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【第六十八話】主人と交渉

 ボクは何とか教会に逃げ込むことが出来た。

 市警達も教会の敷地内には入れないでいる。

 ボクはそのことに、教会の権威の高さを確認できて一安心する。

 やはり市長をどうにかするには教会の力を頼ならければならないのだと確信する。


 プーペが時間稼ぎしてくれたおかげだが、プーペは無事なのだろうか?

 ちゃんと逃げ出せただろうか?

 それだけが気がかりだ。

 プーペ……

 キミはシャンタルではない、けど、キミは……


 それよりも今はプレートル神父に会うことが先だ。

 市長の悪事を暴き、シャンタルの敵を取って……

 後は、もうこの都市を離れよう。

 プーペと二人、細々と山小屋で暮らせばそれでいい。


 そう思ってたボクに、恐らくは教会の騎士団の連中が、市警に喋る人形が捕まったという話を立ち聞きした。

 しかも、その人形は動けなくなるほど破損したという話だ。

 ボクは愕然としながらも、無意識のうちに走り出す。




 この都市の聖サクレ教会はかなり大きいな教会だ。

 それは教会がこの町で強い力を持っている事でもある。

 プーペを助けるには、もうプレートル神父の力を借りるしかない。

「プレートル神父…… お願いがあるんです」

 ボクはそう言ってプレートル神父に頭を下げた。

 ボクは…… 今からあなたを利用しようとしています。

 プーペを助けるために。


 だが、ボクが禁断の人形を作っていたことは神父にも知られてしまっているようだ。

 プレートル神父は何とも言えない顔をボクに見せた。

 彼が怒るのはもっともなことだ。

「メトレスさん…… あなたが禁断の人形を作ったのですか? そう聞いています。だとしたら…… わたしは…… あなたを許せそうにありません」

 こらえきれない怒りをプレートル神父を何とか堪えて、それでもプレートル神父は冷静にいようとしてくれている。


 だが、プーペが捕まったと聞いた今、一刻の猶予もない。

「今はそんなことはどうでもいいんです」

 どうでも?

 どうでもいい事だったのか?

 たしかに、シャンタルは失われた。

 もうどうにもならない事だ。

 けど、どうでもいい事だったのか?

 ボクは自分で言った言葉に驚きを隠せなかった。


「どうでも? 本気でそう言っているのですか?」

 プレートル神父は怒りを隠そうともせず、ボクを睨む。

 当然の反応だ。

 それがわかりながらも、ボクは居ても立ってもいられない。

「今は…… プーペを助ける方が先です、捕まったと、破壊もされたと、そう聞いています。力を貸してください」

 そう言って、ボクはプレートル神父にもう一度深々と頭を下げる。

 ボクは何自分勝手なことを言っているんだ。

 それでも、プーペを助けるには、プレートル神父の、教会の騎士団の力を使うしかない。


「プーペ…… あの人形の名前でしたね。あの人形は! あの人形にはシャンタルの魂が使われているんですよね? だとしたら、わたしはあなたを許しはしない」

 今まで見たこともないような、そんな刺すような視線を神父はボクに向けて来る。

 当然だ。

 シャンタルは、プレートル神父にとって娘同然のように育ってきた人だ。

 そのシャンタルの魂を使って、生まれ変わりも支障をきたすような人形作りをすれば、プレートル神父の怒りももっともなものだ。

 それを聖サクレ教会の神父が、人形に人の魂を使ったなどということが認めれるわけもない。


 だが、ボクは本当にシャンタルの魂を使えたのか?

 そもそも、ネールガラスにシャンタルの魂を留めておくことは成功できていたのだろうか?

 今となってはそれもわからない。

「それは…… ボクにもわからないんです」

 どちらにせよ、ボクは失敗したんだ。

 プーペが誰なのか、それが本当にわからない。

「何を言っているんですか。あの人形はあなたが作ったのでしょう?」

 少し困惑した表情でプレートル神父はボクを訝しむように睨みつけて来る。

 この際、どうだっていい。

 プーペを助けれるのなら。

 なぜ、ボクはプーペをそんなに大切に思えるんだ?

 あれはシャンタルではないのに。

 でも、たまに感じさせる、プーペから感じれるシャンタルの面影はなんなんだ……


「そうです…… プーペは本来シャンタルの新しい器として生まれてくるはずでした」

 ボクはそれを認めた。

 この人に、これ以上嘘を付きたくはない。


「…………」

 プレートル神父は、無言で怒りに満ちた顔でボクを睨んでくる。

 ボクはそれだけのことをやったんだ。

 この場で殺されないことに感謝をしなければならないほどだ。


「ですが、プーペはシャンタルではないんです……」

 ボクはおずおずと言葉を続ける。

「何を言っているんですか?」

 ボクの言葉にプレートル神父は更に困惑の表情を強くする。

 それと同時に苛立ちも、ボクの背筋に悪寒が走るほどの、いらつきも感じる。


「プーペがシャンタルなら、シャンタルの魂をちゃんと使えていたのなら、シャンタルの記憶を受け継いでいるはずなんです…… ですが、プーペには何の記憶も持っていませんでした」

 そのはずなんだ。

 だが、目覚めた人形は何の記憶も受け継いでいなかった。

 プーペはシャンタルではないんだ。

「なら、どうしてあの人形は喋るのですか? 人形が喋るようになるには人の魂を使うしかないと、そう聞いています」

 それはそうだが、現在では、の話だ。

 ランガージュ・ド・プログラマスィオン、人形の制御術式を正確に理解できるボクなら、いずれ人の魂を使わなくても喋れる人形など作られも作れるようになっていたさ。

 だが、そんな事はもうどうでもいい。


「それは…… ボクにも分からないんです。そうじゃなきゃ、プーペにプーペなんて名前は…… つけないですよ」

 そうだ。

 もし、プーペがシャンタルであったら、ボクはプーペ何て名前、つけやしない。

「たしか…… 人形と言う意味でしたか?」

 ボクの言葉を聞いて、少しだけ冷静になったプレートル神父はボクにそう聞いて、いや、確認してくる。

「ご存じでしたか。その通りです。プーペとは人形、という意味です。でも、プーペにボクが救われたのも確かなんです」

 記憶を引き継げなかった人形を気まぐれに再稼働させ、そして、プーペとボクは名付けた。

 人形は人形だ。

 そのつもりだった。

 けど、プーペはボクの中で…… なぜかシャンタルと同一化していった……

 シャンタルではない、それが頭でわかっていても、ボクはプーペにシャンタルを感じてしまっていた。

 頭では違うと分かっているのに、時よりプーペがシャンタルに思えてしまっていた。


「だから、わたしにその人形を助ける手助けをしろと?」

 ボクの身勝手な申し出に、プレートル神父は苛立ちながらそう言った。

 背筋に冷たいものが走る。

 まるで殺意を向けられているようだ。

「そうです。それと、ヴィトリフィエ病の真相がここにあります。シャンタルを殺した病の……」

 ボクはそう言って資料をプレートル神父に手渡す。

 プレートル神父はそれを一応と受け取るが目を通すような素振りも見せない。

「これが、人形と関係あるとでも?」

 そう言って、そう言って資料を雑に振って見せる。

「はい。人形の主原料のネールガラスは近いうちに産出されなくなります。市長とシモ親方は、それをどうにかするための研究をしていました。その結果生み出されたのがヴィトリフィエ病です」

 ボクの発言に、プレートル神父も目を大きく見開く。

「人為的に生み出された病とでも言うのですか?」

 流石のことに、プレートル神父も驚きを隠せないでいる。

 もし、ボクが言っていることが本当なら、プレートル神父もほって置けないはずだ。

 いや、教会の名の元に動かなければならないはずだ。

「いいえ、病ではなく竜をガラス化させた聖サクレの…… 呪いです」

 その呪いを利用した物が、その呪いが対象を選ばずに暴発しているものがヴィトリフィエ病の真相だ。

 いくら腕の良い医者でもどうにかできるはずがない。

 病気ではなく呪いの産物なのだから。


 だが、プレートル神父はそちらの方が驚いて、いや、怒りを露わにさせた。

「聖サクレ様が…… 呪いだと?」

 まるで聖サクレが馬鹿にされたかのように、怒りを露わにしている。

 だが、資料にはそう書かれている。

「ボクの持っている資料には…… 少なくともそうありました。市長は、デビッド・ペレスは、聖サクレの子孫だとも……」

 ボクがそれを言うと、プレートル神父は少し驚いたような表情を見せ、そして、資料に目を通し始めた。

「市長が聖サクレ様の子孫というのは…… 本当の事です。だから我々も今まで強くは出れなかった……」

 ボクとしては、聖人に子孫がいたこと自体が驚きだが、それも今はどうでもいいことだ。

 けど、その話が真実であるならば、その資料の信憑性も高まる。


「なら、恐らくその資料に書いてあることが事実です……」

 ボクはプレートル神父の目を見ながら、そう言った。

「読んでも?」

 深いため息の後、プレートル神父は椅子に座り難しい顔をしながらボクに確認して来た。

 その顔には既に怒りの感情はない。

 無表情の、何とも言えない、怖い表情をしている。

「その為に持ってきました」

 ボクはプレートル神父の威圧感に生唾を飲み込み、何とかそう答えるのがやっとだった。




 プレートル神父は資料に目を通しながら、

「プーペを、あなたの人形を…… 助けたりはしませんよ?」

 と、プレートル神父ははっきりと断言する。

 なら、

「自分で助け出します」

 ただそれだけの事だ。

 それを実行できるだけの隙を作ってもらえればいい。

「我々は…… 人形をもう黙認できません。見つけ次第、全て破壊します」

 持って来た資料に書かれている内容をプレートル神父はそう断言する。

 プレートル神父の立場からすれば、そうなのだろう。

 ボクとしては、プーペを助け出せさえすれば、後は逃げるだけだ。

 騎士団とて、ヴィトリフィエ病の件が明るみになれば、グランヴィル市の外までは追ってくる暇もないだろう。

 大騒ぎどころの話ではないのだから。

「そうですか…… それでもボクは…… 抵抗させていただきます」

 ボクは決心する。

 命に代えてもプーペを助ける決意を。

 今度こそ失わない。

 今度こそ、つけだして見せる。

 ボクはそれを、神ではない何かに誓う。

「勝手にしてください」

 それに対して、プレートル神父は冷たく、ただ冷たく言い放つだけだった。






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