大勢の騎士達が集まる教会内のホールの壇上の袖口で、その壇上に上がる前にプレートル神父がボクに、
「最後に。シャンタルはあなたに何を願ったのですか?」
と、突然聞いて来た。
「聞かないんじゃないんですか?」
ボクは素知らぬ顔でそう言って見せる。
「それは……」
ボクの返答にプレートル神父は難しい顔を浮かべる。
そんなプレートル神父にむかいボクは答える。
「もっと一緒にいたかった…… 確かに、シャンタルは消え入りそうな声でそう言いました」
そうだ。
それだけは間違いはない。
ボクはだからこそ罪を背負う決心をしたのだ。
そのこと自体に後悔はない。
「そうですか」
プレートル神父は目を瞑り空を見上げるようにそう言った。
「はい」
「だから、あなたはあの人形を作ったのですか?」
そして、ボクを殺気の篭った目で睨めつけてそう言った。
「はい」
ボクは、その殺気におびえながらも正面から頷いて見せる。
ボクにとって、それは恥じることではない。
「あの人形も市長も、市庁舎にいるそうです」
そんなボクを見て、プレートル神父はそのことを伝えてくれる。
本来なら、ボクがした行為なら、即座に拘束されていてもおかしくはないのだが、プレートル神父はまだボクを野放しにしている。
それにどういう意図があるのか、ボクにも理解はできない。
「ボクも行きます」
ボクの身が自由であるのならば、それ以外に選択肢はない。
今度はボクが、いや、今度こそボクがプーペを守ってやらなければならない。
もう大切なものを失うのは嫌だ。
「我々は…… 教会騎士団はあの人形を、いえ、人形の存在をもう認められません。発見し次第、全ての人形を破壊する様に伝えます」
プレートル神父は鋭くボクを睨みそのことを告げてきます。
「プーペがシャンタルであったとしてもですか?」
ボクがそう問うと、
「それなら、なおさらのことです」
鋭い目が更に鋭くなり、ボクを視線だけで何度も突き刺しながらプレートル神父はそう宣言する。
「なら、ボクはプーペを救い出し逃げ切って見せます。今度こそ、もう、失ったりはしない」
ボクもそう宣言する。
あまりにもボクがまっすぐプレートル神父の目を見ながらそう言い切る物だから、プレートル神父はその顔を険しくさせる。
「本当にあの人形はシャンタルではないのですか?」
そして、そう聞いてくる。
プレートル神父にはプーペがシャンタルに思えているのかもしれない。
だが、プーペとシャンタルは、確かにプーペにはシャンタルの面影を感じるときがある、けども、完全に別だ。
別の人格だ。
人形相手に人格という言葉を使うのは、馬鹿げているのかもしれないが、プーペはボクの目から見ても、シャンタルではない。
シャンタルはボクを導いてくれる存在だが、プーペはボクをどこまでも支えようとしてくれる存在だ。
似ているようで全く別だ。
「それは…… 本当に分かりません…… ボクにも……」
けれど、プーペからたまに感じるシャンタルの面影が、シャンタルらしい仕草が、ボクを惑わせる。
プーペがシャンタルなのかどうか、ボクにすら本当にわからない。
わからないが、ボクはプーペを失いたくはない。
それだけが今は真実だ。
シャンタルの代わり、というわけではないが、今のボクはプーペなしでは、もうまともに生きていけないだろう。
「まあ、良いです。結果はかわりありませんから。あなたが足掻いたその後で、あなたも拘束し色々と聞かせてもらいます。今こうして自由の身を与えているのは温情だと思ってください」
そう言う事か。
ボクに出来る限りのことをさせて、それでも無駄だったと悟らせるためか。
そうして、真実を話させるつもりなのかもしれない。
だが、確かにこれは温情だ。
チャンスは与えられたんだから。
それを掴み取らねばならない。
「はい」
と、だけボクは答える。
その返事を聞いてプレートル神父は颯爽と壇上に上がっていく。
そして、大勢いる屈強な男たちを笑顔で見渡す。
「さて、騎士団諸君。この度、そこにいるメトレス・アルティザンのタレコミにより、このグランヴィル市を騒がしていた病、ヴィトリフィエ病の原因がわかった。ヴィトリフィエ病は病気ではなく呪いだ。錬金術師が残した…… 古のな」
そう言って、プレートル神父はボクを指さす。
やはりここで聖サクレの名は出さないか。
ボクはそんな事を考えつつも、屈強な騎士団員たちの視線が自分に集まることに緊張を隠せない。
どれもこれもまっとうな視線ではない。
値踏みするような、そんな視線ばかりだ。
そんな中、騎士団の一人が声を張り上げる。ふざけているほどバカでかく通る声だ。
「プレートル団長! 市長とはやりあわないのではなかったですか?」
「団長?」
プレートル神父が団長と呼ばれたことにボクは驚く。
プレートル神父は神父ではなく、いや、教会騎士団の団長をも兼任していたのか?
通りで。
教会内でも若くして権力を持っている人だとは思っていたけど、教会騎士団の団長だったとは……
言われてみれば、確かに細身ではあるが、しっかりとした筋肉をつけているようにも思える。
それ以前にプレートル神父はまだ市長と事を構えるとは何も言ってないのに、こういう声が上がると言うことは、すでに騎士団員たちにも情報はいきわたっているのだろう。
これはなにかを説明するための舞台ではない。
騎士団員たちを鼓舞するための、ただそれだけの場でしかない。
「彼は…… デビッド・ペレスは確かに正当な聖サクレの子孫だ。我々としてもことを荒立てることは避けたかった」
騎士団員の言葉に、プレートル神父は一旦視線を落としてから、再度視線を上げる。
その表情に、視線を戻したときの表情にボクは背筋が寒くなる。
あれは神父の時に見せていた表情ではない。
騎士の、いや、戦士の、人殺しを生業としている者の表情だ。
王立騎士団と並び最後の騎士団と呼ばれている教会騎士団。
その戦力は王立騎士団にも負けずとも劣らないと言われている、つまりこの国の戦力の半分を占めているようなものだ。
その一部部隊とはいえ預かる騎士団長。
それがプレートル神父の正体だ。
そんなプレートル神父に野次でも飛ばすかのように、別の騎士団員が嬉しそうに声を張り上げる。
「それでもやり合うだけの理由ができたってことだろ? 団長!」
と。
まるで市長と戦うことが嬉しくて仕方がない、そう言った声の張り上げ方だ。
「そうだ。こともあろうに、メトレスが持って来た資料には、ヴィトリフィエ病の元は聖サクレ様が竜退治に使った奇跡を流用していると書かれていている。その資料の信用性も残念なことに非常に高い。それをしているのが市長だ! また市長の生まれがそのことを後押ししている」
プレートル神父は怒りに満ちた顔でそう言った。
呪いではなく奇跡と言い換えてだが。
「そりゃ…… 俺らの出番ってわけだ。人形潰しに飽きてたところだ!」
また別の騎士団が嬉しそうにそんな声を張り上げる。
それに対して、プレートル神父は騎士団を見渡し、
「相手は市警並びに、それらが操る戦闘人形だ。やれるか?」
と、確認を取る。
そうすると、騎士団達の各所から声が上がってくる。
「やれないでか! そのために俺らは準備して来たんだ! 人形如きにもう負けはしない!」
その昔、ボクが生まれる前か、生まれた直後の頃、暴走した人形に騎士団は負けた、と聞いていた。
もう大分昔の話だ。
その頃から、騎士団は対人形戦を想定して訓練して来たのだろう。
もう人形に、いや、何者にも負けない、そういった気合いがひしひしと感じられる。
それに応えるようにプレートル神父が、
「そうだ。我々は負けを経験し、前へと進む!」
そう宣言すると、今までバラバラだった騎士団員たちの言葉が一つに、ぴったりと示し合わせたかのように合いだす。
「進む! 進む! 進む!」
と、足を踏み鳴らしながら、その言葉を騎士団員たちは繰り返す。
「前団長である父の時の失敗はもうない!」
更にプレートル神父はそう言って右手を振り上げる。
そうすると、まるで合唱でもしているかのように、
「我らに敗北はない! 敗北はない!」
と、騎士団員たちが声を合わせて雄たけびのような声を上げる。
「あるのは前進だけだ!」
プレートル神父は更に自身も興奮しているように続ける。
「前進! 前進! 前進!」
騎士団員たちも殺気立ち強く足を踏み鳴らし、声を張り上げる。
「では、聖サクレの騎士達よ、やることはわかっているな。進め!」
と、プレートル神父が大声で宣言すると、騎士団員たちが規律に従って動き始める。
さっきまでは荒くれものどもの集団とばかり思っていたが、今の彼らは違う。
「前進! 前進! 前進!」
そう掛け声を上げ、行進していく騎士団はまるで一匹の意識を持った巨大な鉄の怪物の様に思える。
銀色のに輝く全身を包んでいる鎧が、その生物の一つの鱗にすら思えて来る。
「これが教会騎士団……」
圧倒的な、なにか何とも言い表せない力のようなものを感じ、ボクは圧倒されるしかなかった。
ボクはこれから彼らを出し抜かなければならない。
出し抜いて、プーペを助け出し、そして、このグランヴィル市から逃げ出さねばならない。
彼ら相手にそんなことできるのか、わからない。
それでも、ボクはそれを成し遂げなければならない。
圧倒されているボクの背後から、プレートル神父が声を掛けて来る。
「彼らは強い。暴走した人形に大敗した後、その経験と技術を受け継ぎ、進化し再誕した騎士達です。もう誰にも彼らを止めることはできない。さあ、あなたも行きなさい、そして、力の限り足掻いて見せなさい。それでも結果が変わらないと私はそう思いますがね」
プレートル神父は冷たい声でボクにそう言って来た。
ボクはその声に振り返らなかった。
その代わりにボクは駆けだした。
「プーペは絶対に助けだします」
そして、そう言い残して市庁舎を目指す。