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【第十九話】人形と外出禁止

 メトレス様が起きた後、作業もしないで悩み考えこみ、そして、私に外出禁止を言い渡しました。

 どうも私が考えている以上に人形が喋るという行為は、いけない状況のようです。


 まあ、確かに。

 私は猫の魂が使われていると言っていましたが、猫が人の言葉を話すのはおかしい事ですもんね。

 私がメトレス様と喋りたいという願いは、いけないものだったのでしょうか?

 大それた願い、私の、人形の身には大きすぎる願いだったのでしょうか?


 でも、私にとって外出禁止は、それほどの罰でもありません。

 確かに、もう露店を見て回れないのは残念ですが、カフェをするのも諦めねばなりませんが、それは些細な事です。

 私の願いはメトレス様のお役に立つこと、一緒にいること、傍を方時も離れない事です。

 それらを考えれば、些細な事です。

 比べるまでもないです。


 そもそも、私が外に出たことがあるのは二度だけです。

 何の未練もありません。

 ないです。

 なんの問題もありません。


 ただ…… 一度くらい、メトレス様と一緒に露店を回ってみたかったし、カフェにも行ってみたかったし、教会に祈りを捧げに行きたかったですね。

 まあ、それも些細なことです。

 そう、些細です、些細……


 未練などないです。

 ええ、ありませんとも。


 けれども、人形が言葉を喋るという事は私が思っていた以上にいけない事のようです。

 それほどのことを、私はしてしまったのでしょうか?

 私は喋れないままのほうが、よかったのでしょうか?

 メトレス様の反応を見るに、本当に大変なことのように思えてきます。

 今もメトレス様は真っ青な顔で何かを考えては悩み、そして、悔やんでいるように見受けられます。


 人形が喋れることの、何がいけないのでしょうか?


 そういえば、メトレス様も何か言っていましたね。

 迷信とか、何かを使うと喋るように、とか。

 あの時メトレス様はなんと仰ったのでしょうか?

 擦れ出るような小声で聞き取れなかったのですが、気になります。


 使う? 使うという事は私を構成する材料か、なにかの事でしょうか?


 私を構成するのは、外殻のセラス・ミクシズと呼ばれる陶器。

 その内部にあるネールガラス。

 そして、ネールガラスで作られた核が、胸と頭部に二つ。


 それのどれかに、通常の人形とは違う物が使われているのでしょうか?

 それ以外の物と言ったら、後は潤滑油として差し込まれる油くらいの物です。


 そう言えば、シモ親方にもバレてはいけないとも言っていました。

 と、いうことはネールガラスの可能性は低いですよね。

 ネールガラスはシモ親方の工房でなければ、化石から抽出出来ませんし。

 シモ親方はなにかと様子を見に来る方でもありますし。

 外骨格の材料の粘土はここにもありますが、焼成するときには、やはりシモ親方の工房の窯を使わねばなりません。

 こちらも可能性は低いのではないのでしょうか?

 そうなると、残りは潤滑油ですか?


 あまりピンと来ませんけれども。


 確かに普通の油ではなく、良い香りが漂う、特別な香油が使われていると聞きますが、私には鼻がないのでその匂いもわかりません。

 私には、それらの物とも違う何か特別な油でも使われているのでしょうか?

 いえ、そう言えば、もう一つ私を構成する上で重要なものがありました。


 魂です。


 人形には生前、主人となる者に懐いていた動物の魂が必要不可欠です。

 魂を人形に宿さなければ、どんな人形も動きません。

 私の魂は昔懐いていた猫だと、メトレス様が仰っていましたが……

 それが…… まさか……


 化け猫だったのでしょうか?

 なるほど、確かに化け猫なら喋ることもありそうですね。


 猫は九個も魂を持つと聞きますし、私が高性能と言われるのも納得ですね。

 九倍ですよ、九倍。

 しかも、恐らくは化け猫の魂です。

 化け猫だから九個も魂を持っているのですかね?

 それとも九個も魂を持っていたから化け猫になったのでしょうか?

 どっちが先か問題ですね。


 その辺の因果関係はよくわかりませんが、私が喋れるのは九個も魂を持った化け猫だから、という事なのでしょうか?

 たしかにそれなら、メトレス様の顔も真っ青になりますよね。

 なにせ化け猫ですからね。しかも、魂は九個です。

 それは確かに大事です。


 そういえば、この家には、メトレス様の家には人形技師の為の資料もあったはずです。

 なにせ現役天才人形技師の工房兼自宅なのですよ、それくらいはありますよ。

 それらを見れば、何かしら書いてあるのではないでしょうか?

 私は文字はまだ書けませんが、読むことはできますので、それらから情報を得ることが出来るかもしれません。


 メトレス様はまだ何か考え込んでいるようですし、今のうちに調べてしまいましょうか。


 私はいそいそと書斎へと向かいます。

 書斎と言っても小さな部屋で、机と本棚があるだけの、本当に小さな部屋です。

 そこから、何か情報を得られる本を探しましょう。

 この辺りの…… 入門書辺りの本に書いてはないでしょうか?

 入門書ですからね。きっと書いてありますよ。


 えーと、なになに……

 人形技師としての心得……

 人形技師として身につけたい技術。

 人形技師のなり方、そして、人形技師の禁忌?


 禁忌?

 この項目ですか……?


 人形に人間の魂を入れる事は禁忌とされる。

 聖サクレ教会からも正式に禁止された違法行為として定められている?

 けれど、通常は容量不足で喋れないはずの人形が喋れるようになる……?

 いずれ、主人に逆らうようになる可能性が高い……

 それ故に禁忌とされ明確な違法と……


 これは…… どういう事でしょうか?

 私の魂は猫ではなく、人の魂が?

 それに、主人に逆らう? 人形が? そんなことあるのでしょうか?

 喋れるようになった私も、メトレス様に逆らうようになるのでしょうか?

 私に入っている魂が人間の物であると言うのであれば……

 それは一体誰の物なのでしょうか?





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