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【第二十話】人形と会話

 私が喋れるように、声を出せるようになってから、しばらく…… 一週間くらいでしょうか? 何事もなく経ちました。

 言いつけ通りに私はメトレス様以外の方には喋りかけません。

 そもそも、お客様が来ると私は奥へ追いやられ、奥で大人しくしていなければなりません。

 お客様のおもてなしも、させてもらえません。


 でも、文句はないです。


 二人だけの時はお喋りができるんですから。

 メトレス様もその時は楽しそうに一緒にお喋りを楽しんでくれますから。

 まあ、お仕事をなさっていない時は、ですが。


 まともに声を出せなかった私の喉もすぐにちゃんと発音ができる様に進化、最適化されました。

 今では自由自在に言葉を思ったように話せます。

 ネールガラスとはこうも簡単に進化、最適化してくれる素材なのですね。

 素晴らしいです。


 と、言っても美声とは言い難い声質です。

 なにせ、口は相変わらずないので、くぐもった声にはどうしてもなってしまいますからね。

 これだけは仕方ないです。

 外殻はネールガラスではなく陶器なので、そこは変化しません。

 最適化も進化もできません。


「メトレス様、喉は乾いてはいませんか? お茶でもどうでしょうか?」

 真剣に作業をなさっているメトレス様に話しかけます。

 その作業と言うのもオーダーメイドの人形の最終的な組み立て作業です。

 お忙しいのはわかりますが、保温炉、つまり、熱くも暑い、そんな物が設置されている場所での作業をメトレス様は長時間なさっているんです。

 飲み物が欲しくなって当然ですよね?

 今は二人だけですので、私も遠慮なく話しかけます。

 メトレス様と私、二人だけです。


 そんな私に対して、メトレス様は少し困ったような表情を見せます。

「いや、プーペ。まださっき淹れてもらったお茶があるから、それに今は作業中で…… しかも、山場なんだ。プーペも休んでいてくれていいよ」

 やはり、作業中のメトレス様は素っ気ないですね。

 確かにお邪魔だったかもしれません。

 ですが、

「人形である私に休息はいりません。何かあれば申し付けてください」

 私には休息は必要ないのです。

 なにせ人形ですので。

 メトレス様のお役に立つのが私の存在理由なんです!


「ああ、うん、要があるときは、こちらから呼ぶから……」

 メトレス様は作業しながら、上の空でそう答えます。


「はい。わかりました、メトレス様」

 いつでも呼んでください、メトレス様!

 いつ呼ばれても良いように目の前で待機していますので。


 ああ、ああ、働くメトレス様の姿は素敵ですね。

 汗水たらして働く御主人様! なんて素敵なのでしょうか。

 見惚れてしまいます。


「あのな、プーペ。そうじっと見られていると緊張してしまうから……」

 あまりに私が凝視していたので、メトレス様は呆れたようにそんなことを言います。

 つい見惚れて見ていました。


「でも、私はメトレス様の作業を手伝うために作られたのですよね? なら、メトレス様の作業は覚えねばなりません」

 そんな言葉が私の口からしれっと発せられます。

 まあ、常日頃から思っていたことではありますので、嘘でもないですが。


「それはそうなんだが…… というかプーペ、そう言うなら、せめて見るならボクの顔でなく手元を見てくれないか?」

 ごもっともな指摘です。

 それに、私の視線の先まで言い当てるとは流石メトレス様です。

 顔の向きと目の角度からわかったのでしょうか?

 人形技師としての腕が確かな証拠ですね。

 でも、私は知っていますよ。

 メトレス様の手もとても魅力的であることを。

 メトレス様の美しく長い指と手であればいくらでも見ていられます。

「はい、とても綺麗で細長く美しい指です」

 ええ、ええ、とても綺麗な手です。

 人形技師の職人ともなると普通は一つや二つ、火傷の跡があるものなのですが、メトレス様にはありません。

 とても美しい手のままです。

 それだけ人形技師としての腕が良いのでしょう。

 本当に綺麗な手ですね。手にも見惚れてしまいます。


「あっ、ありがとう…… はぁ……」

 メトレス様は少し照れたようにそう言いました。

 そして、今度こそ作業に没頭するように、集中します。


 私は幸せ者です。

 御主人様を、メトレス様をこんなにも間近で見ていられるのですから。

 それに、人形なのにお喋りまでしてもらるのですから。

 私はそれだけで本当に幸せです。


 こんな幸せな、本当に幸せな日々を送っています。

 不満なんてあるわけがありませんよ。






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