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【第六十一話】人形と工房

 頭の中の地図を頼りに、私はディオプ工房のあたりまで地下水路を走り抜けます。

 恐らくはディオプ工房で使っている井戸の真下までやってきます。

 ここも他の井戸と同じく、途中に井戸の桶だけ通れる程度の穴の開いた鉄格子がありますが、私には関係ないですね。

 錠前に鍵がかけられていますが、人形の私が力を込めると、パキンと言う音と共に錠前がはじけ飛びます。

 人形の前に錠前なんて無力でしかないですね。


 そうして、私は井戸を上がっていきます。


 ただ、ここはもうディオプ工房です。

 人もかなりいると思います。

 なので、私は井戸の途中で、いったん止まり周りの気配を、人が歩く振動を頼りに探りますが……

 あまり人がいないみたいですね?


 数人程の気配は感じ取れますが、大勢どころか、二人くらいでしょうか? それしかいないようですね。

 全員ではらっている感じですか?

 弱々しく歩く振動を感じ取れます、これはメトレス様でしょうか?

 あともう一人、小さな振動、それでいて元気な振動があります。

 これは…… まだ体が小さく子供の、小僧さんことガルソンさんですかね?

 その他の反応はないよう様に思えます。


 私は両手両足をつっかえ棒のようにして、井戸の中を登ってきているのですが、そのまま井戸から顔を出して、今度は視線で様子を見ます。


 事前に感じ取った通り、人はいないようですね。

 そのまま井戸から上がり切って、背負っていた荷物を井戸のロープに結び付けて、井戸の中へと降ろしておきます。

 流石に、多少とはいえ濡れた荷物を背負ったままでは室内では邪魔ですからね。


 さて、メトレス様と合流しましょう。

 メトレス様は怒るでしょうか?

 でも、仕方がないですよね。

 市警に襲われたのですから。

 それにフリットさんにはメトレス様の行き先を聞かれています。

 知らせなくていけないですよね。

 そう考えるとあんまり時間はないはずです。

 急ぎましょう。


 と、言ったところで、私を見て絶句しているガルソンさんがいます。

 もう見つかってしまいましたか。

 井戸に荷物を降ろしたときの水音でも聞かれたのでしょうか。


 ですが、私は慌てません。

 私は人差し指を立てて、口のところに立てます。

 シー、って、いう奴です。

 もちろん、人形は息を吐きませんので、シーとは音はなりません。

 今は関係ですが、だからなのか、息を吐き出すような発音を私は出来ないんですよね。


 さて、ガルソンさんが恐れ戦いているうちに、メトレス様と合流しましょう。


 感じ取れた振動からして、二階にいるようですね。

 今行きますよ、メトレス様。


 二階の一室から、メトレス様の声が聞こえてきます。

 一見嬉しそうですが、どこが狂気を孕んでいるような、そんなメトレス様の声です。

「あったぞ、これだ、この資料だ。こっちもだ、証拠になる! ハハッ、こんな場所にこんなものを置いて置いて、掃除しろってんだ…… なっ、プーペ? どうしてここに?」

 私が部屋に入るとすぐにメトレス様はお気づきになります。

 メトレス様はまるで見られてはいけないものを見られた、という顔をなさっていますが、プーペはどんなメトレス様でも受け入れる自信はありますよ!

 と、今はそんな事を考えている暇はないですね。

「メトレス様。すいません。あの隠れ家に日が暮れるまでいようとしたのですが、市警に取り囲まれまして」

 メトレス様は先ほどの様子を見られたことに若干焦っているようですね。

 大丈夫です。私はそんなメトレス様も大好きですよ。

 そんな気持ちは、今はやっぱり置いて置いて、状況を伝えます。

「無事か?」

 ああ、ああ、すぐに私の無事を心配してくださる、メトレス様。

 やっぱりメトレス様はメトレス様です!


「はい、荷物のほうもちゃんと無事です」

「そ、そうか……」

 私がそう言うとメトレス様は安心して、息を吐き出しました。

 ただ、今はあんまりゆっくりしている暇はないのですよ。

「あの輩からメトレス様がこの工房に来ていることもバレています。急いで逃げないと参りません」

 そして、私はそのことを伝えます。

 そうするとメトレス様は机の上に広がっていた資料を急いで一まとめにして、それを鞄の中に乱雑に詰め込んでいきます。

「そうか。わかった。ちょうど資料を見つけたところだ…… これだけあれば十分だ」

 メトレス様は、笑っているのか、怒っているのか、それもわからないような表情でそう言いました。


「私が抱えますので、地下から……」

 あまり時間はないと思いますので、私がそう告げたときです。

 そこへ、小僧さんこと、ガルソンさんがやって来て、

「メ、メトレスさん…… そ、その人形喋って……」

 と、驚愕なされながらそう言います。


 聞かれちゃいましたか。

 まあ、私達はもうこのグランヴィル市を去りますので良いですよね?


「ガルソン……」

 と、メトレス様がガルソンさんを睨みます。

 なので、咄嗟に私は、

「私は新型ですので、喋る機能がついているのです」

 と、嘘を付きます。

 人形は基本的に、喋れはしないのですが、嘘を付くことが出来ません。

 普通の人形は動作から、それがわかります。

 唯一の例外は主人がそう言う風にしろ、と命令があった時くらいです。

 ですが、私は特別製です。

 喋れるし、嘘くらいつけちゃいますよ。


「え? し、新型?」

 と、ガルソンさんは目を輝かせます。

 まだ子供とはいえ、人形技師の卵さんですね。

「そうです。人形は嘘を付けませんので、本当のことです」

 と、私は嘘を付きます。

 メトレス様を見ると、やれやれと言った感じです。

 先ほどの、怖い表情はもうないですね。


「そ、そうか、そうですよね……」

 ガルソンさんは羨望の眼差しで私を見ます。

 半部くらい嘘ですが、特別製なのは本当ですので許してくださいね。

 それに今はそんな時間はありません。


「と、いうことで急ぎましょう。メトレス様」

 地下水路もいつまで安全かどうかも分かりませんし、急がないといけませんよね。

「ハハッ、プーペは凄いな。だが、今回は地下はダメだ。教会があるところには地下水路は通っていない」

「そうなのですか?」

 それは初耳ですね。

 いえ、確かに教会内に井戸はないですね?

 なんででしょうか?


「ああ、そうだな。プーペの脚で地上から一気に教会まで行ってしまおう…… 残念だが、プーペの言う通り、今のボクは走ることもままならない」

 そうですよ!

 メトレス様はまだ回復なされていませんし、歩くのだって辛いはずです!

「お任せください、メトレス様」

 メトレス様を抱えても私なら一っ飛びですよ!

 お任せください!

 なんの問題もないですよ!


「あ、あの……」

 ただガルソンさんはどうしていいかわからず狼狽えていますね。

「ガルソン、悪いな。だが、これはしなくちゃいけない事なんだ。ボクが…… しなくては……」

 そんなガルソンさんにメトレス様は、ガルソンさんの頭をぐしゃぐしゃに撫でながらそう言いました。

 あっ、私もそう言う撫でられ方されたいです!

 でも、私の髪の毛はネールガラスなので、そんなことをしたらメトレス様の手が傷だらけになってしまいますね。


「では、荷物を持って参ります」

 そう言って、井戸へ戻ろうとした私を、

「いや、一旦、ここに置いて置こう。教会では何が起こるかわからない。いや、プーペにはすまないが、ボクが教会に入ったら荷物を取りに来て、そのまま市の外へと向かってくれ。場所は……」

 メトレス様がそう言って止めます。

 集合場所を伝えようとして、メトレス様はガルソンさんを見て言うのをやめます。

 まあ、聴かれたら元もこうもないですもんね。

「わかりました」

 私は元気に、返事をしたいですが、私の声はいつだって抑揚がない声です。

 ですが、私の気分は上々です!






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