先日、くしくもシャンタルの一年祭の日に、わたしは声を発する人形を見かけた。
人形のことはそれほどよく知らない。
一昔前なら、喋る人形は禁忌とされていたはずだ。
だが、今はどうなのだろうか?
技術は進歩するものだろうし、今は普通に喋れる人形がいるのかもしれない。
とりあえず、わたしはそう考えた。
わたしも人形技師には数人知り合いがいる。
メトレス・アルティザン、それと彼の所属する工房の長であるシモ・ディオプ。
名を知る人形技師は、この二人くらいか。
メトレスは…… 今はやめておこう。
彼は未だにシャンタルの死を引きづっているようだし。
立ち直ったかのように見えたが、一年祭であった彼は心ここにあらずだ。
一年祭でもずっと青い顔で物思いにふけ、話しかけても上の空だった。
シャンタルの死を思い出してしまったのだろう。
ヴィトリフィエ病は人が人でなくなっていく病気だ。
それを一人で看護し、シャンタルを看取ったのだ。
メトレスの心の傷は、そう簡単に癒えるものではないのかもしれない。
もしくは、シャンタルの死がまだ受け入れられていないのかもしれない。
それだけ彼にとってシャンタルが大事だったのだろう。
シャンタルも生きていれば、きっと幸せになれただろうに。
なぜシャンタルだったんだ。
彼ではないが、わたしでもそう考えてしまうときがある。
一年祭でシャンタルのことを深く思い出して放心してしまっていたのだろう。
あの様子では、喋る人形のことを聞くのもやめておいた方が良いのかもしれない。
きっと今の彼の心の支えはあの人形なのだろうから。
今はそっとしておくべきなのだろう。
あの様子では、仕事も出来ているのか不安になるほどだ。
では、シモ・ディオプ、彼の工房に話を聞きに行くとしようか。
まあ、ディオプ工房と言えばこの都市でも古くからある由緒ある工房だしな。
メトレスも所属しているのであれば、その親方であるシモさんから話を聞くのが筋という物だ。
「では、今でも言葉を発する人形は存在しないと?」
険しい顔をしたシモが言うには言葉を発する人形は通常では存在しないと言うことだ。
もし、それが存在するのであれば、それは人の魂を使った禁忌の人形と言うことになるそうだ。
その点には変わりはない、シモはそう断言をしていた。
「へい、プレートル神父。人形製造の技術は今は失われた錬金術から受け継がれたもので、失われはしますがもう進歩はしないと、そう言われてますし、実際その通りなんですよ」
錬金術か。
科学と魔術の中間でグレーゾーンの技術。
魔術はこの国では違法として定められ規制されたが、錬金術はぎりぎり規制を間逃れた。
それでも衰退の一途をたどり今では物語の中にあるだけの、そんなおとぎ話の類だと思っていたが……
人形作成はそんな錬金術にルーツを持つ技術だったのか。
人形造りが盛んなこの都市だからと、市長にも言われ、あまり見て見ないふりをして来たのだが。
それと向き合うときが来たという訳かもしれない。
だが、あの人形がいなければ、子供が馬車に巻き込まれていたかもしれないと言うのも事実なんだよな。
「そうなのですか。では、わたしが見た喋れる人形は……」
喋る人形は、人の魂を使って動く人形か……
そんなもの許せるわけはない。
生まれ変われるという死後の権利を妨げるものだ。
あってはならない。
「人の魂を使った禁忌の人形です。それ以外にありえません。そもそも、動物の魂では容量不足で決して喋れるようにはならないんですよ」
渋い表情を見せてシモはそう言った。
何か嫌な思い出でもあるのか、本当に憎々し気な顔をしている。
「そうですか……」
「どんな人形でしたか? 特注品であれば目星くらいはつけられるかもしれませんが?」
わたしよりシモの方が積極的だな。
禁忌の人形ではあるが人形に助けられた手前か、なぜか人形をあまり憎めないでいるのも確か…… なのか?
いや、ダメだ。しっかりしろ。
人間の魂を捕らえているというのであれば、開放してやらねばならない。
それが聖職者たるわたしの仕事だ。
そもそも、魂で人形が動くと言うのもよく理解できない。
魂は死ねば一度天界へと昇るものだ。
そこで天国へ行くか地獄へ、判断がなされる。
いや、だからこそ教会は人形を良しとしていないんだったな。
わたしもこの都市で育ったからな。
人形はそれなりに身近なものだが、原理はよくわかっていない。
どうやって魂を捕らえるのか、それを知る必要があるのか?
まあ、それは追々でかまわない。
今はその人形を特定し、捕らえられている魂を開放してやるのが先だ。
だが、どんな人形か。そう改めて聞かれると分からないな。
人形はわたしから見ればどれも同じに見えてしまう。
メトレスのところにいた人形にも似ているな。だが、メトレスがあの人形を外に出すとも思えないしな。
それにシャンタルのお古を着せて、シャンタルの代わりに…… いや、彼の心的外傷を考えればそれも仕方がない事か?
そうすると、シャンタルのお古を脱がせるというのもあり得ないか、一年祭の時もあの様子だったしな。
まあ、よく見かける人形、そうとしか言えないな。
「よく見かける人形でしたね。人形がよく着るメイド服を着用していましたね」
うむ、よく見る人形であるのは間違いがない。
この都市では有力者の家に行けば、一体や二体は必ず人形はいる。
どれも一緒で、わたしには区別がまるでつかない。
「そうなると難しいですな。神父が見た辺りは裕福な方々が住む場所なので、それなりに人形も元々いますしねぇ。とりあえずうちの顧客リストを渡します。禁忌の人形が出たとなったらそう言う取り決めになっていますので他の工房にも話を通しておきますよ」
確かにそれなら見つかりそうだな。
あのあたりの人形だけに絞ればそう難しくはないか?
それにしても、やけにシモは積極的だ。
「そうなんですか? わたしは、そのあたり詳しくはないのですが」
今まで市長に散々言われてきたからな。
グランヴィル市が四大都市に数えられているのは、人形産業があるからだと。
だから、人形関連は大目に見てくれと。
確かにこの都市は人形産業で成り立っているのも事実だ。
市長の言うことも理解できる。
だが、それでも人の魂を使った人形を見過ごすつもりは、わたしにはない。
それは明確な違反であり違法であることは変わりないのだから。
わたしが、わたし達教会の者が取り締まらなければならないことだ。
わたしが心の中でそう決心していると、シモが、潰れた鼻の顔をぐしゃりと歪ませて、しみじみと話しかけて来る。
「自分が子供の頃に一度あったんですよ。あの時は本当に酷かった。人形が暴走して何人もの、いや、何十人もの犠牲者がでた。あれは世に出してはダメな、本物の禁忌なんですよ」
シモはわたしに訴えるように、その決意を目に宿して伝えて来る。
確かにそれは事実だ。
そして、その事件があったからこそ、わたしの養父がこの都市にやってくることになった。
少なくともわたしは、そう聞いている。
「わたしの父がこの町に赴任する前ですね……」
「そうです、プレートル神父のお父上がこの町に赴任することになった事件ですよ。あの事件で元からいた神父は……」
確か暴走した人形に騎士団と共に立ち向かい返り討ちにあった、という話でしたね。
暴走した人形とはそこまで強いものなのですか?
教会の騎士団を退けるほどですか。
たしかにそれを目のあたりにしたのなら、シモが躍起になる理由にもなるか。
「すいません。私も幼子の頃だったのであまり記憶がないもので。その禁忌の人形とは、それほどまでに危険なのですか? 聖サクレ教の教え的に良くないのはわかりますが?」
その事件があるからこそシモも積極的に協力してくれるわけなのはわかった。
ただ人の魂を捕らえておくというだけでなく、それほどまでに危険があるということなのか?
「どういう訳かわかりませんが、人間の魂を使った人形はいずれ暴走すると、そう言われているんですよ。リミッターの外れた人形は…… 人の手には負えません。まさしく化け物ですよ」
人の魂を使った人形は暴走する…… か。
そもそも人の魂を人形に封じ込めるなど、そんなことを、生まれ変わる権利を奪う様なことを許せるわけがない。
暴走する前に見つけ出し、その魂を解放しなければならない。
それが人形に囚われている魂への救済になる。
「わかりました。ありがとうございます。過去の事件の記録を改めて見てみます」
ふむ……
少し人形に対する考えを改めなければいけないようだ。
市長のいうことも確かだが、少し甘く見過ぎていたか。
「はい、お願いします。あんな事件はもう起こしてはなりません。これから市長に会いに行くところですので、市長にも情報共有しておきます。もし暴走したのであるならば、戦闘用の人形も必要になるでしょうし」
「ありがとうございます。デビッド市長にも後でにはなりますが、わたしからもお話に行きます」
それにしても戦闘用人形か。
仮にそれが暴走してしまったら、それこそ誰が止めるのだ?
少しひいき目に見すぎていたのかもしれない。
本当に考えを改めなくてはいけないようだ。
「はい。暴走した人形を止めるには戦闘用に人形を使うほかありません。どちらにせよ市長に話さなければなりませんよ」
にしても、シモはやけに市長と親し気だな。
まあ、この都市ではそうか。この都市は人形で大きくなったような物だからな。
確かに人形の利点は多い。
単純作業なら延々とやってくれるし、力仕事も危険な仕事も人形任せで良い。
鉱山の毒も、ものともしないから重宝するなんて話を聞いたことがある。
わたしは坑道の中であんな人形に出くわしたら、肝を冷やすどころのところではないだろうけどな。
「教会の騎士団でも荷が重いものなのですか?」
今や騎士団を持つのは王と教会だけだが、それでも彼らの戦闘能力は王の有するロワイヨーム騎士団にも負けてはいない。
数でこそ負けてはいるが、信仰心がある分士気は教会騎士団の方が高いくらいだ。
人形ごときに彼らが後れを取るとは思えないが。
「僧兵を動かすので?」
シモが少し驚いたように聞き返して来る。
騎士団を動かすとなれば大事だ。
シモが驚くのも分かるが、暴走すると言うのであれば、暴走する前に止めてしまえばいいだけだ。
暴走する前に騎士団を使ってその人形を特定し、それを破壊してしまえばいい。
被害が出ると分かっていて黙ってみているつもりはない。
「場合によってはです。ですが、そう言う話ならば、少なくともどの人形かは特定しなければならないでしょうし、そうなると彼らの力を頼ならければなりません。何より暴走する前に処理してしまえばいいのでは?」
わたしが決心し、そう言うと、シモは、
「まあ、そうなりますわな」
と、すぐに納得した。
シモは暴走した後のことが衝撃的すぎて、そのことしか頭になかったようだ。
いや、そもそも暴走しなければ見つけられないとでもそう思っているかもしれない。
たしかに、外見による判別は不可能だ。
そもそも、どうやってその人形を見つけ出すというのだ。
それこそ人手が居る。
少々荒事になるが、騎士団を頼るのもやもなしだ。
「わたしもあまり彼らには頼りたくはなかったのですが……」
市民の安全の為、そして、捕らえられた誰かの魂の為であるならば、多少の荒事も仕方ない。
そこは許容してもらうしかない。