教会を目指して私は走ります。
いえ、走りません。
人形が走っていると目立ってしまうので、急ぎ足で教会を目指します。
それに人形が走るとかなりの速度が出るので街中で走るのは大変危険です。
人形が走ると脚力が強すぎて、地面に足を着けていない時間の方が多いくらいですからね。
人形の重量で文字通り飛ぶように走るのは本当に危険なのです。
なので、早歩きです。
早歩きでもかなりの速度が出るんですけどね、歩幅が狭いので小回りは効くのですよ。
そんなことは今はどうでもいいことです。
今はメトレス様に追いつくことが大事です。
メトレス様が通りそうな道を予測……
できたらよいのですが、私にはそんなことはできません。
でも、どういう訳か恐らくはこの道を通って教会に行くのだろう、という道はわかります。
理由はわかりません。
私は通ったことがない道なのに、なぜか何度もその道を通って教会に行った、そんな光景が思い浮かべます。
よくわかりませんがメトレス様も、きっとこの道を通って教会へ行っている、そんな確信的なものが私にはあります。
その道を早歩きで私は急ぎます。
早くメトレス様に追いついて、この招待状を渡さなければなりません。
そんなとき、ふと目に留まります。
馬車です。
大きなお屋敷の前に止まっている豪華な馬車です。
馬車に施された細工から、それが教会の馬車だと言うことが私にもわかります。
その馬車は今は止まってていますが御者がいて御者台の上でソワソワとしています。
恐らく馬車の主を待っているのでしょう。
御者の様子から急いでいるように見えます。
教会の御者は専属なので、御者が、というよりは御者の主人が急いでいるのでしょうか?
それはいいのですが、その馬車の周りに小さい子どが二人、兄妹でしょうか? 男の子と女の子が大きな車輪の辺りで、本当に車輪の間近で馬車の車輪にまで施されている細工を見ています。
危ないとは思うのですが、声を出すのはもってのほかですし、人形がこういったことに注意を促すなんてことはしません。
二人の子供は馬車の車輪を見て楽しそうにしています。
車輪に触りはしていませんが、かなり近い位置に立っています。
顔を近づけて見ていたりもします。
馬車が動き出したら巻き込まれかねません。
これは危ないです。
なんだか嫌な予感がします。
私は脚を止めてしまい、少しの間だけその子供たちを見守ります。
どうも馬車の御者は、急いでいて焦っているのか、その子供達に気づいていないのです。
今この場所には私と御者、そして、二人の幼い子供以外に誰もいません。
幼い子供を、そこは危ない、と、怒ってくれる大人は近くにいないのです。
そこへ馬車が止まっている建物から神父が、プレートル神父が急いで出てきました。
プレートル神父は物凄い慌てているように私には見えます。
慌てている理由はわかります。
これから教会で開かれるシャンタル様の一年祭なのですよね。
神父自らが主催するのですから遅れるわけには行きませんよね。
納得の理由です。
シャンタル様はメトレス様だけでなくプレートル神父にも慕われていた方なのですね。
それはあんな素敵な小説を書く方です。
わかる気がしますし、少し羨ましいです。
恐らく私はシャンタル様に嫉妬もしています。
ですが、今はそんなことはどうでもいいのです。
プレートル神父は馬車に駆け込み、御者に急ぐように指示をします。
神父様も子供達のことには気づかれていないようです。
急かされた御者は周りを確認もせずに馬に鞭を打とうと腕を振り上げました。
咄嗟の事でした。
私はメトレス様との約束を、命令を、考える余地も時間もありませんでした。
私は御者に向かって出来る限りの大声を張り上げます。
「馬車を動かさないで!」
御者は私の声を聴いて鞭を打つ手を止めます。
そして、声の主である私の方を見ます。
その時に御者は馬車の車輪の近くに子供達がいたことにも気づきます。
けど、声を出したのが私、人形だと分かると、ギョッとした顔をします。
更に私の声に反応して神父様が馬車から顔を出します。
すぐに状況を把握なされます。
神父様は馬車から降り、まずは子供達が無事か確認します。
幸い、馬に鞭は打たれず馬車は動きませんでしたので、子供達に怪我はありません。
その後、神父様が私の方を見ます。
これはまずいです。
そう思った私は、神父様と御者に深々と頭を下げて、その場をすぐに去ります。
速足で去ります。
後ろから声を掛けられましたが、立ち止まることはできません。
これはまずいです。
人目についてしまいました。
メトレス様以外の方に私が声を発せられることを知られてしまいました。
それも、よりにもよって神父様に見られてしまいました。
後で……
メトレス様にこの件はご報告しなければなりません。
どうしましょう、どうしましょう……
これは大問題です。