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【第二十五話】人形と主人

 私が神父様を見つめて、メトレス様のお話を聞きたい、そう考えていると再び工房の扉が開かれます。

 今度はノックもなしにです。


 少し時間が早いようですがメトレス様がお帰りのようです。


 私ほどになれば、ドアを開ける音だけでメトレス様じゃないかどうか、簡単にわかります。

 嘘です。

 流石にわかりません。

 ですが、恐らくはメトレス様でしょう。

 そんな気がします。


 私は神父様に軽くお辞儀をしてから、神父様を客室に残し、そそくさと工房の方へと向かいます。

 工房の入口へと向かうと、やはりメトレス様でした。

 随分と早い御帰りですね。

 持っていった人形を持って帰ってきていない所を見ると、人形はシモ親方のディオプ工房の方に置いて来たようですね。

 だから、帰って来るのが早かったのでしょうか?

「ただいま、プーペ。留守の間何かあったかい?」

 と、笑顔で聞いてくるので、私は丁寧にお辞儀した後、首を縦に振ります。

 その様子にメトレス様が不思議そうな顔をします。

 なので、私は客室の方を腕で指さします。


 普段お喋りのはずの私が喋らないのです。

 メトレス様もすぐに察します。

「お客様でも来ているのかい?」

 そう聞かれたので、私は再度頷きます。

 声で返事することも出来ますが、今はこの家に神父様もおられます。

 なので、声を出すことはできません。

 私はきっちりと命令を守ります。


「誰だろう? 客室に通してくれたんだね、ありがとう」

 私が指示した客室の方を見ながら、お礼を私に言ってくださります。

 いいえ、メトレス様。私は自分の使命を全うしただけですよ。

 お礼を言われるのは嬉しいですが。


 ですが、メトレス様は首を捻っています。

 お客様の心当たりを探しているのでしょうか。

 そして、心の中だけで、神父様がいらっしゃってます、と、言葉を発します。

 無論、心の中だけなので声には出しません。

 一瞬、メトレス様が不安そうな顔をして、そのままメトレス様は客室に向かいます。

 私も当然のようにその後に続きます。


 そして、客室を覗き込んだメトレス様は驚いたように声を上げます。

「プレートル神父……」

 やはりメトレス様のお知り合いの神父様でしたか。

 客室にお通ししておもてなしをして正解だったようです。

 私としても一安心です。

「メトレスさん、お久しぶり…… でも、ないですが。久しく会ってなかった感じではありますが」

 何とも微妙な返答を神父様はします。


「いえ、挨拶にも行けず申し訳ございません」

 対してメトレス様は深くお辞儀しながら謝ります。

 それにしても、随分と深々、頭を下げますね。メトレス様は。

 まあ、神父様相手ならそうかもしれませんね。

 地位も権力も持っている事は確かです。


 けれど、神父様に挨拶に行くとは、メトレス様はそんなに信仰深い方だったのですか?

 それにしては、聖サクレ教会関連の物がこの家にはまるでないですが。


「良いんです。あなたも一時期は大変だったと聞いています」

 むむっ、また一時期大変だった、ですか?

 それはメトレス様が落ち込んでいた、と言う時期のことでしょうか?

 私が目覚める前の事ですか?

 それは知りたいですね。

「いえ、最近、やっと立ち直りましたよ、今日は一体どんなようで?」

 最近、立ち直った、ですか。

 そう言えば、シモ親方もそんなこと言ってましたね。

 立ち直ったと言うのであれば、まあ、いいのですが。

 メトレス様が何で落ち込んでいたのかは気になるところです。


 神父様はメトレス様の質問に顔を少しだけ顰めます。

「ふむ…… お忘れですか? 来月には、もう、シャンタルの一年祭ですよ。今日はそのことでお話に来たのですが」

 その言葉にメトレス様は、 目も見開き、口を開け、息を大きく吸い込んで、心底驚いた表情をします。

「え? もう…… そんな時が経ったのですが…… す、すいません。忘れたわけではないのですが……」

 瞬きをするのも忘れたように、メトレス様は神父様を凝視してそう答えました。


 メトレス様の表情を見て、神父様は優しく笑います。

「アナタの時は止まっていて、最近、やっと動き出したのでしょう。仕方がない事ですよ、あなたにとって、それほどシャンタルの存在が大きかったのでしょう。で、一年祭、あなたも出席しますよね?」

「もちろんです。是非にでも。いえ、なにがあっても」

 間髪入れずにメトレス様は返事をします。

 仕事のスケジュール帳すら開かずにです。

 これは几帳面なメトレス様にしたらかなり珍しいことです。

 それほど大事な事ということですよね。


「はい、わかりました。まあ、要件はそれだけです。詳細は…… 追って連絡します」

 神父様はにこやかに笑い、メトレス様の反応に満足したようにうなずきます。

 そこで、メトレス様が思い出したかのように聞き始めます。

「ああ、プレートル神父! プーペが…… この人形が何か失礼なことをしませんでしたか? プーペはまだ生まれたばかりで調整がまだ不安でして……」

 メトレス様的には私が変なことを、というか、喋らなかったのかを確かめたいんですね!

 大丈夫ですよ、御主人様。

 私は、プーペはそんなへまは致しませんよ。


「そうなのですか? お茶まで淹れて頂きましたが……」

 そう言って、神父様は私が淹れたお茶を見ます。

 私には味見することができませんが、自信の一杯ですよ。


「あ、いや、失礼が無かったらいいんです」

 メトレス様!

 私は失礼などしませんよ!

 何も問題はないですよ!

「いえいえ、とても丁寧に対応してくださりましたよ。淹れていただいた紅茶もとても美味しかったですよ」

 ほら、神父様もそう言ってくださってます!


「ならよかったです」

「随分と長居をしてしまったので、わたしはこの辺で……」

 あら、神父様、もうお帰りになるんですか。

 なんだか、寂しいですね。

「いえ、プレートル神父。少し話しませんか。ボクは、その、長い間ふさぎ込んでいたので……」

 そう言って、メトレス様が神父様を引き留めます。

 メトレス様は神父様に、なにか話したいことがあるんでしょうか?

「ええ、そういう事なら喜んで」

 神父様もそういう事ならと、椅子に座り直します。







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