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【第十三話】人形の散歩

 私は、プーペはいけない人形かもしれません。

 御主人様に、メトレス様のお使いの途中なのですが、通りの数々の露店に、どうしても目を奪われてしまいます。


 あれはなんでしょう? 私の心を惹きつけます。

 これはものすごくかわいいですね、気になります。

 これも素敵です。

 でも、これは何に使うための物なのでしょうか?

 私の記憶の中にはありません。


 うう、気になります。


 気になりますが、先を急がねばなりません。

 また、露店を見て回る機会もあるかもしれませんが、メトレス様からの命令は一度きりです。


 また別の命令をしていただけるかもしれないですが、この命令は一度きりです。


 なんとしてでも遂行しなければなりません。

 い、急がねばなりません!!

 露店に目を奪われてはいけません!!


 ああっ、でも、これはなんでしょうか? 気になります!

 人形? これは人形ですね。

 フェルト生地で作った人形でしょうか、かわいいですね。

 物凄くかわいいですね!

 人形が人形を欲しがるだなんて、変ですよね?

 でも、私は陶器の人形ですが、これはフェルト生地の人形です。

 動かないただの、本物の人形です。

 また別ものですので。


「え? 人形? あー、あんたの御主人様がこれをご所望なのかい?」

 あまりにも私がフェルト生地の人形を凝視していたので、店主の方に話しかけられてしまいました。

 私は慌てて首を横に振ります。

 そうすると店主は少し不審そうな表情を浮かべます。

「ん? そうなのか、もしかしてこれが気になるのか? 人形なのに? 人形が人形を欲しがるのか、変なこともあるもんだな」

 と、店の店主はそう言って不思議そうな顔をします。


 やっぱり変ですよね。私は人形なのに人形を欲しがるなんて。

 私は深々と頭を下げて、その露店から急いで離れます。

 そもそも、人形を見ている暇なんてないんですよ。


 い、いけません。この大通りは誘惑が多すぎます!

 ディオプ工房に急がなければなりません!

 でも、露店を見るのは楽しいですね。

 いろんなものがあります。

 それを見ているだけで、心が弾みます。

 嬉しくなります。


 いつか、メトレス様と一緒にじっくりと見て回りたいですね。

 それはきっと素晴らしい物でしょう。

 そう言う日が来ると良いですね。

 こう思うこと自体、人形なのに変でしょうか?


 でも、今はそれよりもディオプ工房に行くことを優先しないとなりません。

 メトレス様の命令が第一です!


 そう何度目かの決心をした矢先です。

 目に留まります。

 今度はカフェです。

 カフェが目に留まります。

 そこで人間の方が、ご婦人方がお茶を優雅に嗜んでいます。

 でも、カフェと言うよりは軽食堂、そんな雰囲気がありますね。

 この辺りは職人が多いですからね。

 カフェより食堂の方が需要があるのかもしれません。

 でも、いですね、いいですね。

 人形の私にはお茶やコーヒーを味わうことはできないのですが、雰囲気だけでも、とっても素敵です。


 きっと良い香りで美味しいのでしょう。

 味わい深い味がするのでしょう。

 いつしか、私にもそれらを嗅ぎ、味わえるような日が来るのでしょうか?

 それとも、来ないのでしょうか。


 まあ、無理ですよね。

 匂いや味を人形が感じれるわけがありません。

 その為の器官が存在しません。


 そうだとしても、このゆったりとした雰囲気は良いですね。

 なんだか、とても落ち着きます。

 優雅という奴です。

 憧れますね、カフェ。

 飲めないのはわかっているのですが、それでも憧れてしまいます!

 席に着き、メトレス様が優雅にコーヒーを飲んでいるだけで素敵です。

 それをずっと眺めていたいですね。


 ああ、ああ、なんて人間が生み出す文化と言うのは素晴らしいのでしょうか。

 こんなにも光に満ちています。

 活気が溢れています。

 本当に素晴らしいです。

 人形である私がそう思うのは、私には、それらがないからなのでしょうか?

 人形だからなのでしょうか?

 ただのない物ねだりだからでしょうか?


 いけません、いけません。

 今はそんなことよりもディオプ工房へいって溶接用のネールガラスを貰いに行かなくては!

 遅刻しては意味がありません!

 元もこうもありません!

 急がなければなりません!


 それに、露店の多い場所もやっと抜けました。

 これで露天に誘惑されることもないでしょう。


 遠くに建物と建物の間から見える大きな建物が目に入ります。

 あれは…… 教会でしょうか?

 この国、ロワイヨーム国で教会と言えば、一つです。


 聖サクレ教会。


 国教です。この国の市民は皆様、聖サクレ教の信徒です。

 メトレス様もそうなのでしょう。

 なにせ国教ですので。

 けれど、あまりご自宅には聖サクレ教関連の物は置いてないですね。

 まあ、工房も兼ねていますかね。


 白い壁に青い屋根。

 大きな鐘を吊り下げている鐘塔もここからちゃんと見えます。

 やはりあの大きな建物は聖サクレ教会です。

 特徴的な建築物ですからね。

 私は一度も行ったことはありませんが、一度くらい訪れて見たい物です。

 人形の私でも神様に祈ることを、させていただけるものなのでしょうか?

 死んだら天国と呼ばれる場所に行けるのでしょうか?

 メトレス様は将来、天国に行かれるのですよね?

 ならば、その時は私もぜひともお供したいです。

 その為にも、祈りを捧げたいものです。


 でも、どうなのでしょう?

 私も天国に行けるのでしょうか?

 メトレス様と別れるのは嫌ですよ。


 やはり人形には、そう言ったことも出来ないのでしょうか?

 人形である私は無へと帰るだけなのでしょうか?

 物ですしね。私は。

 それでも……

 例え、祈りを捧げることが出来なくとも、天国に行くことが出来なくても、一度はあの教会へと行ってみたいものです。

 何かとても気になります。


 さあ、ディオプ工房まではもう少しありますよ。

 急ぎましょう!






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