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【第十一話】人形の初めてのお使い

 私は気合を入れて外に出かける準備をします。

 ほぼメトレス様の家の中で暮らしていた私が外へ出ます。

 外に出るのは、これで生まれて二度目です。

 一度目はメトレス様と一緒にディオプ工房へと行きました。

 今回も行き先はディオプ工房です。

 でも、今回は一人でです。

 初めてのお使いです。


 そんな私をメトレス様が心配そうに私を送り出してくれます。

 大丈夫です。心配なさらずに。

 プーペにお任せください。

 ちゃんと溶接用のネールガラスを頂いて帰ってきます。

 メトレス様は心配せずにお客様のお相手をしていてください。


 それにディオプ工房は一度メトレス様と共に訪ねた場所です。

 なんの心配は何もありませんよ。


 まずは、私がメトレス様の元に帰ることが第一優先事項です。

 そう言う命令でした。

 なにせ人形は高価な代物ですからね。


 次に、ネールガラスを持って帰ることです。

 その為に私が行くのですから当たり前のことです。


 そして、熱せられたネールガラスを入れてもらった坩堝は開けない。

 ドロドロに溶けるまで赤く熱せられたネールガラスの入っている坩堝の蓋を開けるのは大変危険です。

 これも当たり前のことです。


 メトレス様から頂いた命令は、大まかにその三点だけです。

 どれも当たり前のことです。

 なんの問題もありません。


 私は玄関から外へ出ます。

 心配そうに見送ってくださるメトレス様に振り返ってお辞儀をします。


 では、行ってまいります、と。

 喋れない代わりに仕草で挨拶をします。

 そんな私をメトレス様は、やはり心配そうに見送ってくださいます。


 玄関を出ると、そこはもう狭い通りです。

 うちには庭はありません。

 それでも立派なメトレス様の自宅兼工房です!

 この辺りは職人街で所狭しと様々な工房と職人が住むアパートが建てられています。

 数多くの職人が自分の工房を持てずアパート暮らしなことを考えると、一軒家と工房を同時に持つメトレス様は優れた職人であることは間違いがないですね。

 小さいながらも自分の工房を持てる職人など数が限られています!


 それにしても、外の世界はとても明るいです。

 陽の光に満ちていて、美しくも煌めいて見える世界です。

 何もかもが、私には新鮮に思えます。


 前にメトレス様とディオプ工房へ行った時は裏通りを通りましたけど、家を出る直前に人通りの多い場所を歩けとも、メトレス様は仰られていましたね。

 人形は高級品ですからね。

 特に一人で出歩く様な人形は危険だとも。

 なら、命令通り、人通りの多い大通りから向かいましょう。

 私は大通りの方へと足を向けます。

 大通りからディオプ工房への道は通ったことはないですが、この都市の大まかな地図は私の中に記憶されています。

 問題ありません。


 そんなわけで、まずは大通りまで行きます。と言っても、ちょっとした小道を進むだけですが。

 裏通りは舗装されてない道でしたが、大通りへと続くこの道は石畳で舗装されていて歩きやすいですね。

 私の足裏ももちろん陶器ですが、ちゃんと革のブーツを履かせていただいているので足音がうるさいわけでもありません。

 もう普通に動くくらいなら、軋むような音もなりません。

 私の軋む音で街の方に迷惑をかけることもないでしょう。

 でも、大通りへと続く小道は狭いですね。

 後、酷く汚れています。

 グランヴィル市では一応地下下水道も設置されてはいるのですが、高級住宅のような住居でもない限りそれほど使われていないようです。

 あまり衛生的によろしくはないですね。


 それでも私には、この陽の光に満ちた外がとても素晴らしい物に感じます。

 石畳の間から生え出た雑草が、家の中では感じられない風が、陽の光が差し込むこの狭い通路が、全てが美しく尊い物に私には感じれるのです。


 そうして私は、感動と共に大通りにでます。

 大通りと言っても、それほど広い通りでもないです。

 馬車でも通れば、それだけでいっぱいいっぱい、そんな通りに出店が所狭しと立ち並んでします。

 これ、馬車は通れるのでしょうか?

 私には疑問ですね。


 食べ物の出店もたくさんあります。

 お洒落なカフェや古めかしくも人々が話あっている本屋なども見受けられます。

 とにかく雑多で人があふれ活気にあふれています。

 様々な服装の人間がたくさんいます。

 私が大通りに出ると、一瞬だけそんな人々の視線を集めます。

 けど、一瞬のことです。

 この辺りは人形工房も多いですからね。

 そこまで人形も珍しくはないです。


 ただ、この雑多な大通りでも人形は私しかいません。

 あまり外で働いている人形はいないのかもしれませんね。

 私もその雑多な人の流れに入り、大通りを進みます。


 ですが、流石に人が多すぎて、今までほとんどメトレス様と二人で過ごしてきた私では情報の処理が追いつきません。

 雑多で複雑な情報が多すぎです。

 私は情報を処理しきれずに通りの真ん中で、坩堝を抱えたまま立ち止まってしまいます。


 そんな中、私は人にぶつかられます。

 ぶつかった人物は、

「おっと、すまねぇな。っと、何だよ、人形かよ。謝っちまった」

 そう言った後、私の抱えている坩堝を持て、ぎょっとした顔をして、私を避けて歩いて行きました。

 まだ中身は入ってないのですがね。

 帰りはこの通りを使うのはやめた方が良いのかもしれません。

 熱せられたネールガラスは超高温です。

 この道を、それを持って歩くのは危険かもしれませんね。

 想像以上に人が多いです。


 なんにせよ、ここは私には人が多すぎます。


 でも、活気があるこの通りは嫌いではありません。

 なにか生命力にあふれるこの通りは私には素晴らしい物に見えるのです。


 とにかく今はディオプ工房を目指しましょう。

 しかし、この通りには様々な物が溢れています。

 私には関係のないはずの食料品に、どうしても目が行ってしまいます。


 私には食べれないのに。

 味わう舌もなければ、それを放り込む口もない。

 匂いを嗅ぐこともないのに、どうして気になってしまうのでしょうか?

 なぜだか美味しそうと思えてしまいます。


 パンから始まり、フルーツや野菜、肉や魚、また数々のチーズや乳製品。

 どれも美味しそうです。


 やはり疑問です。

 人形の私が? と自分でも考えてしまいます。

 食べ物を美味しそうだと思うのでしょうか?

 私が猫だったときの名残なのでしょうか?


 いえいえ、それは変ですね。

 だって、私は雑貨やアクセサリー、手芸品なども気になってしまいます。

 この世界は、なんて素敵なものにあふれた世界なのでしょうか。

 かわいい手芸品や、色鮮やかなアクセサリーどれもが素敵です。


 素晴らしいです!


 なんと人の世は楽し気で、活気にあふれた世界なのでしょうか。

 これが人の世界。

 生きている人間の世界。

 人形の私には関係のない世界です。





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