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【第六十六話】邪恋

 ボクは…… もう戻れないところまで来てしまった。

 シャンタルの新しき肉体となる人形の大まかな部分は完成した。


 シャンタルの魂を封じているネールガラスに、ランガージュ・ド・プログラマスィオン、錬金術師達のルーン文字を刻み込む。

 十三種類の象形文字で、そのに表と裏があり、全二十六種類の文字。

 一文字一文字が複数の意味を持ち、それが集まることで単語となるのだが、その単語にも複数の意味が宿る。

 文脈で単語自体の意味が変わるので、独自での解読はほぼ不可能で暗号のような言語だ。

 いや、言語と言ってよいのかもわからない。

 この文字を作った者は奇才か変人だ。そうでもなければ、到底解読も出来ないものだ。

 いや、元々そう作られたのかもしれない。

 錬金術は確かに強力で危険な力だ。だから、誰にでも理解できるようには作られていないのかもしれない。


 そんな物をボクがなぜ解読できたのか。

 それは一冊の、うちに伝わる魔導書の存在に他ならない。


 恐らく、ボクの家系の先祖は錬金術師か、それに関わる者だったのだろう。

 魔導書というか、ランガージュ・ド・プログラマスィオン、錬金術師たちの言語の辞書のような物を読んだことがあるから、ボクはそれを理解できただけだ。

 ボク自身の才能ではない。

 その本を読んでいた当時は、それが錬金術師たちの言語だとは思っていなかった。

 それが錬金術師たちの言語、ランガージュ・ド・プログラマスィオンだと気が付いたのは、ボクが人形技師になってからだ。

 そのおかげでボクはランガージュ・ド・プログラマスィオンを解読し、更には改変できるまでにはなった。

 ボクが腕の良い人形技師? まあ、確かにそうだろう。

 当たり前だ。

 ただ形を写すだけしかできない連中と、その文章の意味を知って書く、その差があるのだから。


 高名な錬金術師の直系であるシモ親方でさえ、ランガージュ・ド・プログラマスィオンを理解するどころか読むこともできない。


 恐らく錬金術師たちの後継人である人形技師の中でもランガージュ・ド・プログラマスィオンを理解できるのはボクだけだ。

 だから、ボクはシャンタルに自由な体を作ってあげることが出来る。

 彼女の魂を使い、彼女の古い肉体を使い、新しい、なんの制約もない人形の体を作ってあげることが出来る。


 彼女が、シャンタルが肉体を取り戻したら、折りを見てこのグランヴィル市を離れよう。

 人里離れた、祖父の山小屋で二人だけでのんびりとゆっくり暮らそう。

 けど、キミは人や街が好きだから、反対するかもしれないけど、そこはどうにか納得してもらうしかない。


 この街は何かと危険だ。

 市長はもちろん信用ならない。

 人形となったシャンタルにとって教会も天敵のようなものに変わってしまうだろう。


 こんな街からは離れるべきだ。

 それにキミにキミの魂を使っているとそう知られたら、それこそ一大事だ。

 ボクもシャンタルもただでは済まないだろう。

 それを知られる前にグランヴィル市を離れようと思うんだ。


 そして、二人だけで、ゆっくりと、時間が止まったような、そんな生活を送ろう。


 ただ、完成した人形には色々と調整は必要だ。

 特にこの人形には未知の部分が多い。

 設備の整ったこの街で、しばらくは様子を見なければならない。

 それは仕方のない事だ。

 でも、できる限り早くこの不穏な街から、早く去りたいのも事実だ。

 今はとにかく人形を完成させ、シャンタル、キミを呼び戻すほうが先決だ。

 そこからが、ボクの第二の人生の始まりだ。


 ああ、今から楽しみでならないよ、シャンタル。

 そのためにも、早く完成させなければ……


 いや、でも急いでは失敗する。

 じっくりと丁寧に作らなければ、シャンタルの新しい体なのだから。

 些細な失敗があってはならない。

 どんな些細なミスもあってはならない。


 けど、なにも心配はいらない。

 彼女の魂を使い、彼女の女遺体を使って作るんだ。

 失敗するわけがない。

 失敗できる訳がない。


 彼女は彼女として目覚める。

 記憶すらも受け継げるはずだ。

 ネールガラスには記憶すらも保存できるのだから。


 彼女の体を構成するネールガラスは彼女の記憶をも受け継いでいるはずなのだから。


 シャンタルはシャンタルのまま、記憶すらも受け継いで蘇るはずだ。

 だから、ボクは、丁寧に、一部の失敗もなく、彼女の体を作ってあげないといけないんだ。


 ああ、目覚めたキミがどう反応するか楽しみで今から仕方ないよ……

 もう一度会いたい、それだけで良いんだ。






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