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【第十話】人形としての外の世界

 私は、プーペは今、使命感に燃えています。


 メトレス様はこれからお客様に外殻を確認してもらいうために席を外せません。

 けれども、事前に用意してもらっていた溶接用に熱したネールガラスを、ディオプ工房まで取りに行かないといけません。

 これは事前にシモ親方に頼んで事前に熱してもらっているため、こちらも今すぐにでも取りに行かないといけません。


 ですが、メトレス様に注文したお客様は近くまで寄ったから、という理由で、急に訪ねて来ていらっしゃるのです。

 で、丁度、昨日焼き上がった外殻を確認してもらっているところなのです。

 私が見るからにお客様の反応も良い感じです。

 けども、タイミングが悪いです。

 まさに家を出るタイミングでお客様がいらっしゃったのです。

 無下にはできません。


 メトレス様も大分焦っているようです。

 シモ親方は時間に厳しく気の短い方なので、お客様が来たからという理由で遅刻を許す方じゃないそうです。

 しかも、親方自らがメトレス様のために、ネールガラスを化石より抽出してくれているのです。


 問題は、ネールガラスの特性です。

 ネールガラスは大きな専用の炉で化石より抽出します。

 その化石は竜の化石と言われてはいますが、本当かどうか、私は知りません。

 少なくとも竜は現存してないと思われます。

 竜を見た、という噂すら聞いたことありません。


 ただなんかの生物の化石、という事だけは事実です。

 その化石を熱するとネールガラスが、汗のように、脂のように、溶け出てきます。

 それを不純物を取り除いて精製して、冷やして固めたものがネールガラスと呼ばれる物なんです。

 でも、実はネールガラス、一度抽出され冷え固まると、今度は高い耐熱性を得てしまうのです。

 一度固まってしまうと、専用の炉でもそう簡単に溶けはしません。

 なので、ネールガラスは必要な分だけその時に抽出しなければならないということです。


 親方が、メトレス様が遅刻することに対してへそを曲げたら、そのネールガラスを分けてもらえなくなるかもしれないのです。

 これは大問題なのです。


 ですが、お客様はそんな事情は知りません。

 お客様は焼き上がった外殻を見て満足そうにくつろいでらっしゃります。

 人の好いメトレス様はそんなお客様をほっておいて出かけることもできません。


 ですが、ここに私が居ます!

 私にはお客様のお相手はできませんが、溶接用のネールガラスを受け取りに行くことはできます。


 メトレス様は急いでシモ親方宛の手紙を走り書きで書きます。

 私は喋れないですからね、私には事情をシモ親方に説明することはできません。


 溶接用のネールガラスを受け取るための粘土と石綿でできた坩堝も持ちます。

 坩堝と言っても小型で桶程度の大きさですけどね。

 これに精製されたネールガラスを入れて、戻ってくるだけです。

 何の問題もありません。


「プーペ、悪いけど気を着けて。親方にこの手紙を見せてくれればわかるようにしてあるからな」

 メトレス様は心配そうに声をかけます。

 私はメトレス様の言葉に強く頷きます。

 任せてください、メトレス様。

 しっかりとお役目を果たしてきます。


「ああ、あと、坩堝の扱いは特に気を着けてな。超高温のネールガラスは危険だし、それに受け取ったらすぐに急いで、いや、急がなくていい。慎重に帰ってくるんだ、いいね?」

 はい、急ぎつつも慎重にですね。

 せっかく熱せられた貴重なネールガラスです。

 冷えてしまったら意味がないですものね。


「その時…… プーペが帰ってきたときボクがまだ話していたら、保温炉の上に坩堝ごとで良いから置いておいてくれ。坩堝の蓋は開けるなよ? 絶対に」

 保温炉。

 メトレス様が良く使っている小型の炉ですね。

 その上に坩堝ごと乗せるのですね、承知しました。

 それと蓋は絶対にあけない。

 これも胸に刻みます。


「あと、あと、ああ、シモ親方の注意もしっかり聞くんだぞ? 後は…… なんかあるか? とにかく気を着けて、無事に、一番は無事に帰ってくることだ、いいね?」

 メトレス様はそう言って私の服のポケットに手紙を入れて、急いで唯一毎日掃除してくれと頼まれた応接室へ駆け込んでいきました。

 余りお客様を待たせるのも悪いですしね。


 さあ、使命です。

 お手伝いの時間です。

 一人でディオプ工房までお使いです。

 気合を入れますよ!

 この身に変えても、溶接用のネールガラス、持ち帰ってきます!!


 あっ、無事に帰ってくるのが第一でした。

 そちらを優先しないといけませんね。

 人形は命令に忠実でなければなりません。


 さあ、頑張りどきですよ!





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