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第7話 革命と告白

 木曜日は、生徒会の定例会議の日だ。全ての授業が終わり、生徒会室の扉を開けたら――そこに、やたらと上機嫌な華村生徒会長が、椅子に座って微笑んでいた。


「あれ、会長お早いですね……?」

「こんにちは、柿崎くん。君も来るのが早いねぇ? そんなに定例会議が楽しみだったのかな」

「あっ……こ、こんにちは! えっと、まぁ……そんな感じです」


本当は、昨日仲良くなったルイくんと会議前に少しでも長く話したくて早く来たのだが、彼はまだ居ないようだった。

返答に困り曖昧に笑った俺を見て、華村生徒会長は「冗談だよ」とにこやかに言う。立ったままだと変なのでとりあえず近くの席に座り、俺はスクールバッグから青いパッケージのチョコレート菓子を取り出した。


「おや、お菓子タイムかい?」

「はい、ちょっとお腹すいちゃって……会長もどうですか?」

「じゃあ、ひとつ貰おうかな。ついでに紅茶を淹れようか」

「へっ?」


最初に会った時と似たような展開だ。会長は「チョコレートだから、ミルクティーがいいね」と椅子から立ち上がり言いつつ、どうしてか既に温めてあったティーポットに茶葉を入れ、お湯を注いで茶葉を蒸らす。このくらいかな、と体内時計で蒸らす時間が分かるのか会長は手馴れた手つきでティーカップにストレートの紅茶を注ぎ、生徒会室に設置してある一人暮らし用のサイズの冷蔵庫から牛乳を取り出した。


「ミルクの量は僕の好みで大丈夫かな?」

「あ、はい……すみません、また紅茶淹れてもらっちゃって……」

「謝らないで、僕が好きでしていることだから。こうしていると、初めて出会った時のことを思い出すね……ふふ、あの時も柿崎くんは緊張してたっけなぁ」

「なっ……!? そ、そりゃ緊張もしますしっ! 先輩でしかも生徒会長を目の前にしたら、華村会長だって俺みたいな反応しますよ!」

「どうだろう? 幼い頃は常に周りには大人しか居ない生活だったからね、そんなに今と態度は変わらないんじゃないかな?」

「くっ……育ってきた環境……!!」


俺の反応に会長は「あはは、心の声が漏れてきたのは慣れてきた証かな」と嬉しそうに笑った。そして、牛乳を適量入れた紅茶の入ったティーカップを丁寧に俺の目の前に置き、華村会長もティーカップを持って俺の近くに座る。


「ありがとうございます、いただきます」

「うん。僕もいただくね、チョコレート」

「まだ二箱あるのでたくさん食べてくださいね」

「えっ、そんなにかい?」

「これ大好きなんですよー! 昨日もルイくんとこのお菓子で盛り上がって!」

「ルイ……は、確か……一ノ瀬くん家の兄のほうか」

「そうです」

「じゃあ、昨日はここで二人で作業をしていたんだね。お疲れ様……そういえば、さっき役員確認済みの箱に紙が入ってたなぁ。あれかい?」

「多分そうだと……俺がやってたのは今年度の部費が確定したやつの確認で、ルイくんは入部届けに不備が無いかの確認、だったかな……あ、部費のやつは確認したとはいえ俺も見落としてたらアレなんで会長、最終確認お願いします」

「ああ、多分その紙だね。分かった、できるだけ早く確認するよ」


お願いします、と頭を下げてから封を開けた箱からチョコレートをひとつ摘み、口に放ってから華村生徒会長が淹れてくれたミルクティーで流し込む。甘いチョコレートが甘すぎない控えめなミルクティーと合わさり、まろやかになってなかなか美味しかった。


「ん、合う!」

「うん、とても美味しいね。こういうチョコレートは初めて食べるけど、僕も好きになりそうだ」

「えっ、市販のチョコレート菓子食べないんですか?」

「そうだねぇ……少なくとも、このパッケージのチョコレートは初めて食べたよ」

「ちなみに……普段は何を食べて……?」

「うーん、何だろう……この前のお茶菓子のクッキーとか、うちのシェフのベリージャムのクッキーとかかな? お菓子の選択は紅茶基準になっているから、チョコレートはあまり食べないね。一般的に売られているようなお菓子も、家の方針で制限されているからそんなに食べないかな」

「今すごく過ごしてきた環境の違いに改めて驚かされています」


「そんなに違いは無いと思うけどね」、と会長は言う。そんなことは無いと俺は思うも、育ってきた環境なんて人それぞれ、十人十色なんだから当たり前だ。


そこで、コンコンと扉をノックする音。


「どうぞ」


紅茶をひと口飲んだ会長が机にカップを置きながら答えれば、扉を開いたのは神田副会長だった。


「華村会長、今日は会議の日……って、おふたりで何をして!?」

「見ての通り、お茶会だよ?」

「生徒会室でお茶会をするのはやめていただきたい!! これから定例会議でしょう!?」

「神田くんは堅苦しいんだよ。ねぇ、柿崎くん?」

「え? 俺ですか?」


いきなり話を振られて戸惑うも、俺も会長もここでお茶をしているという事実は変えられないわけで。

どう返事をしようか悩みに悩んで、出た答えは……。


「神田副会長も一緒にどうですか?」

「は!?」

「あぁ、それはいいね。生徒会室でお茶をしてはいけないというルールは無いわけだし、そんなルールがもしあったとしても……この生徒会室の決め事に関する全権限は、生徒会長であるこの僕にあるよね。ね、神田くん?」

「そ、それはそうですが……しかし……」

「今日のお茶請けはチョコレートだよ」

「チョコレート、ですか……?」

「神田くん、確か好きだったよね、チョコレート」

「えっ、そうなんですか?」

「うん、一年生の時に同じクラスで何度か話をする機会があったんだけど、好きな食べ物は何かと聞いたら嬉しそうに、」

「華村生徒会長!? 個人情報をペラペラと話すのはやめていただきたい!!」

「えぇ? 好きな食べ物の話は個人情報に入るのかい? それに、君の「やめていただきたい」を聞いたのは今日は二度目だね」

「言わせているのは会長でしょう!?」


まぁまぁ、と穏やかに宥めている華村会長にとっては、このやり取りはいつものことなのだろう。神田副会長も、心底嫌だ……という訳ではなさそうだ。俺はチョコレートのパッケージの空箱を手に持って、神田副会長に見せる。


「青いチョコレートはお嫌いですか?」

「……っ! それは俺の一番好きな……」

「美味しいですよね、これ。副会長もご一緒にいかがですか? まだまだ沢山あるので、みんなで食べましょうよ」

「き、君がそう言うなら……お言葉に甘えさせて、もらおう……」

「素直じゃないね。さて、紅茶をもうひとつ淹れなきゃね」

「……すまない、華村会長。お願いします」

「うん」


俺の横に座って、大人しくチョコレートのパッケージをじっと見つめる神田副会長。それと入れ替わるように華村会長が紅茶を淹れに立った瞬間、また生徒会室の扉が開いた。


「遅れちゃってごめんなさい! ホームルームが長引いちゃって!」

「会長~! ぼくたちも遅れちゃった~! ごめんなさい!」

「掃除当番だったの! ごめんなさーい! あ、マナトは昨日ぶり!」

「八代先輩、ルカくん、ルイくん……」

「おや、全員揃っちゃったね」

「あら、お茶会でもしていたの? 紅茶のいい香りね」

「そんなところかな。そうだ、今日の会議はお茶をしながらやらないかい?」

「優雅でいいじゃないの。あたし、お茶をしながらの会議なんて初めてでドキドキしちゃうっ!」

「会長の淹れてくれたお茶が飲めるのっ!? ねぇねぇルイ、こんな奇跡みたいなことがあっていいのかなっ!?」

「ほんっとに奇跡だよ~! やったね、ルカ! ねぇマナト、もしかしてお茶請けって……」

「うん、これだよ」


そう言いながら、俺はパッケージの空箱をルイくんに見せる。それを見て「やったぁ!」と小さな子供のようにはしゃぐ彼の姿を見て、可愛らしいなぁとほっこりした気持ちになった。


「全員席についてね。柿崎くん、悪いけど今持っているチョコレート、全て開けてもらってもいいかな? 代金は後で僕が払うから」

「いいですよ、お金なんていらないです。みんなで同じお菓子を分け合えるのが何よりも嬉しいから」

「……そうかい? なら、お言葉に甘えさせて貰おうかな」

「はい」


一人一人が近い席に座り、全員が着席したことを確認した俺は青いパッケージのチョコレートを全部開けて、それぞれが取りやすいようにトレーに並んだチョコレートを置いていく。一方、生徒会長は追加のミルクティーを淹れ、俺を含めたそれぞれの前にスマートフォンと一緒に置いた。


「? これは?」

「今から説明するよ。これから第二回目の定例会議を始める。紅茶を飲みながら聞いてほしい。さて、今みんなの目の前に置いたスマートフォンだけど、校長並びに理事長から許可を得て全校生徒が所持できるようにしたよ」

「えっ? 前生徒会長も出来なかったことを、華村会長がどうして……?」

「八代先輩が戸惑う気持ちも分かります。理事長の主張は、「生徒がスマートフォンを持って勉強が疎かになることが懸念事項としてある」とのことだった。それなら、勉強に支障をきたさない限定的な機能のみを使えるスマートフォンなら問題は無いですか、と僕が理事長に提案したら、意見が通ったよ」

「さすが華村生徒会長です、素晴らしい」

「スマートフォンは全校生徒分を全て華村グループが用意し、機能は電話とメールとLINEアプリ、時計にアラームのみ。その他の検索機能やゲームの類などは使えないし、使用出来るのは寮を含めたこの学校の敷地内のみだから覚えておいてね」

「そんなことができるんですか? インターネットが使えないのに、LINEは出来るスマートフォンなんて聞いたことがありません」

「出来るから用意したんだよ、柿崎くん。手始めに生徒会メンバーに渡したその端末に入っているLINEアプリには生徒会のグループを組んであるから、全体に伝えたい要件があればそこに書き込んでほしい。メールアドレスと電話番号の登録も、生徒会メンバーの分は済んでいるので自由にやり取りしてくれて構わない」


「とりあえずこんな感じかな」、と華村生徒会長は涼しい顔で言うけれど、凡人の俺からしたら相当意味のわからないことをしている。全校生徒分のスマートフォンを用意したこと、限定的な用途でしか使えないインターネット回線。魔法でも使わないとそんなことは出来ないはずなのに、会長は平然とそれをやってのけるからなかなかに凄い人だと思うし、改めて華村グループの財力に驚かされた。


「ほんとだーっ! 会長の連絡先も、マナトもあるし、ルカのも! あっ、八代先輩も神田先輩のもあるっ! 良かったねルカ、これで大雑把な時間設定で玄関で待ち合わせてて、どっちかが遅れたり具合悪くて休むってなった時でもすぐに連絡できるよ!」

「ぼく、体調崩しやすいから助かるー! 華村会長、ほんとにありがと! これで学校生活が過ごしやすくなるよー!」

「そう言って貰えて良かったよ。あぁ、もうひとつ。生徒会メンバーは今日からスマートフォンは支給されるけど、他の生徒は来週からの支給になるから、同室の人の前でスマートフォンを使う時はちゃんとその旨を説明してあげてね」

「はーい!」

「はーい!」

「はい」

「わかりました」

「分かったわ」


それぞれ返事をして、それぞれ紅茶に口をつける。そしてチョコレートをつまんで、ほっと一息。


「美味しいね」

「そうですね」

「この件に関して、何か質問がある者はいるかな?」


会長の質問に、手を挙げる者はゼロ。全員納得しているということだ。


「いないみたいだね。前回の会議の時に出た議題は、これで解決とする。そして次の議題だけど、来週からスマートフォンの支給が始まるのと同時に意見箱の設置を考えているんだけど、どうかな」

「自分はいいと思います。集まった意見からまた新たな議題が生まれ、生徒会が解決できるように動けるのはこちらとしても理想ですから」

「生徒一人一人に違う悩みや不満があるから、それに耳を傾けるのもあたし達の仕事よね。あたしも賛成よ」

「俺も良いと思います。色んな人の意見が聞けるチャンスでもあるから」

「ボクとルカも、もちろん賛成だよー!」

「ていうか、ぼくは生徒会っていったら意見箱のイメージがあるかなーって」

「決まりだね。猶予は一日しかないけど、箱は明日までに僕が用意するから。もし明日空いてる者がいたら箱に『生徒会意見箱』、みたいに分かりやすくマジックで書いてほしいな。お願いします」


華村生徒会長は深くお辞儀をしてから、顔を上げてにっこりと笑う。後で明日の放課後の予定をそれぞれ確認してから、グループLINEで『自分がやる』とメッセージを送るということでこの件は終わり、第二回生徒会定例会議は幕を閉じた。


お茶請けのチョコレートと紅茶を飲み食いし、それぞれ生徒会室から寮に戻ると挨拶し、部屋を出ていった。気がついたら俺は華村生徒会長と二人きりになっていた。


会長は洗ったティーカップの水気を取って棚に戻していて、俺はゴミの片付けをしていた。

お互い無言だけど嫌じゃない時間。それに何となく落ち着いていると、華村生徒会長が「柿崎くん」と俺の名前を呼んだ。


「なんですか?」

「今日はありがとう。新しいお菓子に出会えた貴重な日になったよ」

「いえ……どこにでも売ってる普通のチョコレートなので……」

「それを知れたことが、僕にとっては貴重なんだよ」

「まぁ、人生人それぞれですよね」

「そうだね……ねぇ、柿崎くん」

「はい?」


カチャカチャとカップと金属の棚がぶつかり合う音が止んで、どうしたんだろうと思い俺が顔を上げれば、真剣な表情で華村会長は俺のことを見ていた。


「えっ、と……どうかしましたか?」

「柿崎くん、僕はね」

「? はい」

「僕はどうやら、君のことが好きみたいだ」


すき?

すきって、何だっけ……。


すき、スキ、好き。


俺の容量の少ない頭で言葉を変換していくも、やっぱり分からなくて。


「……えっ?」

「驚くのも無理はないよね。自分でも理解しているよ、これが普通じゃないって」

「いや、いやいやいや!? なんで俺、なんですか……?」

「最初に会った日……即ち、最初にお茶をした時に見た君の笑顔がずっと忘れられなかった。それだけならいいんだ、ただ「笑顔が可愛い後輩」で済むからね。トドメは今日のチョコレートの件だったよ」

「え、俺なんか会長に好いてもらえるような行動ってしましたっけ……?」

「みんなで同じお菓子を分け合えるのが何よりも嬉しい。柿崎くんはそう言ったよね」

「あ、はい……まぁ、言ったけど……」


でも、その言葉のどこが華村会長のツボに入ったのか、俺には分からなかった。

戸惑う俺を見て、華村会長はふわりとただ優しく笑った。


「返事は今すぐじゃなくてもいい、ゆっくり考えて答えを出してほしい。けど、僕は柿崎くんに僕のことを好きになってもらえるようにアタックし続けるから、これから覚悟してほしいな」

「そ、そんなこと言われても……!! 俺、どうしたら……」

「本当にゆっくりでいいよ。アタックはし続けるけれど」

「二回言った!!」


生徒会長はラストひとつのカップを棚にしまい終え、ガラスの戸を閉めた。そして自分の鞄を持って出入口の扉に手をかける。


「じゃあ、カップの収納も終わったし僕はそろそろ寮に戻るよ。最後、戸締りだけよろしくね」


それだけを言い残して、華村会長は生徒会室から出て行った。しん、と静まり返る生徒会室には俺一人取り残され、先程彼から伝えられた「好き」という言葉が頭の中をリフレインする。


とりあえず寮に帰ったら、しんたに相談してみよう。

そう強く決めて、俺はゴミの分別の作業を再開した。

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