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【第四十六話】人形と逃走劇、壱

 シャンタル様の一年祭の日、何とかメトレス様を見つけて招待状を渡したときは喜んでいただけましたが、声を出してしまったことを伝えるとメトレス様は青白い顔をなされてました。

 それでもメトレス様は私を責めるようなことは一切しませんでした。


 けど、何かにおびえるように、日々、警戒するようになりました。

 大事な荷物を全て鞄に入れ、いつでも逃げ出せるかのようにしています。

 私にまで、

「プーペ、すぐにでも、この街から逃げ出す準備をできるようにしておくんだ」

 そう言われるようになりました。


 私は想像以上に大変なことをしてしまったようです。

 ですが、私は、私にはあの子供達を見捨てることなどできませんでした。

 それで、メトレス様に迷惑をかけてしまうことは、申し訳ないのですが……


 それを伝えると、メトレス様は私に笑顔を向けてくれます。

「いいんだ、プーペ。いずれこうなることはわかっていたんだ。いずればれると…… 覚悟はしていた、けど…… このままで終わるつもりはない。プーペも逃げる準備だけはしておいてくれ」

 逃げる準備ですが。

 私に荷物などないですが……

 メトレス様に貰った種は持っていこうと思います。

 後はシャンタル様が書かれた小説!

 これも持っていきたいですね。

 後はシャンタル様のお古のお洋服くらいでしょうか。

 思ったよりも多いですね。


 それと逃げるなら、人形の汎用のメイド服も持っていきましょうか。

 目立たないほうがいいでしょうし。


 もし逃げ出すことになったら、私の小さなお庭とはお別れですね。

 それだけが心残りで残念です。


 でも、メトレス様がいる場所が私の居場所です。

 あのお庭は素敵な場所ですが諦めるしかありません。


 けれど、メトレス様の言葉の、いずればれる、と言うことはそう言うことなんですよね?

 私は禁忌の人形と、人の魂を使われて動いている人形なのですよね?

 い、いえ、このことは深く考えないほうが?

 それとも、役人に知らせなくてはならないですか?

 あれ? でも、役人に知らせなくてはならないはずですが、私の中にそういった使命感はまるでありませんね。

 方法もまるで思い浮かびません。

 なぜでしょうか? 人形にはその機能が基本的に備わっているはずなんですが?

 これはどういうことでしょうか?

 まだ私の中で憶測の範囲内ということなのでしょうか?

 どっちにしろ、私も役人に知らせには走りたくないので、考えないことにしましょう。

 意味のないことです。


 荷物をまとめる事の他に、メトレス様に言われていた井戸にも細工をして行きます。

 落下防止用の鉄策を外しやすいようにしておきます。

 各井戸は、グランヴィル市の地下に張り巡らされいる地下用水路に通じています。

 メトレス様の話では、その地下用水路は人が通れるほどの広さはあるそうです。

 そこを使って出来る限り町の外の近くまで行くとのことです。

 ただ明かりは一切ないそうですが。


 人形の私にはほんの少しの明かりさえあれば、暗闇でも辺りを見通すことはできます。

 私だよりと言うことですね。

 お任せください、このプーぺに! 何も問題はありません。

 でも、逃げるときが来たら気合を入れなければなりませんね。

 メトレス様と二人、いえ、一人と一体、地下用水路での逃避行……

 ちょっと素敵ですね。


 そんな悠長なことを考えている暇はないですよね。

 いけません、いけません。


 ただ、その、なんていうか、メトレス様は私には大丈夫と言っているのですが、メトレス様本人はかなり怯え憔悴しきっています。

 あんな様子で大丈夫なんでしょうか?

 私がなんとしてでもメトレス様を守らなければなりません。






「シモ。その話は本当かね?」

 市長、デビッド・ペレスはそう言って、大して驚きもせずにオレを見る。

 これ以上、このグランヴィル市で人形の評判を落とすわけには行かない。

 人形に人の魂を使っているだとか、暴走するだとか、そんなもんは噂でも流れて欲しくねぇ。

 実際に人形が暴走でもしてみろ。

 人形の売れ行きは闇の中だ。

 オレの肩には何人もの弟子達の将来もかかっているんだ。

 そんなことにさせるつもりはねぇ。

 だから、市長にも協力して欲しくてオレは喋る人形のことを市長にも伝えたんだ。

 なのに、なんでコイツは嬉しそうな顔をしているんだ?


 ネールガラスの供給がほぼなくなった今、既存のネールガラスに混ぜ物をすることでどうにか凌いでいる状況だ。

 市長からの提案がなければ、人形技師は全員廃業となるところだ。

 それはこの都市の約四割の税収がなくなると言うことだ。

 人形産業がなくなればグランヴィル市もおしまいだ。市長もそのことはわかっている。

 わかっているからこそ、協力を申し出てくれたんだ。

 いけ好かない奴だが、この市長は救いの主であることだけは間違いはない。

 そんな状況で、人形のネールガラスに混ぜ物をしている状況で、何が何時、起こるか予想もつかないのに、また昔みたいに人形が暴走して、あの時みたく街の中がめちゃくちゃになってみろ……

 何人の人形技師たちが廃業に追いやられることか、わかった物ではない。

 なんとしても人形が暴走する前に止めてもらわないとならない。


「はい、プレートル神父が確かに見たと」

 あの若僧神父は、一応は事の重大さを理解できているんだよな?

 最初は事の重大さを理解してなかったようだが、最終的には教会の騎士団まで動かす約束をしてくれたからな。

 だが、あの若僧に教会の騎士団を動かす権力があったのは驚きだ。

 実はオレが考えているよりもずっと権力者だったのか?

 まあ、やつの親父さんは確かにできた人物だったしな。意外とそうなのかもしれねぇな。

 それに騎士団が動けば時期に解決するだろう。

 願わくば暴走する前にことを終わらせてしまいたいし、あまり荒事は起こさないでくれると嬉しいがな。


「ふむ…… その個体に心当たりは?」

 市長は恩人だ。

 だから、報告はしたが…… なんで、なんでコイツは…… 笑っていやがる?

 いや、市長もあの人形の暴走事件を体験した世代だ。

 興味があるのは当たり前か?

 確かにあれは酷かった。

 オレがまだガキの頃だったが、人がいとも簡単に暴走した人形によって殺されていくのを、オレはこの目で見たんだ。

 何人もの無関係な人間まで原型を残さず殺されていた。

 あの事件現場を見たオレは心底肝を冷やした。

 あんなもん、存在してはならない人形だ。

「ありません。プレートル神父の話では、汎用型の服装をしていたそうです。それに騎士団を使って虱潰しに人形を調べているようですが……」

 他の工房からもリストを受け取ったようだし、虱潰しにすればすぐだ。

 暴走するまえなら騎士団だけで解決できるだろう。


「そうか。まずいな。急いだほうがいい。その人形をワシらで先に確保はできないか?」

 は? 何を言っているんだ、この市長は?

 そんな危険な人形を確保してどうなると言うんだ?

「何を言っているんですか? 喋る人形ですよ? 暴走するんですよ? デビッド市長もあの惨状を知っているはずでしょうが!」

 オイオイオイ、このおっさん、なにを言い出すんだ?

 本気かよ?

 禁忌の人形をこっちで確保する?

 あんな危険な物、壊す以外になんの選択肢があるっていうのか?


「ああ、もちろんだ。だが、それを技術として確立できるのであればどうだ? 喋る人形だぞ? 人形の値段が爆発的に跳ね上がるぞ?」

 このクソ市長め。人形のことを何もわかっていない。

 人形は失われた技術で、理由もわからずにそれを利用して、どうにか動かしているだけだ。

 それを改造なんかできる訳がない。

 たしかに多少の命令の融通なんかは効くし、知識を覚えさせることできるが、それは元々そういう機能が備わっていたからできているだけで、その中に喋れるようになる、なんてもんはねぇ。

 人形が動く原理なんて今じゃ誰も理解できてないのに、なにを言っているんだ?

 若い連中は何かと希望をもって人形の改造に取り組む者もいるが成功したためしはない。

 確かに、人形が喋れるようになれば、人形の値段も跳ね上がるだろうが、それはつまり人の魂を……

 コイツ…… そう言う事か…… この腐れ外道め!

「市長!」


「分かっている。だが、もう今更だ。そうではないか? 我々は…… もう引き返せない」

 市長は凄みをきかせてオレを睨む。

 そんなものにビビリはしないが、市長の言っていることだけは事実だ。

 もう引き返せない。

 そんなところまでオレも足を突っ込んでしまった。

「それは……」

 あれは確かに事故だった。

 意図したものではない。

 だが、起きてしまったことだ。

 オレにはどうしょうもなかった。

 それをも利用としようと、そうしなければならないというのか?

 ハハッ、オレもまた腐れ外道という訳か……

 それはそうだ。

 オレもこいつも違いはなにもない。


「ワシの子飼いに人形遣いの何でも屋がいる。そやつに教会の騎士団達よりも早くその人形を確保させる。それと市警を使い情報を集めさせよう。そして、お前が人形が喋れるようになる仕組みを解明しろ、シモ。なんとしてでもだ」

「しかし…… 市長」

 無理だ。

 魂の容量が…… いや、最初から人の魂を使えば、それ自体は可能だ。

 だが、そうすると人形がやがて暴走する。

 それ以前に人の魂を使って人形を作れと、オレに言っているのか? コイツは?


 オレが、この手で作らされるのか?

 オレが? やらなくてはいけないのか?

 それ以前に出来るのか? そんなこと?

 いや、それ自体は簡単だ。人の魂を使えばいいだけだ。人間の魂を捕らえる方法も俺なら知っている。

 それで人形を起動させれば、いずれ勝手に人形は喋り出す。

 俺が解明しなくちゃいけないのは…… そうか、暴走を止める方法を探るということ…… か……


 そんなものできる訳ねぇ。


「シモ。このグランヴィル市から人形産業がなくなればどうなるか、考えるまでもないだろう? それはもう目前にまで来ているのだ」

「それは…… そうですが……」

 そうだ。

 確かにそれはそうだ。そうなれば、このグランヴィル市は失業者で溢れ、市は成り立たなくなる。

 そうなれば、犠牲者は恐らく人形が暴走した時とは比べ物にならないほど多い。

 そうなんだろうな。市が丸ごと潰れるようなもんだ。

 市長の言っていることは正しい。

 このまま人形産業の未来も、グランヴィル市の未来もない。


 本気で人形にされる人の犠牲にの上に、このグランヴィル市を存続させる気でいるのか? この市長は?


 だが、教会がそのことを素直に認めるとは思えないし、教会に逆らって生き残れるとも思えない。

 奴らは騎士団を所有する組織だぞ? 市警程度じゃ勝負にもならん。

 いや、戦闘用の人形を使えば、騎士団だって……

 だからといって、この市内の教会連中を退けたところで次が来るだけだ。

 教会という組織がどれだけでかいと思っているんだ。

 それはもう戦争じゃないのか?

 何を考えているんだ、デビッド市長は。


「ネールガラスに代わる物が、それしかないと言うのであれば、一石二鳥ではないか…… 我々はもう後戻りできない所まで来ているんだぞ、シモ」

 デビッド市長はオレの目をまっすぐに見て来る。

 強い意志と信念をもって。

 もう呪われた道を一緒に散々歩んで来ただろ、とでも、そう言っているのだ。

「……」

 オレは何も答えられない。


 どうあがいても破滅が手招きして待っているようにしか、オレには思えねぇよ……






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