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【第六十七話】壊れた人形と市長

 私はあっさりと捕まりました。

 右手を含めた右上半身を破壊されたため、そこを通るネールガラスも破壊されてしまったからです。

 その結果、上手く体を動かせません。

 これでは大人しく捕まった方が被害は少ないとそう判断したからです。


 なんとか動くのは…… 左手と左足の一部分だけのようですからね。

 右半身は全滅と思っても良さそうです。

 これでは逃げることも出来ないでしょう。


 ネールガラスという物は人形の内部で複雑に絡み合ってますからね。

 一部でも破壊されるとそこから影響して、色んな箇所が動かなくなってしまうらしいんですよね。

 私はそれを今実際に自分の体で体験しているわけです。

 軍用ともなればまた違ったのかもしれないですが、私はその辺の作りは通常の人形と相違はないようですね。


 しかし、これは困りました。参りました。

 意識がある分だけまだましと言ったところでしょうか?


 動かなくなった私は布でくるまれて、市警の荷車に乗せられてどこかへと運ばれて行きます。

 そして、最終的にどこかの部屋の一室に、すでに動かないのに拘束された状態にされます。

 用心深いですね。

 それにしてもこの部屋、窓もないですし、壁も随分と飾り気もない重厚な造りですね。

 まるで牢屋のようです。

 鉄の格子などはないですが。

 恐らくは市警の施設のどっか、と言ったところでしょうか?


 私がそんな部屋に拘束されていると、しばらくして、二人の人物がその飾り気のない部屋に入ってきます。

 一人はシモ親方ですね。もう一人は見たことはないですが知っている人です。

 たしか、この都市の市長ですね。

 メトレス様が憎んでいた人です。

 この人は一体メトレス様に何をしたんでしょうか?

 したこと次第では、私も許さないですよ。


 といっても、今の私は満足に動くこともできないのですが。


「これが喋る人形か……」

 市長が私を見ながらそう言いました。

 なんですかね、この方は爛々と輝くような、それでいて何か嫌な目で私をじろじろと見て。

「やはり報告通り…… メトレスのところのプーペか…… あの野郎…… だとすると婚約者の…… 嬢ちゃんの魂を使ったのか? あのバカ野郎が……」

 シモ親方が苦しい顔をそう吐き捨てますた。

 悔やんでも悔やみきれないと言った顔をしてますね。

 けど、メトレス様の言う通り、シモ親方も市長と一緒に何かメトレス様にしたと言うことですね?

 だから、今こうして、市長と一緒に現れた、そう言うことですよね?

 やっぱりこの方も敵なんでしょうか?


「おい、人形。何かしゃべってみろ?」

 市長がそう言って、私を見ます。

 もちろん人を見る目でもなく、かといって人形を見る目でもないですね。

 なんか狂気と希望を湛えた独特な、爛々とした目で市長は私を見ます。

「…………」

 ただ、なんか嫌な視線ではあるので、私は黙ります。

 メトレス様の敵に口なんか聞いてあげません。


「反抗的だな」

 市長はそう言いますが、そんな市長をシモ親方が肩を掴んで下がらせます。

「すでに暴走しているかもしれません。市長は下がっていてください」

 そう言って、シモ親方は分かりやすいくらいの恐怖の視線を私に向けます。

 完全に私のことを怖がってますね。

 あんなに大きな体をしているのに。

 まあ、人形相手にいくら人間の体が大きかろうと、意味はないですけれども。

 そもそも、シモ親方の別名とというか、蔑称の鼻潰れの親方、というのも暴走した人形に鼻を潰されたって噂でしたっけ?

 確かにそれなら怖いですよね。

 むしろ良く今でも人形技師なんて続けられていますね。

「報告ではもう動けないという話ではないか」

 市長の方は不服そうにそう言います。

 この方、警戒心がないですね。

 でも、メトレス様の敵なのですよね、この方。

 この方くらいなら刺し違えることは…… って、何考えているんでしょうか?

 あまり良くない思考の方向です。

 捕まったせいで私もネガティブになっているのでしょうか?

 人形の私が? ネガティブに?

 そんなことあるんでしょうか?


「あんまり人形を舐めないほうがいいですよ、市長」

 そんなことを言っている市長に、シモ親方は真剣な表情でそう忠告します。

 そう言われましても、私は本当に動けないんですが。

 その上で拘束までされていて、どうにもなりませんね。

 無理に動こうとすれば、更なる破損を招きかねませんから。

 動きませよ。

 それにそんなことをしたって恐らくメトレス様は喜びませんから。

 あー、でも、死なない程度にはぶちのめしてやりたい気はしますね。

 なんとなくではありますが。


「ああ、わかった。わかったから。代わりにシモ。おまえがしてくれ」

 そう言って、市長は下がっていきます。

 そんな市長を見送った後、シモ親方は明らかに私を怖がりながらも、離れた位置から話しかけてきます。

「………はい。プーペ、だよな? 調書には市警の人形技師を助けたともあった。暴走しているわけじゃないんだよな?」

 そう言われて、私は少し考えた後、

「私は暴走などしていません」

 と、正直に答えます。

 シモ親方の瞳の中に、恐怖だけではなく憎悪も感じ取ったからです。

 どうもシモ親方は暴走した人形に恐怖しているだけでなく憎んでもいるようなので。

 それに実際に私は暴走しているわけではないですからね。


「おお、喋った。これは凄いぞ! シモ、なんとしてでもこの仕組みを理解するんだ」

 私が喋ったことにより、市長はより目を輝かせます。

 その輝かせ方は、目が濁っているとはいえ子供の様ですね。

「出来る限りのことは……」

 けど、シモ親方は目を伏せながらそう言います。


 そんなシモ親方の背中に市長が声を掛けます。

「そうしないと人形技師の未来、いや、この都市の未来はない…… そのことはおまえも十分に理解しているだろう?」

 むむ? 人形技師に未来はない?

 なんですか、それはメトレス様も人形技師なので聞き逃せない話ですよ?

 でも、メトレス様はこの町を出ていくので関係ない? かもしれませんね。

 しかし、どういった事でしょうか?

「はい、理解してますよ。ですが、できることできないことってもんはあるんですよ。できる限りの事はしますよ」

 けど、そんな市長に向かってシモ親方はそう言い切ります。

 職人、人形技師の親方なだけにできることとできない事の区別がしっかりと理解できているんですね。

「全くこれだから職人という奴は……」

 そう言われた市長は何やら煮え切れない顔をしてますね。

 これを見る限り、市長とシモ親方、あまり仲が良いという訳ではなさそうですね。


 私がそんな事を考えていると、

「プーペ、お前は、シャンタルの嬢ちゃんなのか?」

 と、聞いてきます。

 答えようかどうか迷いましたが、私は正直に答えます。

「いいえ、違います。私はプーペです」

 と。

 メトレス様は私はシャンタル様ではないと仰られました。

 なら、私はシャンタル様ではないです。

 事実かどうか、何てどうでもいいです。

 私にとってはメトレス様の言っていることが真実なんですよ。


「だが、人形が喋るには人の魂を使わねばならん…… そうでなければ……」

 そう言って、シモ親方は悩み始めました。

 人形は嘘を付けない、いえ、偽ることができない、シモ親方もそう考えているようで、私の話を疑いもしてないようですね。

 なら、それを利用して何かを…… とは考えましたが、今の私の目標は自己保存です。

 これ以上、壊されないようにして、いつの日かメトレス様に再開できる日を待ちましょう。

 私は人形ですので、そう言うことも可能かもしれません。

 それに今も壊されていない、喋る人形に市長が興味あり、と言ったところを考えると私のとりあえず安全は確保されていると言った感じでしょうか?

 まあ、この環境に甘んじる気はありませんが、どうにか体を修理しなければどうにもなりませんからね。

 なら、ある程度は友好的に接しておいた方が良さそうですかね?

「メトレス様は失敗したと言っていました。シャンタル様はもういないと」

 私は正直に答えました。

 ついでに私陣その言葉の意味はよく理解できてません。

「どういうことだ?」

 と、シモ親方は顔を顰めるだけでした。

「私も知りません」

 実際に知らないので、答えようもないんですが。

 私もシャンタル様の魂が使われているものとばかり思ってましたが……

 でも、それも直接、否定もされてないなんですよね。


「メトレス…… シモのところの人形技師だな? そいつを捕まえれば喋るカラクリがわかるのか?」

 何言っているんですか、この市長は。

 メトレス様を捕まえるとか私が許すわけないじゃないですか。

 でも、今の私は無力でしかないんですよね。

 本当に困りましたね。


「その可能性はあるかもしれません。アイツは…… 確かに天才ですからね」

 やはりメトレス様!

 凄い方なんですよね、私のメトレス様は!

 天才、まさしくメトレス様に相応しい言葉です!


「そちらの方はワシがどうにかする。今はできる限りその人形のことを調べておけ」

 どうにかできるものなんですか?

 メトレス様が無事に教会に着いたら、教会側も黙ってないと思うんですけど、と思い返したところで、私はその証拠とやらも見てないんですよね。

 どんな物かも知りませんし。

 そもそもそんな時間もなかったですし。

「はい」

 シモ親方は渋々と言った感じに返事をします。

「メトレス様は今頃証拠をもって教会へ行っています。あなた方も終わりですよ」

 ただ、私は少し悔しかったので、そう言ってみます。

 負け犬の遠吠えかもしれませんが、市長がメトレス様をどうにかする、と言った事が私には許せないのですよ。

「教会か。ハハッ、教会は教会だよ。ワシには手が出せないよ」

 市長はそう言っておどけて見せます。

 これは…… 教会を恐れている素振りには見えませんね。

 完全に教会のことを見下していますね。

「だと、良いんですがね……」

 けど、シモ親方の方がそう言って心配している素振りを見せます。


「シモ。ワシが誰の子孫か知っているだろう?」

 そんなシモ親方に対して、市長が笑顔でそう言うと、

「はい……」

 と、シモ親方も頷いています。

 市長はどんな出自の方なんですかね?

 教会のお偉いさんの親戚とか何かですか?

「まあ、そちらもワシに任せて置け。対応は考えている」

 市長は自信ありそうに、そう言って笑います。

 その様子は、あんまりよい人には見えませんね。

 何か企んでいる悪い人にしか見えませんよ?


 そんな市長に見守られながら、シモ親方がおっかなびっくり私に近づいてきます。

 あんまりにもおっかなびっくりなので、少し動いて脅かしてやりたい気持ちになりましたが、ここは堪えておきます。

「さて、先ずはランガージュ・ド・プログラマスィオンを見せてもらうぞ」

 そう言って壊れた右上半身から私の内部を覗き込みます。

 メトレス様でも恥ずかしいのに、それ以外の方に私のネールガラスを見られてしまうときが来ようとは……

 く、屈辱的です。


「確か、人形を制御している模様だったな」

 と、つまらなそうに市長がそう言います。

 それに対して、

「言語ですよ。市長」

 シモ親方が訂正をします。

 それを市長は鼻で笑います。やはり嫌な人ですね。

「ふんっ、誰も読めないのだろう? なら模様と同じことだ。それにこの人形はなにかと反抗的だ。頭部は破壊してしまっても良いのでは? 頭部に人形の記憶があるのだろう?」

 それはまずいですね。

 頭部には私の人形としての記憶が収められていると言います。

 それを壊されたら、私は私ではなくなってしまいます。

「人形が声を出せるのは後天的なことがほとんどですよ。声の出し方も頭部のネールガラスに保存されている可能性が高いです。安易に破壊するとか言わないでくださいよ」

 けど、シモ親方がそう言ってくれます。

 やはり取り入るべきはシモ親方ですね。

「ふむ、そうか。まあ、専門的な事はわからない。任せたぞ、シモよ」

 そう言って市長はやることがある、とばかりにこの部屋から出て行きました。

 そんな市長の後姿に、シモ親方は力なく

「はい……」

 と返事をするだけです。


 完全に市長がいなくなった後、私はシモ親方に、

「なぜあのような方に?」

 と、聞くと、シモ親方は少し意外そうな表情を見せます。

「あの人は…… ああ見えて、本気でこのグランヴィル市のことを考えている人だ。それだけは間違いはない。グランヴィル市が大事過ぎて、人の命など比べるほどもないほどにな」

 シモ親方は少し寂しそうにそう言います。


 けど、私は、

「そうですか」

 としか、答えようがないですね。

 まあ、私もメトレス様か他人の命か、どちらかと言われたら、それはメトレス様と即答しますけどね。

 比べるまでもありませんよ。


「プーペ、お前は本当にシャンタルの嬢ちゃんじゃないのか?」

「違います」

 即答で否定します。

 恐らくは、ですが。

 実際のところどうなんですかね?

 私にもよくわかりません。


「そ、そうか…… おまえは元から喋れたのか?」

「いいえ」

「やはり後天的か…… 喉…… こんな部位だけで声が発せられているのか」

 破損した場所から喉をの部分を見上げて、シモ親方は私の体をじっくりと観察して行きます。

 ムムムッ、私は自分の内部を見られて、非常に辱められた気分ですよ。

 やっぱりシモ親方も許しては置けないですね。

「……」

 私がムッ、としているのにも気づかないシモ親方は独り言を続けます。

「それに、ランガージュ・ド・プログラマスィオンは既存の物と大分違うな…… なぜこんなものが書ける? メトレスは何者なんだ? なぜこれで人形が動く?」

 それは本当に私もわかりません。

 けど、メトレス様は天才なので当たり前ですよ!






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