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禁忌の愛~目覚める人形と人形技師
只野誠
異世界恋愛人外ラブ
2024年07月16日
公開日
57,036文字
連載中
【月・水・金曜日に更新予定】
人形として目覚めたプーペは御主人様であるメトレスと人形として幸せな時を過ごす。
だが、人形と人形技師とのささやかな恋の行方は、いつしかグランヴィル市と奇病を巻き込んで次第に愛憎渦巻くものへと変貌していく。

【第一話】人形の目覚め

 私が初めて目を開けると男の人の顔が私の視界に入りました。

 少し疲れた顔の、悲しそうな顔をした、短い銀髪で青い瞳の男性。

 私はその人間を知っています。

 初めて見る人ですが、私は知っています。

 私を作った人です。

 私に刻まれた記憶ではそうなっています。

 言うならば私の御主人様です。

 じっと御主人様を見る私に、御主人様からからかけられた言葉は、

「おはよう、君の名は…… そうだね、プーペなんてどうだい?」

 でした。

 御主人様は少し悩まれてから、私の名を決めてくれたようです。

 私は自分が人間ではなく人形だと、目覚めた瞬間からちゃんと自覚できています。

 陶器の外骨格、その内部には特別な非晶質固体の繊維が張り巡らされている人形です。

 私を構成するのは陶器とガラス、それだけです。

 それが私、しゃべることもできない人形と呼ばれる存在。

 人を手助けするために、御主人様に作られた、ただの人形。

 それが私という存在です。

 私はプーペという名を御主人様より頂きました。

 これは幸せなことです。

 人形の中には名前を頂けない、そんな人形も少なくはないですからね。

 水晶のようなガラスの目を通して。

 再度、御主人様を見ます。

 御主人様は人間です。

 私とは違う、生きた人間です。

 優しそうな人です。

 寂しそうな笑みを浮かべる人です。

 私が仕えるべき人、私の創造主、私の愛すべき御主人様です。

 短い銀色の髪、深く青い瞳、長く細く美しい指がとても印象的です。

 もっと、よく御主人様を見たくて冷たく硬い陶器の身を起こします。

 私の内部のガラス繊維が擦れ合い、嫌な甲高い音をギギギッと鳴らします。

 その音を聞いて御主人様が私に笑いかけてくださります。

「ああ、まだネールガラスが馴染んでいないようだね。大丈夫さ、すぐに最適化されていくはずだから」

 御主人様の言葉に、はい、と私は答えたかったけど、私には口はありません。

 声を発する声帯もありません。

 なので、言葉を話すことはできません。

 人形として、外見上だけの、飾りの鼻も口はついてはいますが、私の口は開きもしません。

 開く必要もないものです。

 本当にただの飾りです。

 私は人形です。

 陶器の外骨格を持つ球体人形です。 私の内側には、ネールガラスという特別なガラスで作られたガラス繊維が張り巡らされた『人形』と言われる物です。

 それが私という存在。

 人形と言われる生物でもない物体。

 人に仕えるためだけの物。

 御主人様とは違う存在……

「えっと、プーペ、体に違和感…… だらけだろうが、動かない個所などないかい?」

 御主人様は私に少し悲しそうな笑顔を向けてそう聞いてきます。

 何がそんなに悲しいのでしょうか。

 私にはわかりません。

 そんな顔をなされないでください、私まで悲しくなってしまいます。

 でも、人形である私に、そんな感情のようなものがあるんでしょうか?

 そんなことは置いておいて、とりあえず、言われたことを実行しなければなりません。

 私は御主人様の人形なのですから。

 私の可動部を上からチェックがてらに動かしていきます。

 頭部の可動部は瞼だけです。

 ちゃんと開閉できます。瞼を閉じれば視界も遮られます。

 正常です。問題はありません。

 続いて首です。

 動かすごとに甲高く擦れるような不快な音が鳴り響きます。

「少しネールガラスを織り込みすぎたかな。まあ、その辺もすぐに鳴らなくなるさ」

 御主人様はそう言って首をかしげます。

 御主人様が言うならばそうなのでしょう。

 首も甲高い音を除けば問題なく動きます。

 次は肩を動かしてみます。

 首の時とは比べ物にならない嫌な音が、軋むような音が鳴り響きます。

 言われたように上から順々に可動部を動かしていきます。

 どれも動かすと甲高い音が鳴りますが、ちゃんと私の思い通りに動いてくれます。

 なんの問題ありません。

 御主人様が丁寧に作ってくれたんです。問題があるわけありません。

「ちゃんと全部動くようだね、じゃあ、次はこれ、卵だけど割れずに持てるかい?」

 卵。

 鳥の卵、鶏の卵。栄養価に富み、安価で入手しやすい食料の一つ。ですが生食は危険。

 様々な料理に使うことが出来る。

 割れやすい食品で落とすと割れる。

 そんな情報が、卵を視認した私の頭の中に浮かび上がってきます。

 私は頷いてから、御主人様の持つ卵に、ゆっくりと体を軋ませながら手を伸ばします。

 それを掴みます。

 だけど、次の瞬間、卵は私の手の中で、私の指によって卵は簡単に割れ潰れてしまいます。

 私の力が強すぎたようです。

 ああ、ああ、すいません。

 御主人様からの命令をはたせませんでした。

「やっぱりいきなりは無理か。ほら、もう一度だ」

 そう言って、御主人様は卵の内容物で汚れた手を拭いて、もう一つ割れてない卵を取り出してくれました。

 はい、次こそは必ず、と、心に刻みます。

 人形である私に心があるかどうかなど、わかりませんが。

 御主人様がそう言うのであれば、実行するだけです。それが私の存在意義です。

 私は細心の注意を払い、優しく卵を指で掴みます。

 私の指は御主人様の指とは違い弾力性はありません。

 硬い陶器の指先です。

 だから、慎重に卵を掴まなければなりません。

 手を、指を、不愉快な音で軋ませて、卵を優しく掴み取ります。

 今度は割らせるものですか。

 そのかいあってか、卵は割れずに御主人様の手から私の手へと無事移すことに成功しました。

「おお、二度目で卵を掴めるようになるなんて、プーペは優秀だな。出力の調整も問題なしと、続いてのチェック項目は……」

 お褒めいただきありがとうございます。

 嬉しそうな御主人様を見ると私もやっぱりうれしくなります。

 私の顔の表情が動いたのなら、私は今、笑顔を浮かべていたことでしょう。

 けれど、私の頭部の可動部は瞼だけです。

 私は表情など作れません。

 たとえ、私の中のネールガラスの繊維がどんなに最適化され、進化しても、それだけは、私が表情を作ることだけはできません。

「そうだ、まだ名乗ってなかったな。ボクはメトレス。メトレス・アルティザン。キミの生みの親の、まあ、人形技師って奴だよ」

 メトレス様。

 それが御主人様の名前。

 深く、深く心に、私の中身、ネールガラスに深く刻み込みます。

 決して忘れないように刻み込みます。

 なんだかとても懐かしく愛おしい名に、私は、プーペは、そう感じます。

「それと、動作チェックが全て終わったらで良いんだが、この服を着てくれないか」

 そう言われて差し出された服は、新品の物ではなかったけれど、初めての御主人様、メトレス様からのプレゼントです。

 嬉しくないわけわりません。

 さっさと動作チェックを終わらせて、この服に、どこか見覚えがあるエプロンドレスです。

 この服の袖に手を通しましょう。

 なんだかとっても楽しみです。

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