ったところか? 騎士団の対人形用兵器だそうだ」

 メトレス様がそう説明してくれます。

 確かに小型とはいえ、筒の中で火薬を炸裂させて鉄の塊を射出する。

 そんな物をくらえばあの軍用人形も一溜りもないですね。

「凄いですね、軍用の人形がなすすべなくやられていますね」

 実際、打ち出された、恐らくは鉄か何かの塊を受けて、軍用人形が動きを止めています。

 外部的には装甲が少しへこんだ程度ですが、内部に達する衝撃まで殺せているわけではありません。

 そして、ネールガラスは通常のガラスとは違えど衝撃には弱いのです。

 あんなものをぶつけられたら、外部装甲は無事でも、内部のネールガラスは無事ではないでしょうね。

 人形は内部のネールガラスが一部でも破損すれば私のように連鎖的に動けなくなります。


「こぶし大の鉄球を爆薬で射出する兵器だからな。衝撃に弱い人形では当たってしまえばひとたまりもない」

 メトレス様も戦闘の様子を見てそう言いました。

「いくら外部を鋼鉄の鎧で固めていても内部のネールガラスは砕け散ってしまいますからね」

 そして、私がそう返事する頃には、台車を押し始めます。

 まずは、シモ親方のディオプ工房ですね。

 そこで持ってきている荷物と粘度を拝借して、このグランヴィル市とはさよならですね。

 メトレス様と街中を歩いたり、カフェしたりするのが夢でしたが、メトレス様と二人でひっそりと暮らすのも悪くはないです。

 なんなら、そこに二人だけのカフェを作りましょう。

 珈琲は流石に無理でしょうが、お茶くらいならどうにかなるかもしれません。

 それも悪くないですね。


「ああ、さあ、急ごう。騎士団はすべての人形を駆逐する気でいる」

 メトレス様はそう言って丘、恐らくは市庁近くの公園ですかね、ここは? そこからディオプ工房へと続く坂道を一気に駆けだします。

「はい」

 なぜか、私は以前もこんな光景を見たことあると、体験したことがあると、そう思いながら台車に揺られて行きます。





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