ボクはシャンタルの遺体と金で買ったガラス化した遺体をすり替えた。
シャンタルの遺体は今も家の床下に保管されている。
シャンタルを床下になど置いて置きたくはないが、見つかるわけにもいかない。
今は耐えてもらうしかない。
すぐにあんな場所から出してやるからな。
すまないが、もう少し床下で耐えていていてくれ。
ガラス化してしまった遺体を見分けることは医者にももうできない。
それを区別できるのは毎日それを目にしている者か、詳細なスケッチでも書かれていた者くらいだ。
つまり、シャンタルの最後を看取ったボクでなければ、区別が着くわけがない。
シャンタルもだが、ヴィトリフィエ病の遺体もただの結晶の塊のようにしか見えない。
それがシャンタルかどうか、それを判別できる者など、ボク以外にいない。
そもそも、ボクが買った遺体は骨まで完全にガラス化したものだ。
既に人型すらしていない。
水晶のような結晶の塊にしか見えない。
それをヴィトリフィエ病を知らない者が見ても、遺体だと認識もできないほどだ。
だから、貧民街の男は娘を埋葬できなかった。
それが人間の遺体だったと証明することができなかったからだ。
ヴィトリフィエ病で死んだ者の体を遺体を判断するには医者の証明書がいる。
結晶化してしまった娘を遺体として証明することを貧民街の男は出来なかった。
遺体ではないから墓地に埋めることも出来ない。
貧民街の男は、それをするための金を持っていなかった、ただそれだけの話だ。
シャンタルの魂を封じ込めた核もシャンタルの遺体と共に隠してある。
あの核だけは既存のネールガラスを使用しているが、こればっかりは仕方がない。
死んだ直後でなければ、その魂をとどめておくことはできない。
ごめんね、シャンタル。
今は床下で我慢していてくれ。
でも、必ずボクはまたキミとまた出会う。そうしたら今度こそ一緒にいよう。
キミの願いはボクが必ず叶えるから。
シャンタルの葬儀が行われる。
名も知らない者のガラス化した遺体が棺に入れられ、教会の共同墓地に埋められていく。
ボクはそれを茫然と見送る。
感慨もなにもない。
だからボクはそれを頬けて、ただただ頬けてその様子を、名も知らない遺体が埋められていく様子を眺めていた。
周りの人はそれを心神喪失していると捉えていたようだが、ボクからしたら都合が良い。
ボクはただ疲れ、茫然としていただけだ。
ボクには、この後にも、やることが山ほどある。
いつまでもシャンタルを床下になど置いてはおけない。
彼女に人の形を再び取り戻させてあげなければならない。
もう後戻りも出来ない。
「メトレスさん、お疲れ様でした、終わりましたよ」
椅子の上で茫然としていたボクにプレートル神父がそう声を掛けてくれる。
神父から見れば今のボクは看病に疲れ、愛する者を失い心神喪失した哀れな男に見えるだろう。
けど、ボクはまだ何も失っていない。
彼女の、シャンタルの魂も、肉体もすべてボクの手の内にまだある。
何も失ってなどいない。
「プレートル神父…… 終わった? なにがですか?」
ボクは顔を上げプレートル神父に答え、聞き返す。
そうだ、これから始まるんだ。
なにも終わってなどいない。
ボクが睨むようにそう言うとプレートル神父は少し気圧されるようにボクを見る。
「シャンタルの葬儀です」
そして、それを告げる。
「シャンタルの葬儀…… そうですか……」
シャンタルはプレートル神父を親代わりと言っていた。
もし、今埋めたばかりの遺体がシャンタルでないとわかったら、彼はどんな顔をするだろうか?
そう思うと、ボクは優越感からか、自然と笑みがこぼれて来てしまう。
「大丈夫なのですか?」
プレートル神父がそんなボクに心配そうに声を掛ける。
この場面で、笑っているボクを見て気でも狂っているのかと、そう考えているのだろうか。
けど、ボクは気など…… 狂っている。狂っていなければ、こんな選択はしない。
それでも、シャンタルの願いだ。
ボクは何をしてでも一緒にいなければならない。
「大丈夫です。シャンタルは…… ボクに生きて、と、そう願いました。ボクはそれを叶えないといけません……」
それも真実だ。
ボクは生きなければならない。
これもまた彼女との約束であり、願いでもある。
ボクは死ぬわけには行かない。
「そうですか。今日はゆっくり休んでください」
休む? 何を言っているんだ、この神父は。
ボクには休んでいる暇はない。
しいて言えば今だ、こうやって休んでいたんだ。
早く家に帰って、シャンタルを床下から解放してあげないといけない。
そして、彼女に最高の体を作ってあげなければならない。
けど、それはボク以外誰にも気づかれてはならないし、失敗は許されない。
「休む暇はありませんよ、彼女は仕事をしないと、ボクが看病ばかりしていると、そう、彼女は怒るんですから……」
そうだ。
シャンタルはボクがずっと彼女のそばで看病していると、仕事は? ちゃんとしているの? と、そう聞いてきて、ボクが言いよどむと本気で怒るんだ。
だから、ボクは仕事をし続けなくてはならない。
「そう…… ですか。でも、今日くらいは」
神父はボクのことを心配してくれているのだろう。
でぼ、大丈夫。ボクは絶望などしていない。
ボクは希望に満ち溢れている。
ボクにはしなければならないことが山ほどあるんだから。
「いえ、返って仕事をします、そうしなければ、ボクはシャンタルとの約束を守らねばなりませんから」
そうだ。
約束を守らないと。シャンタルの願いを一つでも多く叶えてやらないと。
早く帰ろう、返って彼女の体を作ってあげないといけない。
でも、丁寧に、そして、最高の体を作ってあげなければ……
「無理はしないでくださいよ? あなたが倒れたらシャンタルは悲しみます」
そうしたら、今度はボクがシャンタルに看病してもらおう。
それが良い。
ボクも少し疲れた。ボクもシャンタルに甘えたいんだ。
でも、だからこそ、今はやることがあるんだ。
「倒れる? ボクは倒れませんよ、彼女との約束があるんです…… 倒れている暇なんかないんです……」
「体を壊しては……」
その言葉にボクは反射的に反応する。
「体を壊されたのはシャンタルだっ!! ねえ、神父、ヴィトリフィエ病って何なんですか? 人がガラス化する奇病って、そんなもの本当にあるんですか?」
その病気すら利用しようとする者がいる。
市長にもシモ親方にも、そして、自分自身にも反吐が出る。
「わたしもヴィトリフィエ病について色々調べました。ここ数年で、急にこの市内のみに流行り出した奇病ということしかわかりませんでしたが」
そりゃそうだ。
医者ですら何もわからなかったんだ。
神に祈ることしかできない神父に何がわかると言うんだよ。
「医者もこんな病気は信じられないって言ってましたよ。じゃあ、なんなんですかね、ヴィトリフィエ病って……」
本当にここ数年の話だ。
十年も昔にはそんな病気は存在すらしていなかった。
「それは……」
プレートル神父は答えられるわけもない。
「なんでシャンタルなんだ…… なんで神はシャンタルを救ってくれなかったんですか……」
ボクはそれをプレートル神父の目を睨みつけながら聞くが、答えが返ってくることもなかった。