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【第七話】人形の暮らし

 私は、プーペは幸せ者です。いえ、幸せ物?

 人形は人ではないですからね。

 御主人様に、メトレス様にこんなにも大事にしてもらっています。

 どう大事にされたかって?

 朝起きたら、おはよう、と、声を掛けられ、寝る前には必ず、おやすみ、と挨拶をされ、食事前には、いただきます、帰って来た時には、ただいま、と言って頂けます。

 これが幸せじゃないとしたら、何が幸せなのでしょうか。

 私はきっとこんな生活に憧れていたのです。

 一つ不満があるとしたら、メトレス様に返事をして差し上げたい、といったところでしょうか?

 ああ、ああ、でも、早く料理を作りって差し上げたいですし、お仕事のお手伝いもして差し上げたいです。

 料理とお仕事のお手伝いは後々できるかもしれませんが、返事は無理ですね。

 私には、人形にはそんな機能はついていません。

 今日のメトレス様は先日に型を決めた人形の外殻部を作るために、型に粘土を詰めています。

 人形の外殻である陶器は特殊な焼成のしかたをするそうです。

 粘土を型に詰め、型ごと超高温で熱せます。

 なので特殊な窯が必要なのだそうです。

 型も使い捨ててで熱を加えられると膨張するそうです。

 それにより外殻部は圧力と熱、両方を加えられながら焼成されて行きます。

 特殊な粘土、特殊な焼成方法。この二つが人形の外殻、セラス・ミクシズの秘密らしいですよ。

 非常に硬く割れにくい上に滑らかで白い、そんな陶器になるそうです。

 私の肌は真っ白ですが、メトレス様が今作っているオーダーメイドの人形の方は少し肌色に近い染色がなされています。

 メトレス様とお客様で何度か打ち合わせを重ねた結果、耐久重視よりも見た目重視という事でまとまりました。

 なので、今、メトレス様が作られている人形は私よりも一回り細いです。

 お客様が言うには家の中で、メイドとして使うから、それほど耐久力は必要ない、という話でした。

 なんでも嫁に行く娘のための嫁入り道具の一つにするとのことだそうです。

 結婚ですか。

 人形である私には関係のない事ですが、憧れはします。

 メトレス様もいつしか結婚なさるのでしょうか?

 もう結婚適齢期ですよね、メトレス様も。

 お相手はいるのでしょうか?

 メトレス様は仕事もあり、収入も安定しておりますので、お相手さえいれば、すぐにでも……

 どんな相手がお似合いでしょうか?

 やはり、どこかいいところのお嬢様でしょうか?

 メトレス様ほどの男性なら、そうでしょうね。

 気になります。とても気になります。

「プーペ、悪いんだが少し手伝ってくれ」

 お呼びです!

 メトレス様がお呼びです!

 何でしょうか、メトレス様! 今、プーペが参ります!

「詰め終わった型を親方の工房まで運ぶのを手伝ってほしいんだ。まあ、なんだ。初めての外だがボクも一緒だ。心配することはないよ」

 初めての外……

 確かに初めてです。

 私はメトレス様の家の中しか、未だ世界を知りません。

 外とはどんなところでなのでしょうか。

 少し怖いですがメトレス様と一緒なら平気です。

「プーペ、重くないかい? すまないね。プーペにばかり持たせてしまって」

 問題ありません。

 私は人形です。

 なので、力持ちですので。これくらい人形の私からすると大したことはありません。

 確かに人形一体分の外殻部すべてを運ぶのは大変ですね。

 細かい部品もたくさんありますし。

 それらを落とさないように気を着けて運びながらも、私の目は外へ向けられます。

 外、街中を歩きます。

 様々な人がいます。

 人形は街中では見かけません。

 それなりに高級品ですからね、人形は。

 見新しいと思いながら歩いているとすぐに、鼻潰れの親方のディオプ工房につきます。

 元からそう遠くはないですけどね。

 ここは大きな工房です。

 メトレス様の住居と工房が一体になった工房とは、その大きさ、造りがまるで違います。

 ですが、メトレス様の工房だって負けていません。

 繊細で静かで、かわいらしさがあります!

 一番違うと言えば、大きな窯と立派な炉があることでしょうか?

 外殻を焼くための大きな、それこそ小屋一つ分くらいある窯があります。

 その隣には炭がたくさん積んであります。

 更に、少し離れた奥、屋根のある場所には、化石からネールガラスを抽出するための炉もあります。

 どちらも既に火が入れられていて物凄く暑そうです。

「親方、窯を貸してもらいます」

 そう言ってメトレス様は頭を軽く下げた。

 シモ親方は、メトレス様を見て、にっこりと笑います。

 そして、シモ親方は私を見ます。

 人形として、メトレス様の師匠であるシモ親方のチェックは少し怖いものがありますね。

 鋭い目つきで私を観察します。

「おお、メトレス。それがお前のお手伝い人形か? もう外に出しても平気なのか?」

 けど、シモ親方はすぐに私から興味がなくなります。

 どうも私が外に出ていることに、少なからず驚いていたようなだけのようです。

「はい、プーペはかなり賢く優秀ですからね」

 そう言ってメトレス様はにこやかに笑います。

「確かによくなついているしな。何の魂を入れたんだ?」

 人形技師同士のお話ですね。

 魂、私の核に封じられている魂のお話ですか?

「猫…… ですよ。家の方で餌をやっていたら懐いて住み着いた猫の魂です。数年前に死んでしまいましたが核に入れて置いたのを使いました」

 それは初耳です。

 私は人形になる前は猫だったのですか?

「猫か。よくなついていそうだし犬かと思ったがな。猫も悪くない、確かに賢いしな。まあ、少し気まぐれなところがあるがな」

 犬と思われましたか? 猫も犬も嫌いではないです。

 どちらも可愛いですね。

 それにしても、私は気まぐれでしょうか?

 私には猫の魂が入っているのですか?

 あまりピンと来ません。

「えっと、プーペだったか? プーペ? プーペか。メトレスらしい名前だな。型は窯の方に一部屋に一型ずつ入れてくれ」

 はい、わかりました。

 鼻潰れの親方様。

 本当にお鼻がつぶれていらっしゃるのですね。

 窯の蓋を開け、そこに型ごと外殻を置いていきます。

 にしても、プーペという名にどんな意味が?

 私の頭の中にはそんな情報は入ってないですね……

 メトレス様に聞きたいですが、私は喋れませんので聞くこともできません。

 そんなことよりも、お仕事です!

 メトレス様のために、お師匠様のシモ親方にも私の仕事ぶりを見せなければなりません!

 私を作ったメトレス様は優秀なのですから!

 私の仕事っぷりを見てシモ親方も驚きます。

「おお、凄いな。もうこんな動きもできるのか」

 えっへん。

 私の仕事ぶりにシモ親方も驚いています。

 とは言っても窯の部屋に型を入れ込んでいくだけですが。

 他の人形にはこんな作業もできないのでしょうか?

「ええ、プーペは本当に優秀で」

 そう言って、メトレス様も自慢げに笑ってくれます。

 私も頑張ったかいがあるという物です。

 笑うメトレス様を見たシモ親方が、少ししんみりした表情を見せます。

「まあ、なんだ。お前も良く立ち直ったもんだ。一時はあのままダメになるんじゃないかと思っていたがな」

 シモ親方はそう言って、メトレス様の肩をバンバンと力任せに叩きます。

 あまりメトレス様を叩かないでください!

 メトレス様は、きっと、多分ですが繊細なのですから!

 けど、立ち直る? メトレス様は以前に落ち込んでいたのですか?

「ありがとうございます。親方のおかげですよ」

 そう言ってメトレス様は笑います。

 少しはかなげに、悲しそうに笑います。

「ハハ、そうだろうそうだろう。今日は泊まりだよな」

「ええ、今から焼成すると、終わるのはもう真夜中ですしね。それに徐冷こそが本番ですからね」

 メトレス様は少し考えてそう言いました。

 少し考えているとき、チラッと私のことを見ます。

 私のことを考えてくれているのですね。

 大丈夫ですよ、私は寝なくても平気ですからね。

 家で一人でお留守番は寂しいですからね。

「うむうむ。流石オレの弟子だ。オレは炉の方で作業しているからな。何かあったら声を掛けてくれ」

 メトレス様はその言葉を聞いて、少し不安そうな顔をします。

「炭は平気ですか?」

 竈の横にはたくさんの炭がありますが、これだけでは足りないのでしょうか?

「ああ、まだまだたっぷりあるぞ。倉庫の方にもあるからな」

 それを聞いたメトレス様は安心した表情を見せます。

 どうやら横に置いてある炭の量では心もとなかったようですね。

「少なくなったらプーペにでも運んでこさせましょう」

 はい、頑張りますよ!

 メトレス様の為なら、炭で汚れるくらいなんてことはないです。

「そいつは良いな。作業に集中ができる」

 シモ親方も笑顔でそう仰りました。

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