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【第二十二話】人形と留守番

 今日はメトレス様はシモ親方の所へ、オーダーメイドの人形が仕上がったのでチェックしてもらうためにディオプ工房へと出かけていきました。

 メトレス様作ではありますが、対外的にはディオプ工房作の人形ということになります。

 メトレス様もディオプ工房に所属している人形技師ですからね。

 なので、シモ親方のチェックは必要不可欠なのです。


 つまり、今日は私は家に一人です。

 私は外出禁止で、この家から出てはいけないと言われていますからね。

 やることもありません。


 まだ稼働しない人形を運ぶのは重労働です。

 それこそ、人形である私の出番の力仕事なのですが、私は家で大人しくしていてくれと、メトレス様に命令されてしまいました。

 命令には逆らえません。

 残念です。


 ようは留守番です。

 正直、やることがありません。

 待機モードで待っているのもいいですが、それもなんだかよくない気がします。

 人形の待機モードは人間でいうところの睡眠です。

 厳密には違うかもしれませんが、そんなところです。

 つまり、今私がここで待機モードになったら、仕事中に居眠りをしているということですよね?

 流石にそれはまずい気がします。


 それにメトレス様が一生懸命に働いているというのに、私が休んでいると言うのが、一番落ち着かないのです。


 こんなことなら、喋れるようになど……


 いえ、それは違います。

 喋れるようになったことで、私はとても満たされています。

 この感覚は何物にも代えがたい幸福感を私に与えてくれます。


 メトレス様との会話はとても、とても素晴らしいものです。

 かけがえのない物です。

 もしメトレス様との会話がなければ、私の生活はとても味気ない物となってしまいます。

 今、私はメトレス様とお喋りをするために生きているとっても……


 人形の私が何を言っているのでしょうか?

 そもそも、私は人形であり、物です。元から生きてなどいません。

 生きがいなど、人形が気にすべきことではないのです。

 私はただのメトレス様の所有物なのです。


 メトレス様の所有物……

 ああ、ああ、なんか、良い響きです。

 とても良い響きですですね。


 けれども、こうして一人になって思うのは、メトレス様とのお喋りは私にとっては既にかけがえのない物になっているということです。

 それを禁止されたら、私はどうにかなってしまうかもしれません。


 普通の人形は、ただただ御主人様の命令に従うだけの、様に人形です。

 なのに、私は生活に生きがいまで見出してしまっています。

 人形であるにもかかわらず。

 この陶器の外骨格とネールガラスだけの体なのに。

 人の様に血も通ったなければ、柔らかく触り心地の良い暖かい肌もない、愛情をはぐくむ感情も持っていないと言うのに。


 やはり私は禁忌の人形なんでしょうか?

 存在してはならない人形なのでしょうか?

 私は誰の魂を使われ、作られた人形なのでしょうか?

 御主人様に害をなす存在となってしまうのでしょうか?


 私は、御主人様、メトレス様の傍にいられるだけで良いのです……

 私はそれだけで満足なのです。


 私が部屋の真ん中で立ったまま、そんな答えもない想いを巡らせていると、工房の方の扉をノックする音が聞こえます。

 これは…… これはまいりました。


 どなたかがメトレス様を訪ねてきました!?

 メトレス様にオーダーメイドを依頼したお客様でしょうか?

 粘土を卸してくれている業者の方でしょうか?

 それらとも別の方でしょうか?


 私は出たほうが良いのでしょうか?

 おもてなしすべきなのでしょうか?


 メトレス様以外とは喋るなとは言われてはいますが、そういった対応をするなとも命令されてりません。

 普通の人形はこういったとき、どうすべきなのでしょうか?


 私がそんなことを考えていると、工房の扉を開け、人が入ってきます。

 泥棒でしょうか?

 明確な犯罪者であれば、人形である私でも人を捕らえることはできます。

 人形はそう言う風にできています。

 それは無論、私もです。


 とりあえず泥棒は、まずいので確認しに行きましょう。


 私が音のした方、工房の入り口に行くとそこには男性が居ました。

 そこにいたのは聖サクレ教会の法衣に身を包む神父様でした。

 その方を見た瞬間、私は何とも言えない懐かしい既視感を覚えます。

 なんなのでしょうか?


 紺色と金の刺繍の入った服はその神父が聖サクレ教会でかなり地位の高い神父であることを私は知っています。

 私はその神父と、神父様と目が合います。

 メトレス様意外とは喋れない私は、人形らしく振舞います。


 まず頭を下げお辞儀をします。

 とりあえず、泥棒の可能性はかなり低いです。

 聖サクレ教会の神父は泥棒などする必要はありません。

 地位も名誉も持っていますので。


「人形…… ですか。メトレス君はそう言えば人形技師でしたね。えっと、留守でしょうか? 約束があるわけではないのですが、ここで待たせてもらっても?」

 メトレス様とこの神父様は、家に勝手に入ってくるような仲なのでしょうか?

 とりあえず、メトレス様は留守なので、ここは頷いておきます。

 そこで、神父様も何かに気づいたように慌てだす。

「ああ、すまない。工房と聞いていてね。勝手に入らせてもらったがまずかったかな?」

 そう言うことですか。

 たしかに工房と言うのであれば、勝手に入られても仕方がないことですよね。

 ここは個人の工房なのであまりそう言うことはないのですが、そう言うこともあります。


 ならば、客室にお通しするのが良いでしょうか?

 もうお茶を沸かす許可も頂いていることですし、私にはおもてなしすることができます。

 そうするのが、メトレス様のお役に立つのが人形としてのお仕事です。

 メトレス様のお客様にご無礼があってはいけませんしね。


 私はゆっくりとうなずき、手のひらを上にして、腕で客間の方を示します。

 そして、神父様を客間まで案内します。

 客間の扉を開き、椅子を引きます。

 それほど大きな客間ではないですが、ここならメトレス様を待つのに問題ないはずです。

 神父様が私を警戒するように見ながら椅子に座ります。

 確か…… 聖サクレ教会ではあまり人形の存在をよく思っていないのでしたっけ?

 そんな知識が私の中にあります。

 まあ、それはそれです。

 メトレス様のお客様をもてなさないわけにはいかないですしね。


 私は神父様に頭を下げて、客室を出て台所へと向かいます。

 お茶を入れなければ。

 せっかくメトレス様にお茶を淹れられる許可を、お湯を沸かす許可を貰えているのですから。

 お茶を淹れてもてなさないわけにはいけませんよね。


 お客様にお出しするお茶として、それなりに高級な紅茶と安価なハーブティがあります。

 二つの選択肢がありますが、神父様は権力者です。

 ここは紅茶でいいはずです。

 湯を沸かし、ティーポットに注ぎ温めておきます。

 ティーポッドのお茶を捨てて、茶葉を入れ、お湯を注ぎます。

 そして、戸棚から一塊のシュガーローフを取り出します。

 食品と言うよりは砂糖は嗜好品ですね。

 しかも、白い砂糖ではなく茶色い未精製糖ですけどね。

 それでも、うちではメトレス様自身も使わずに、お客様に出すためだけに存在しています。

 本来なら砂糖バサミなどの器具を使って取り出しますが、人形の私にはそれを指で割り取れます。

 まさに砂糖を固まりから一つまみ、です。

 ティーポットを温めていたお茶を捨てて、茶葉入れ、お湯を注ぎます。

 私には匂いを嗅ぐことはできないのですが、知識としてとても良い香りであることは知っています。


 それらすべてをお盆の上に用意して、綺麗に並べます。

 それを持って神父様の待つ客間へと向かいます。

 お茶請けはないですが、ご了承いただくしかありません。






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