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【第四十七話】人形と逃走劇、弐

 市警です。市警がうちに着ました。

 教会の騎士団が動いているとメトレス様が言っていましたが、市警まで動いているのですね。

 メトレス様が対応しているようですが……

 心配です!

 とても心配です。

 なので、私は聞き耳を立ててメトレス様と市警のやり取りを聞きます。


「はい、確かにうちには作業を手伝う人形はいますが? それがどうかしたのですか?」

 メトレス様はそう言ってとぼけてはいますが、声が上擦っていますよ。

 お、落ち着いてください。メトレス様。

 一応、人形技師がお手伝い用の人形を持つことはそれほど珍しい事ではないです。

 人形は単純作業をさせるのに最適ですからね。休みもいらずに作業し続けれますから。

「なんでも…… ああ、あなたも人形技師ですよね? なら、喋る人形がいたということで調べているんですよ、ご協力いただけますか?」

 市警の方がそう言っていますが、市警の方は穏やかそうな雰囲気です。

 メトレス様を疑っている感じはしません。

「それは構わないんですが、どうやって喋れるか喋れないか、それを確かめているんですか?」

 確かに?

 仮に喋れる人形がいて事前に喋るな、と命令されていればその人形は人前では喋らないですよね?

 どうやって市警の方々は人形が喋れるかどうか確かめるつもりですか?


「人形は主人の命令に逆らえません。我々の目の前で人形に、最優先事項と指定して喋れと命令してもらいます」

「そ、そうですか。わかりました、プーペ、ちょっと来てくれ」

 なるほど。それなら喋れる人形は喋ってしまいますね。

 この質問は人形に詳しい方が考えられたのでは?

 それはそれとして、呼ばれた私は市警の前に出ます。

 わかっています。わかっていますよ、メトレス様。

 私は大丈夫です。

 なんの問題もありません。

 喋らなければいいだけですよね?

 そんなこと余裕です。何の心配もありませんよ。


「これが作業を手伝っている人形ですか」

 市警の方が私を見て紙に何かをチェックしています。

 クリップの付いたボードで立ったまま紙に何かを書き込んでいます。

 何をチェックしているんでしょうか?

「はい」

 と、メトレス様が答えます。

 私は市警にむかい軽くお辞儀をします。

「ふむ、では良いですかな?」

 市警の人がメトレス様を促します。

「プーペ、これは最優先事項だ。喋ってみろ」

 メトレス様がそう、少し上ずった声で声を発します。

 メトレス様の表情はとても心配そうですね。

 安心してください、メトレス様!

 私は少し考えます。

 ほんのわずかにですか、メトレス様の命令で私は喋りなりそうになるのを堪えます。

 そして、それを実行できなかなったので、頭を下げて謝罪います。

 頭を下げたのは人形としての基本的な動作ですね。

 実行不可能な命令を与えられたとき、出来ないことに謝罪するための機能のようなものです。

 ふふっ、どうです。

 私は一言もしゃべらなかったですよ。

 完璧です。

 なにも問題ありません。


「ふむ、問題なさそうですね」

 市警の方はそう言いますが、今度は紙に何も書き込まないですね。

 実はこの検査は意味がないと知っていてやっているんですかね?

 そうしたら、後ろに控えていた別の市警の方が、

「この人形が命令を無視したことはあるか?」

 と聞いてきました。

 こちらの方は随分と高圧的ですね。

「いや、そんなわけあるわけないじゃないですか? 人形ですよ?」

 と、メトレス様がそう言います。

 いや、私は命令を無視しましたけどね、絶対に外で声を出すなって言われていたのに、声を出してしまいましたし。

 今もです。

 やはり私は普通の人形ではないのですね。

 でも、もし私に表情を作る機能があったら、絶対顔に出てましたね。

 ただ高圧的な市警の方はその質問をしただけで、下がって行きました。


 クリップ付きのボードでメモを取っていた市警が、

「ご協力ありがとうございました。メトレスさんは人形技師で間違いないですよね?」

 と、メトレス様に確認してきます。

「はい? ええ、そうですけども? ディオプ工房所属です」

 と、メトレス様が気の抜けたような声を発します。

「あっ、ディオプ工房の。なら、何も問題ないですよ。もし、喋る人形の手掛かりを得たら、市警に、市警まで連絡をお願いいたします」

 市警の人がそう言って、軽く敬礼して家から出て行きました。

「はい、わかりました」

 と、メトレス様は去っていく市警の方に返事をします。


 その後、市警の方はメトレス様の工房の前で地図を見始めて、その後、徒歩で移動していきました。

 恐らく別の人形のところへ行ったのでしょう。

 完全に市警の方が去った後、メトレス様は青い顔をしながらも真面目な顔で、

「プーペ、今晩、この町を出る。その準備をしておいてくれ」

 と言いました。

 私にはうまく騙せたと思ったのですが、そうじゃなかったんですか?

「うまくごまかせませんでしたか?」

 それを声に出します。

 今ここにいるのはメトレス様と私だけですからね。

「今のは市警だったからよかったが、教会の騎士団が来ていたら問答無用で人形を破壊されるかもしれない。それに先ほどの市警のほうも何かおかしい」

 何がおかしいのでしょうか?

 にしても騎士団が来たら問答無用で壊されてしまうのですね、私は。

 それは確かにまずいですね。

「わかりました」

 よくわかりませんが今晩逃げる用意をしておけばいいのですね。

 にしても、騎士団というのはそんな暴力的な組織なのですか?

 市警の方は……そうなのでしょうか、私にはよくわかりませんがメトレス様がそう言うのであれば、私はそれに従うだけですよ。


「知り合いの人形技師は騎士団にいきなり人形を壊されたって嘆いていたよ。そうやって人形が喋るかどうか判断しているらしい…… 話が通じる奴らではない」

 メトレス様は怯え切った表情でそう言いました。

 騎士団とはそこまで暴力的なんですね。メトレス様が怯えるのもわかる話です。

 それとも…… わ、私を壊されたくない? とか? なんでしょうか?

 それだったら嬉しいですね。

 いえ、恐らくはシャンタル様の魂を手放したくない、と、そう考えておられるのかもしれないですね。

 それで私がメトレス様の傍にいられるなら、私はそれで構いませんよ。


「今のうちにお荷物をまとめておきます」

 と言っても、もう私の荷物はまとめてあります。

 荷物の多くはメトレス様の物ですね。

 その多くはネールガラスですが、メトレス様がどこからか出して来たネールガラスなのですが、私も見たことないタイプのネールガラスですね。

 メトレス様の荷物のほとんどはそのネールガラスがしめていますし、とても大事そうにしています。

 恐らく未加工のネールガラスなのですが、化石状ではなく結晶のような形なのですよね。なんなのでしょうか? あのネールガラスは?

「すまない」

 メトレス様は青い顔をして私に謝ります。

 メトレス様が謝ることなんて何一つないのです。

 すべて私がしでかしたことです。

 ですので、メトレス様だけは何があっても逃がしますよ。

「いえ、悪いのは私です。メトレス様ではありません」

 そうです。私が悪いのです。

 メトレス様の命令を聞けなかった、私が。

 私が責任を果たします。


 それにしても、今晩ですか。

 では、できる限りお庭の植物達にたくさんの水を与えておきましょう。

 それで枯れないでくれれば幸いです。

 あの小さなお庭だけが、心残りと言えば心残りですね。







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