材料はすべてそろえた。
不足しているものなど何もない。
ガラス化したシャンタルの成長も止まった。
自分の工房用に手伝いとしての人形を作る申請も、無事に許可された。
ディオプ工房に賊が入ったことで、自然と受け入れられた。
ボクの他にも申請を出した人間も多かったようだし、怪しまれることもない。
なにも不自然な事ではない。
とうとう、この時が来た。
来てしまった。
ボクは床下に大事にしまっておいたシャンタルの遺体を取り出す。
このガラス化した遺体なら、ボクの持っている保温用の炉、炉としては低温の炉でも、ネールガラスの代理となる物を抽出できるはずだ。
少なくともシモ親方の資料にはそう記載があった。
ボクも実際にやるのは初めてだが、それを信じるしかない。
けれどもだ。
それには一度、この、シャンタルの遺体を、保温炉に入るように砕かなければならない。
ボクにそれができるのか?
本当にできるのか?
遺体とはいえ、シャンタル相手に。
この美しい存在を砕くことができるのか?
砕いて炉で溶かし、抽出するなど、そんなことが。
このボクに。
いや、ボクしかできない、ボクがやらなければならない事だ。
だが、ハンマーを手に持つのだが、手に力が入らないどころか、息が上手く吸えない。
呼吸が粗く浅い。
どうしてもハンマーを振り上げることすら出来ない。
この遺体をハンマーで砕いてしまったら、人として本当に後戻りできなくなってしまう。
そんな気がしてならない。
だが、シャンタルの願いをかなえるために、ボクがしなければならない。
他の誰かに頼むなんてことはもってのほかだ。
一度だ。
最初の一振りさえできてしまえば、後はどうにかなる。
けれども、そう考えるだけで、息が更に荒くなる。
息がちゃんと吸えなくて苦しい。
激しい頭痛がする。
ハンマーを持つ手に異様なほどの手汗が出始める。
迷いに迷った。
深夜過ぎまでボクは勇気が出なかった。
何もできずにシャンタルの遺体を見ることしかできなかった。
何時間もシャンタルの美しい遺体の前で、ボクは迷いに迷い、戸惑っていた。
でも、ボクは迷いに迷いながらも、最初の一撃を振り下ろすことが出来た。
美しかったシャンタルの遺体が割れ、崩れる。
ボクは声を出して泣いた。
叫びにも似たような、泣き声だった。
シャンタルの遺体が壊れたと同時に、ボクの中でも何かが壊れる。
その後は、ボクは狂ったようにシャンタルの遺体を砕いた。
シャンタルは……
体の内部余すところなくガラス化してしまっていた。
骨も肉も皮も、髪の毛も目も、内臓ですら区別がつかない。
もはや人間の遺体とは到底思えないような物だった。
砕いた欠片を、破片を、一つ残さず、丁寧にすべて保温炉の中に入れ、保温炉に火を灯す。
無論一度にすべて保温炉に入れることは不可能だ。
何度かこの作業を繰り返さなければならない。
それに溶接用のネールガラスの分も残しておかなければならない。
ゆっくりとシャンタルの遺体が溶けていく。
翡翠の様に翠色がかった、それでいて玉虫色に光を反射する物体が、液体へと変化していく。
個体が、正確には個体ではなく非晶質固体、液体と固体の中間のような物質が、炉で熱せられ、完全に流体の様に溶け流動していく。
シャンタルが全て溶け、一つになっていく。
ボクは茫然としながらも、作業だけはしっかりとやる。
失敗だけは許されない。
何があっても成功させなければならない。
ネールガラスとは、反応が大分違う。
だが、シモ親方の資料で、それはわかっていたことだ。
失敗だけは、絶対に許されない。
後はボクの、人形技師としての才能で、今まで培ってきた技術で、なにがなんでもやり切らないといけない。
ボクになら、その才能も経験もあるはずだ。
待っていてくれ、シャンタル。
必ずボクが、キミを再びこの世界に呼び戻して見せるから。
ボクはそれから三日三晩、寝ずに作業を、狂ったように続ける。