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【第八話】人形の願い

 メトレス様は窯に火を入れてから、真剣な表情で窯を見ています。

 特殊な窯で燃焼室が多段式になっていて窯の温度を超高温で安定して保つことができるそうです。

 超高温ともなると温度を測るのも職人技です。

 窯の内部の炎の色合いを見て温度を見極めるそうです。

 また、最終確認では燃えにくい金属の糸を窯内に入れて溶けるかどうかで確かめるんだとか。

 この窯は多段式で燃焼室をいくつも連結することで火力と安定性を高めます。

 その分、いくつもの燃焼室を見なくてはならないので、火の番は大変なんだそうですが。

 でも、私もお手伝いしています。

 火の具合は私にはわからないけれども。

 一定の間隔で規則正しく脚踏み式のふいごを踏みます。

 これならできます!

 人形の外殻の焼成には何時間も超高温を維持して熱しなければならないそうです。

 とても大変な作業ですね。

 まずゆっくりと数時間をかけて窯の温度を超高温までもっていきます。

 しかも、ただ超高温で保てばいいというわけではありません。

 温度が高すぎれば、出来上がりが粗くなり、強度や靭性が低下してしまうそうです。

 逆に温度が低すぎると、結晶が上手く結合しなくなり、やはり強度が低下や、内部に気孔が残ってしまうそうです。

 一定の超高温を保つことが一番大事だそうです。

 そうしていると徐々に型が膨張し初め、外殻本体に圧力をかけていきます。

 数時間、場合により十時間もの間、超高温を保ち焼成し続けます。

 それで終わりではなく、その後、また何時間もかけてゆっくりと窯内の温度を徐々に下げて行かないといけません。

 今はまだお昼ですが、メトレス様の見立てでは、焼成だけで夜まで、徐冷を含めると朝方までかかるとのことです。

 その間、人形技師は窯の温度に気をつけて、窯の様子を見続けなければなりません。

 気を抜くことも許されない、本当に大変な作業です。

 でも、私がいます。

 人形である私は休憩も必要ありません。

 メトレス様の負担を少しでも軽くしたいです。

「プーペ、すまないが倉庫から炭の補充を頼む。場所は変わるか?」

 私はメトレス様の問いにしっかりと頷きます。

 ですが、メトレス様は窯の様子を見るのに必死で私の方を確認できていません。

 こういうとき、声を出せたならば…… と、どうしても考えてしまいます。

 人形は、声は出せないものなんでしょうか?

 今、思っていることを口に出したいだけなのですが。

 人形ではありますが、人形のことをそれほど私は詳しくは知りません。

 私が知っていることはすべて、メトレス様が楽しそうに話されたことだけです。それを覚えているだけです。

 声を出すという事は、そんなに難しい事なのでしょうか?

 私には、やはりわかりませんね。

 ああ、いけません。

 今は炭の補充を急ぎませんと!

 倉庫に行き、それらしい袋を見つけます。

 確認のため麻袋の中を見ます。

 麻袋の中には真っ黒で薪ような炭が入っています。

 それを確かめた私は一袋丁寧に、中の炭を割らないように持ちか替え、メトレス様の元へ戻ります。

「ありがとう。半分はここに置いて、シモ親方の方に残り半分持って行ってくれ、むこうもそろそろ少なくなっているはずだ」

 私は頷きますが、やはりメトレス様は窯に夢中です。

 お仕事ですからね、仕方ないです。

 真っ黒な薪を丁寧に積み重ねて、メトレス様の手の届く場所に置いていきます。

 麻袋に入っている半分ほどを置いた後、私は麻袋を持って、今度は炉の方に向かいます。

 私がシモ親方に墨を持っていくとシモ親方は驚きます。

「メトレスの命令か?」

 と、聞かれたので私は素直に頷きます。

「そうか、本当によくなついているな。これからもあいつの面倒を頼むぞ」

 と、笑いながらそう言いました。

 私も力強く頷きます。

 特に指示がなかったので、シモ親方には麻袋を手渡して私はメトレス様の元へ帰ります。

 結局、メトレス様のお仕事が終わったのは本当に夜明けになってからでした。

 日が落ち暗くなり、そして、明るくなった頃です。

 ついでにメトレス様は煤で顔を真っ黒にしています。

 もしかしたら私もそうかもしれません。

 その頃に、シモ親方が窯の方に顔を出します。

 そして、

「メシは食っていくだろ?」

 と、疲れ切っているメトレス様に声をかけます。

「はい、ありがたく」

 メトレス様は疲労を隠しもせずにそう言いました。

 昨日の昼からメトレス様は水しか飲んでいないので心配でした。

 きっとメトレス様は家に帰ったら、そのまま倒れる様に寝てしまうはずなので、ここで食事をしていくことに私は一安心です。

 メトレス様にはしっかりと栄養を取っていただかないと。

「で、焼き上がりはどうよ」

 シモ親方にそう聞かれたメトレス様は目を輝かせます。

 私には出来の良し悪しはわかりませんけども、メトレス様の顔を見る限り良い出来立ったのでしょう。

 なんだか私も嬉しくなります。

「かなり細目の型なので、かなり圧力をかけてじっくりと焼きました。ヒビも見えませんし成功です」

 焼き上がった人形の外殻部をシモ親方に手渡しながら、メトレス様は嬉しそうに報告します。

「どれ…… ふむ。まずまずだな。悪くはない」

 事細かに焼き上がった外殻部をチェックしながらシモ親方はそう言います。

 悪くはない、と言ってますが、シモ親方の顔も笑顔です。

 その笑顔を見る限りは良い出来なのでしょう。

 多分ですが。

「ありがとうございます」

 シモ親方の言葉にメトレス様は頭を下げます。

 それを見たシモ親方は意地の悪い笑顔を見せます。

 そして、

「でも、顔が煤まみれだな。炭を無駄に使いやがって。上手くやればもっと煤は少なくなる。その方が仕上がりも良くなるぞ」

 と、厳しいことを仰られます。

 いえ、いえいえ、メトレス様は頑張りましたよ。

 頑張っておられましたよ?

 それは私が保証いたします。

「すいません……」

「まあ、でも、確かに悪くない。客の要望通りの出来だろうよ」

 素直に謝るメトレス様にシモ親方も最終的には褒めてくださいました。

 これは褒めてくれているのですよね?

 ねぇ?

「ありがとうございます」

「んじゃ、中に入って飯食っていけ。もう用意させている」

 そう言われたメトレス様は私の方を見ます。

 そして、ハッとした顔をします。

 炭を運んでいた私はメトレス様以上に黒く汚れています。

 今の私を食卓へは連れていけないでしょう。

 大丈夫です。私は、プーペはちゃんとそのことをわかっています。

「はい。プーペ、すまないが少し待っていてくれ」

 私は頷きます。

 人形に食事は必要ありませんからね。

 ここで焼き上がった外殻部の番をしておきます!

 お任せください。

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