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【第十六話】人形の帰宅

 私が小僧さんと家に帰ると、メトレス様がすぐに出迎えてくれました。

 もうお客様は帰られていたようですが、手付かずの焼き菓子とお茶だけがテーブルに残されていました。

 まだそれらが片付けられていないという事は、つい先ほどまでお客様はいらしたのでしょうか?

 そんな感じでしょうか。


 それはともかく、私は保温炉の上に坩堝を置きます。

 そうするとすぐにメトレス様が置いた坩堝を保温炉に固定してくれます。

 これで一安心です。

 坩堝の中のネールガラスが冷えて固まることはありません。

 私の仕事も無事終了ですね!


 その後、メトレス様が坩堝の蓋の留め金を外します。

 蓋をゆっくり開き、メトレス様は慎重に中の状態を確認します。

 まだ赤く熱せられドロドロとしているネールガラスがそこにはあります。

 これはこのまま冷やさなければ、この状態のままのネールガラスなのでしょうか?

 一度冷えて固まると、耐熱性まで得てそう簡単に溶けなくなる、そう聞いています。

 冷やさなければ良いという事なんでしょうか?

 私がメトレス様の代わりに急いで取りに行ったわけですが、冷やさなければ良いだけなら、急いで取りに行くこともなかったのでは?

 と、考えてしまいます。

 まあ、メトレス様の命令は絶対なので間違いはないです。

 きっと正しい選択しだったのでしょう。


 私としても外の世界を堪能できて楽しかったのですので、やっぱりメトレス様は正しいのです。

 ただ、ネールガラスはこの状態で良かったようで、メトレス様は安心したように息を吐き出しました。

 御主人様であるメトレス様が良いのであれば、私は文句はないです。

 私はメトレス様の所有物ですからね。


「ありがとう、プーペ。助かったよ。親方に怒られずにすんだ」

 と、笑顔で言うメトレス様に、私は思い出したかのようにシモ親方から預かったメモを差し出します。

 これも頼まれ事です。

 手紙を渡さなければ、メトレス様がシモ親方に怒られてしまいますからね。

 ただ、渡されたメトレス様は、その内容を読んで顔を歪めます。

 軽くため息を吐きだした後、メトレス様は私を送って下さった小僧さんに声をかけます。


「ガルソン。そこのテーブルの上の焼き菓子で良ければ両方食べていいぞ。お茶は飲みかけだからな。嫌なら口をつけるなよ」

「ありがとうございます! メトレスさん!」

 ガルソン、それが小僧さんのお名前のようです。

 ガルソンさんは目を輝かせて、客室のテーブルに座り、焼き菓子の乗った皿を両方を自分の前におき、嬉しそうに頬張り始めます。

 お茶は一瞬迷っていましたが、手を付けないようですね。

 かわいいですね。

「プーペ、すまない。あいつにお茶を入れてやってくれ。まだポットに暖かいのが残っているはずだから」

 私はゆっくりと頷いてティーカップを取りに行きます。


 ガルソンさんにお茶を淹れてあげて、メトレス様のところへ戻ってくるとメトレス様は少し俯いています。

「プーペ、すまない。キミを危険な目に合わせてしまったようで」

 危険? 何が危険なのでしょうか?

 私はそんな目にはあっていませんよ?

 露店を見れて嬉しかったくらいですよ?


「親方にも、この手紙で散々怒られたよ、まだ目覚めて間もない人形を独りでお使いに出すなんてな…… ボクはいつも焦ると判断を間違える」

 そんなことはありませんよ。メトレス様はなにも間違いてなどいません。

 私はこうして無事にこの場にいるじゃありませんか?

 メトレス様が悔やむことなど何もありませんよ?

「本当にすまない。濡れた服は洗ってくれ。新しいのを用意するから」

 なんと! 新しいお洋服ですか!

 それは楽しみですね。

 でも、今のも気に入ってますよ、なにせメトレス様が初めて私にくれた物ですからね。

 とても素敵な服です。

 でも、この服は女性の物ですよね?

 メトレス様の物ではないでしょうし、誰の物なのでしょうか?


「キミが、プーペが余りに優秀だから…… 少し思い違いをしていた。それにキミは大切な人形であることも、忘れようとしていた」

 まあ! まあまあ!! 私が大切だなんて嬉しいです!

 ああ、ああ、この気持ちをメトレス様にお伝えしたい…… 今すぐにでもお伝えしたい。

 言葉を喋れるようになりたいです。

 私がメトレス様にそう言われて、どれだけ嬉しいか、伝えて差し上げたいです。


「本当に、ボクは何をやっているんだ。シャンタル…… 忘れないと、もう二度と失わないと、そう誓っていたのに」

 シャンタル?

 何のことでしょうか? 誰かの名前でしょうか?

 なぜか、心がざわめきます。

 なんでしょうか、この気持ちは……


「メトレスさん、俺、そろそろ帰ります!」

 焼き菓子を食べ終わったガルソンさんが、メトレス様と私がいる作業場を覗き込み、笑顔でそう伝えてきます。

 それに対して、メトレス様は顔を上げ、笑顔を作って応えます。

「ああ、ありがとう。プーペを送ってくれて。シモ親方には溶接作業が終わり次第、顔を出すと言っておいてくれ」

 メトレス様がそう言うと、ガルソンさんは少し驚いたような表情を見せます。


 そして、しばらく間を置いて恐る恐るメトレス様に聞きます。

「それ…… しばらく先になりそうですけど、大丈夫ですか? メトレスさんでも一週間くらいはかかりますよね?」

 けれども、メトレス様は笑顔のままだ。

「せっかくもらって来たネールガラスを無駄にするわけにはいかないからな。親方も分かってくれるさ」

 メトレス様は少しぎこちなく笑いましたが、本当に大丈夫なんでしょうか?

「はあ…… そう伝えておきます」

 と、ガルソンさんも心配そうにそう言いました。





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