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【第十七話】人形としての生活の中で

 ここ最近、メトレス様は人形の内部を作る作業でお忙しそうです。

 睡眠時間も削っているので、私は心配が絶えません。

 体調を崩されたりしないでしょうか?


 人形の外骨格に、ネールガラスで作った繊維を編み込んで、溶接用のネールガラスで接着していきます。

 ただネールガラスの繊維を織り込んで接着していくだけではありません。


 情報を集め発信する胸部、そして、情報を処理する頭部、二つの核をまず作り、その二つをネールガラスの繊維でまず繋げます。

 さらに、その胸部部分から関節部がちゃんと曲がるように考えて、ネールガラスの繊維を織り込んでいかねばなりません。


 ここが人形技師の腕の見せ所です。

 この部分のネールガラスが縮めば指が閉じ、伸びれば指が開く。そう言ったことを考慮して、ネールガラスの繊維を織り込み、編み込んでいかねばならないそうです。

 とても繊細で頭を使う作業です。

 全身の稼働部分すべてにそれをつなげて動くように配置していかねばならないのです。

 本当に職人技がものをいう世界ですね。


 しかも、外殻部とネールガラスの繊維を最終的にネールガラスで溶接してくっつけるのです。

 その為、一度の失敗も許されない、そんな作業を強いられるのです。


 メトレス様はそんな精密作業をもう何日も続けています。

 私が心配になるのも理解できるかと思います。

 あと、正直、私は暇です。


 私がまだ手伝えるような仕事はありません。

 どれもこれも職人の技術と知識がなければなしえない、今はそんな作業ばかりです。


 なので、私は作業をするメトレス様を眺めては一日を過ごします。

 暇ではありますが、それはとても有意義な時間でもあります。

 じっとメトレス様だけを見て過ごせる時間は、私にとってとても幸せです。


 とはいえ、今は夜で、そのメトレス様もお疲れになって寝ていらっしゃるんですが。


 人形の私は特に寝なくても平気です。

 でも、夜は、メトレス様が仕事に疲れ寝た後、特に実行する命令がない場合は、私も意識を閉じています。

 正確には、何も思考しない、と言ったところでしょうか。

 待機中とでもいうのでしょうか。


 寝ているわけでもないですが、何も考えていないで動きもしない、そんな時間を意識して取るようにしています。

 わざとそれをしているという事には、もちろん意味があるからです。


 そういう時に、私の体の中ではネールガラスが活発に最適化されて行きます。


 この人形の体をより的確に動かせるように、より効率よく動かせるように、そういう風に最適化されていきます。

 場合により、私の願いを叶えるかのように、私の想いに応える様に、進化していくこともあります。


 御主人様と、メトレス様とお喋りをしたい。

 会話をしたい。

 言葉を交わし合いたい。


 常日頃から思ったからでしょうか、願っていたからでしょうか、その想いに答える様に、喉と口の辺りに、とても違和感を感じます。

 真夜中にギギギと音を立て響かせ、私の中のネールガラスが進化し、最適化されて行きます。

 それは姿形を変え、新しい器官を生成するにまで進化します。


 そして、朝を迎えます。

 私が待ちに待った朝です。

 昨日まではとは違う、新しい朝です。


 私は早速メトレス様を起こすために、寝室へと向かいます。

 新しくできた器官を使いメトレス様に語り掛けます。


「ゲゴッゲグガガァ、グェ?」

 よくわからない鳥の鳴き声のような、その断末魔のような、そんな音が私の喉で発せられます。

 残念なことに、まだ上手く言葉にはなりませんでした。

 これでは、鳴き声、もしくは騒音の類です。

 けれども、その声ではない音でメトレス様は目覚めます。


 そして、驚いた様子で私を見ます。

「プーペが今の音を、いや、声を発したのか?」

 起きたばかりのメトレス様は、目を見開き私を見ます。

 私はゆっくりと頷きます。


 そうするとメトレス様は頭に手を当てて、何かを悔やみ始めました。

「やはりしてはいけなかった…… あんなこと…… するべきではなかった」

 してはいけない事?

 メトレス様は何をしたのでしょうか?

 大丈夫ですよ。メトレス様は間違いなど犯しません。大丈夫です。

 私が、プーペが保証いたしますよ。


「プーペ、いいか? ボク以外の前で決して喋ってはいけない、声を出してはならない。これは絶対だ。シモ親方の前でも、誰の前でも、いいね?」

「ガギ」

 と、返事をします。

 はい、と言ったつもりでしたが、まだまだ最適化が足りないようです。

 でも、今はメトレス様と二人だけです。

 喋っても良いのですよね?


「ガギ? ああ、はい、って、言ったのか?」

 私はゆっくりと頷きます。

 まだまだ言葉を発するとまではいかないようですね。


 けれども、メトレス様にしか、喋りかけてはいけない、ですか。

 それは、まさに願ったり叶ったりですね。

 私の願いは正にそれなのですから。

 これからはたくさん発声をして、最適化をしていかないといけません。

 ちゃんと喋れるようになるまでどれくらいかかるでしょうか?

 今から楽しみで仕方ありません。


「迷信とばかり思っていた…… 本当に…… ……を使うと人形が喋るようになるだなんて……」

 何を使うとですか?

 よく聞き取れませんでした。


 けど、メトレス様の口ぶりですと、人形は喋れるのも存在するということですか?


 メトレス様は茫然として冷や汗をかき始めています。

 これは…… どういうことなのでしょうか?

 私は喋れるようになっては、いけなかったのでしょうか?


「プーペ、もう一度言うよ。これは絶対命令だ。人前で、ボク以外の誰かがいる前で、声を出す事だけは、絶対にしてはいけないからね?」

 メトレス様は必死に私に言い聞かせます。

 私は頷きます。

 メトレス様の命令ですからね、人形である私が聞かない訳には参りません。

 それに私の願いはメトレス様とお喋りをすることです。

 それができるのであれば、他の方とおしゃべりが出来ない事など苦でもありません。

 問題にもなりません。


 けれど、メトレス様は必死です。悲壮な表情を浮かべています。

 やはり人形が声を発することは、いけない事なんでしょうか?

 私にはわかりません。






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