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【第十四話】人形と人とのふれあい

 露店の多い大通りを抜けると、通りは更に狭くなります。

 露店もなくなり、この辺りは完全に住宅や工房と言った物が多くなってきます。

 そんな場所になります。

 人通りはまばらで、私からすると歩きやすいですね。


 少し遅れ気味かもしれません。

 露店に気を取られすぎました。

 急ぎましょう。


 と、言ったところで、何かが私にかかります。

 恐らくは水です。

 上からではなく、不意に横からかけられました。


 私はそちらの方を確認します。

 私に水をかけた年配の御婦人は少し驚いたような顔をして、その後、私が人形だと分かると、何も言わずに再び水を道へと撒いていきます。

 別にわざと私に水をかけたわけではなく、道に水を撒いていたところに、急いでいた私が来てしまっただけです。

 それなら、年配の御婦人は悪くないですね。


「な、なんだい? 人形が文句あるっていうのかい?」

 ただ、私がもたもたしていたせいで、御婦人が私に話しかけてきました。

 私は頭を下げてその場を後にします。

 人形である私は水に濡れたところで何の問題もないです。

 御婦人は私に何か言いたそうな表情をしていましたが、申し訳ないのですが今は先を急がねばなりません。


 けど、メトレス様に頂いた服を濡らしてしまったことは残念です。

 メトレス様に謝らないといけません。

 言葉で謝罪出来たらよいのですが、私には口も声帯もありません。

 声を出すことが出来ません。

 声を出せないというのは、こうももどかしい物なのですね。


 私が喋れたらどんなに素敵なことでしょうか。

 メトレス様に聞いて欲しい。

 今日見た人間達の素晴らしい世界のことを。

 素敵な露天の数々を。

 憧れのカフェのことを。

 メトレス様に聞いていただきたい。

 きっと、私が喋れるようになったらお喋りですね。

 間違いないです。


 その後は何事もなくディオプ工房につけました。

 ディオプ工房で、シモ親方を探します。

 恐らくは炉の場所にいるのではないかと思います。

 メトレス様の為にシモ親方が直々に準備してくれているはずなのです。


 私の想像通り、シモ親方は炉で少し不機嫌そうに作業しています。

 不機嫌そうなのは、私が遅れてしまったので、そのせいかもしれません。


 私はシモ親方の隣に立ちます。

 抱えていた坩堝を降ろし、メトレス様からの手紙をポケットから出します。


 親方は私を見ずに炉から目を離さずに、

「メトレス遅いじゃ…… 人形? メトレスのところの人形か? なんで?」

 と、驚いて言いました。

 私はそれに答える様に、取り出した手紙を、少し濡れてしまった手紙を私はシモ親方に手渡します。

「濡れてる? よく見れば、えっと、プーペだっけか? おまえも濡れてやがるな…… ああ、あの打ち水ばあさんの家の前を通って来たんだな?」

 打ち水ばあさんですか。

 グランヴィル市では比較的、水は入手しやすい都市ですからね。

 打ち水をする方もいるかと思います。

 私は頷きます。

 でも、あの御婦人は何も悪くないですよ?


「なるほどな。急な来客で、お前を寄こしたわけか。あいつも無茶なことを…… わかった。後でメトレスにも顔を出せと…… 手紙を書いてやるからそこで待ってろ」

 私は命令通り待ちます。

 やはり喋れるようになりたいですね。

 喋れないのはとても不便です。


 シモ親方は下働きの小僧を呼びつけ、筆と紙を持ってこさせ、炉の近くで、炉の様子を見ながらも手紙を書きます。

 その際も、

「俺は字を書くのが苦手なんだがなぁ……」

 と、ぼやきながら色々と文字を書いています。

 それを書き終わると、それを二つ折りにして私に手渡してきます。

「後で顔を出せと書いて置いた。あいつに渡しといてくれ」

 そう言われたので、私は頷き、その手紙をポケットに丁寧にしまいます。


「それと…… その坩堝は炉の前、そこの台座部分だ、そこに置け。固定は…… 俺の方でやる。おまえは坩堝だけ置いて、離れて待ってろ」

 私は言われたたとおり、地面に置いた坩堝を抱え上げ、炉の前の台座に置きます。

 その後、シモ親方は器用に坩堝と台座を組み合わせる様に固定させます。

 シモ親方は坩堝の蓋を開けて中身を確認してから、その中に炉を傾け、真っ赤に溶けたネールガラスを流し込みます。

 坩堝の半分ほど注いだところで蓋をきつく締め、蓋が開かないように、大きく頑丈そうな留め金をかけます。

 その後、シモ親方は私の方を見ます。

「あまり揺らさずに持って帰るんだ。横は断熱性で熱くはないが、底の部分は熱いぞ。人形のお前でも持つな。仮に落としても平気だ。だが、蓋だけは開けるなよ? それだけは大惨事になるからな?」

 その言葉に私は強くうなずきます。

 それはメトレス様にも言われたことなので、心配はいりませんよ!


「あと、帰りは小僧に送らせる。流石に、まだ生まれたばかりの人形を独りで帰らすのは危険すぎるんでな」

 シモ親方はやはり不機嫌そうにそう言いました。

 私に怒っているわけではないようですが、では、誰に怒っているのでしょうか?


「小僧、メトレスのところまで、この人形を送ってこい。ついでにだ、アイツの家には、まだ菓子もあるはずだから、それでも食べてこい。いいな?」

 シモ親方は強い口調で小僧さんにそう言います。

「はい、親方!」

 小僧と呼ばれた少年は嬉しそうに頷きました。

 お使いを頼まれた割には随分と嬉しそうですね。

 お菓子を貰えるからでしょうか?

 あの焼き菓子のことですね。大丈夫です。まだちゃんと残っているはずですよ。

 良かったですね、小僧さん!


 私は坩堝を取っ手を持つではなく、坩堝自体を抱きかかえます。

 こちらの方が揺れが少なく済みそうですし、横の部分は熱くないのですよね。

 まあ、人形の私は熱さも感じませんけどね。

 なので、問題ないです。

 この坩堝も横の部分だけなら、メトレス様から頂いた服が焼けるほど熱いというわけではないようです。

 それなら問題はありません。


 それを見たシモ親方は、

「この人形、本当に賢いな……」

 と、驚いています。

 当たり前です。

 私はメトレス様に作られた人形なんですよ。

 賢くて当たり前ですよ!


 その後、私は小僧さんに連れられてメトレス様の家へと帰ります。

 小僧さんは、なんで自分が人形を送らなくちゃと愚痴を言っていましたが、お菓子が貰えるとわかっているので、その顔はご機嫌でしたね。






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