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第6話 「生徒会での初めての友達」

「ねぇ、柿崎真翔」

「……フルネームで呼ばないで欲しいんだけどなぁ。どうしたの、ルイくん」

「よくルイのほうって分かったね? 最初はみんな区別できないのに……まぁ、それは別にいいんだけど……柿崎真翔はボクたちと同じ一年生でしょ? なのに役職についてるの、何でかなぁって」


一ノ瀬ルイは、双子である一ノ瀬ルカの兄だ。

彼はつまらなさそうに右手に持ったペンをくるくると回しながら、今年度の部費が確定した紙に不備が無いかチェックしている俺に話しかけてくる。水曜日の放課後の生徒会室で、今はルイくんと二人きりの空間で別々の作業をしていた。


「何で、って言われても……俺にもよく分からないっていうか……会長とお茶した時に、会計が空席だからそこに就いて欲しいって言われてそのまま流れで……」

「華村会長とお茶したの!? いいなぁーっ! ね、何飲んだの? 何食べたの? どんな話をしたのっ?」

「アールグレイの紅茶を淹れてくれたよ。あとは……会長のお気に入りのクッキーも頂いたかな……美味しかったなぁ、あれ。話は他愛のない話だったから、聞いてもつまらないと思うよ?」

「むぅ……いいなぁ、楽しそう……」


ルイくんは不貞腐れたように頬を膨らませて、ジト目で俺のことを見てくる。彼にとっては俺の発言は自慢話みたいな捉え方も出来るような言い方になってしまったが、俺自身はそんな意図は無くただ事実を言っただけなので、そんな目をされても困ってしまうのが本音だ。

多分、はたから見ても困った顔をしていたのだろう。ルイくんが「そうだ」と声を上げて、別の話題を振ってくれた。


「ところで柿崎真翔、ボクの家のこと……知ってる?」

「んーと、何となくだけど知ってる、かな……ええと、大手オモチャメーカー『おイチ屋』、でしょ?」

「そうっ! ふふん、ボクったらその長男なんだよ~? もちろん、買ってくれてるよね! 遊んで楽しい、壊れづらいはもちろんのこと、デザイン性も抜群なんだからっ!」

「俺たちが幼稚園くらいの時に『おイチ屋』のオモチャで怪獣のオモチャが出たでしょ? あの緑の……電池入れたら歩いたり、ボタン押したらガオーって言うやつ。あれがすっごく欲しくて、親に頼み込んで……お手伝い頑張ってやっと買って貰えたことがあったんだ。『おイチ屋』のオモチャって一般家庭にとっては結構高価で、特別な時くらいしか買って貰えないんだよね」

「まぁ、品質維持と売り上げを出す為にはそれなりの値段にはなっちゃうけど……そっか、何となく「買ってくれてるよね!」って言ってみたけど、本当に買ってくれてたんだね。ボクもあの怪獣のオモチャ大好きだったよっ! えへへっ、ボクたち同じオモチャで遊んでたなんて、運命みたいっ!」


本当に、心から嬉しそうに微笑むルイくんの姿は、まさしく『愛らしい』だった。同い年で、同じ生徒会で……でも、彼は大手オモチャメーカーの御曹司で。そんな身分の違うルイくんとは今日この時まで全然話したことがなかったが、共通の話題で話せて俺も嬉しかった。それはきっと、彼が大手オモチャメーカーの御曹司じゃなかったら出来なかった話で。

運命、なんて……俺にはその言葉は勿体無いくらいだが、言って貰えて嬉しいと思った。そういえばあの時、親に初めて強請ったのが例の怪獣のオモチャだった。


「ルイくんの家のメーカーから出たあのオモチャ、まだ家にあるかな……ほら、寮って雑誌やトランプ以外の娯楽は持ち込めないからさ。今話題に出て、買って貰った時のこと思い出しちゃって……今でも動くのかな、とか気になっちゃった」

「えー? うーん、どうだろ……いくら品質が良くて壊れづらいって言っても、十年近く前の物だから昔のように動くかなんてボクにも分かんないや。でも……高校生になっても取っておいてくれてるんだね」

「うん、大好きなオモチャだから……思い出も詰まってるし」

「『おイチ屋』のオモチャはいつでも君の隣に、ってCMのフレーズ通りっ! 柿崎真翔の元にやってきたボクの家のオモチャは、ここまで大事にされてきっと幸せだよ」

「そうかな? うん、そうだったらいいな……」


大切な、大切な俺の思い出のオモチャ。『おイチ屋』の長男だからでは無く、一ノ瀬ルイ個人として……俺の元へ来てくれた怪獣のオモチャに対して素敵な言葉をくれたのが、とても感慨深かった。


「……ルイくんは、将来は家を継ぐの?」

「まだ分かんないけど……けど、継ぐなら、ボクじゃなくてルカなんじゃないかな。ボクはオモチャは大好きだけど、それだけだし。ルカのほうがオモチャに限らずアイディア出したり、デザイン考えるの得意だしね」

「へぇ、意外……」

「中学の美術の成績もずっと5だったんだよっ? ボクの弟すごいでしょー!」

「へぇ、それは本当にすごい……あれっ、そういえば今日はルカくん居ないね? ずっと二人一緒に居るイメージだったんだけど……」

「ええっ、今更~? ボクと柿崎真翔が二人きりになってから一時間半くらい経つんだけどっ! ルカは今日、体調不良で学校お休みしてるよ」

「えっ、大丈夫なの?」


俺の心配の言葉に、ルイくんはキョトンとした顔で俺を見る。首を傾げて、頭にははてなマークが浮かんでいるのが安易に想像出来た。


「これはルカが体調管理出来てなかったから起きたことで、ボクには関係ないから……大丈夫か、って言われたら大丈夫なんじゃないかな? 明日は行くって言ってたし」

「寮の部屋、一緒なの?」

「ううん、別々だけど。一緒だったら楽なんだけどね、同室の奴に気を遣わなくてもルカが体調崩したら看病出来るし? そこは残念だけど、入学前には既に部屋割りは決まってたんだから仕方ないよねー?」

「ルイくんは、携帯無いのにどうやってルカくんが明日は行くって言ってたのを知ったの……?」

「寮出る時に玄関に居なかったから……それでルカの部屋に行ってみたら、ルカと同室の奴とすれ違って。そいつから聞いたの」

「なるほど……?」


選挙の時も、顔合わせで自己紹介をした時も、二人は仲が良く、二人でひとつなのだという印象を受けたのに、現実はそうでも無いらしい。ルイくんの反応はかなりサッパリしていて……心配はしているんだろうけど、少しドライだな、と俺は感じてしまった。


「で、でも……同室だったら良かった、って思う……?」

「そりゃね~? 十五年間兄弟やってるし、気を遣う必要が無いから同室だったらいいのになーっていう単純な理由だけどっ! ボクの同室の奴、すごい神経質でさー? ボクがちょっとでも読みかけの雑誌とか床に置いたままにしてるとすっごい不機嫌になるの!」

「それは置きっぱなしにするルイくんが悪いのでは?」

「おまえは誰の味方なのっ!?」

「え? 誰の味方でも無いけど……?」


ルイくんは「ひどいっ! 裏切られたっ!」と大袈裟に泣き真似をする。本当に泣いている訳ではないのは丸わかりなので、俺は裏切られたという言葉には何も言わず、書類の確認作業に戻ることにした。


「ちょっと、柿崎真翔聞いてるの~? ボクがまだ話してるでしょっ!」

「いや、だって俺は本当に誰の味方でも無いから……それに、完全下校の鐘が鳴る前に仕事片付けないと」

「うう~……ボクもやらないといけないのは理解してるけど……生徒会の顧問が持ってきた受理前の入部届けに抜けが無いかの確認なんて、各部活の顧問がやればいいのにっ! なんで生徒会に回すかなぁ!?」

「まぁまぁ、落ち着いてよ。チョコ食べる?」

「……もらう」


素直な反応に少し驚いたが、俺は座っている席のすぐ下に置いてあった自分のスクールバッグからチョコレートの箱を取り出して、ルイくんに渡した。


「ありがと……わ、これボクの好きなやつ! 小麦が香るクッキー生地と上のチョコの相性が抜群なやつーっ!」

「え、ルイくんもこれ好きなの? 俺も大好きでさ、カバンには常に入れて持ち歩いてるんだ」


俺がルイくんに渡したのは、クッキーとチョコレートが一体になっている青いパッケージのチョコレートお菓子だ。購買のお菓子コーナーに常に置いてあるので、毎日購買が開いている時間に2~3個一気に買って、いつでも食べられるようにカバンに入れて持ち歩いている。

チョコレートの箱を嬉しそうに眺め、しばらくしてからルイくんは箱の上の部分にある開封口をべりべりと剥がして、中の袋を開けてからチョコレートをひとつ口の中に放り込んだ。


「うーんっ! このミルキーなチョコレートと、さくさくの小麦入りクッキーの食感がたまらな~い!! 柿崎真翔も食べるでしょ? ほら」

「まだストックはあるから全部ルイくんが食べてもいいんだよ?」

「何言ってるの? ボクが! 柿崎真翔と一緒に! この箱のチョコレートを食べたいのっ!」

「えっ、そう……? じゃあ、一個貰おうかな……」


彼の行動の意図が分からずに俺は戸惑うが、ルイくんの申し出に差し出された箱の紙のトレーに並べられているチョコレートをひとつ、摘む。そして口の中に放ると、甘いチョコレートとそれに反してあっさりとしたクッキーの風味が口いっぱいに広がった。


「ん、美味し……いつ食べても変わらない味だよね」

「そうだね……ねぇ、柿崎真翔」

「なぁに?」

「ま、マナトって……呼んでも、いい……?」


俺がいつもの味に感動して話を振ってみたが、ルイくんはどこか恥ずかしそうに視線を俺から外した。その状態から紡がれた彼の言葉に、俺は思わず息を飲む。

そっか、ルイくんは……これを確認したくて、同じ箱からチョコレートを一緒に食べたいと言ったんだ。


「……うん、もちろんいいよ。むしろ大歓迎」

「ほ、ほんとっ? 嫌じゃない?」

「嫌なわけないよ、嬉しい」


「良かったぁ……」と、ルイくんは頬を綻ばせて微笑んだ。さながら天使のような容姿の彼が微笑むと、こんなにも可愛いだなんて。そんな表情を大好きな『華村生徒会長』では無く、俺に向けてくれた事実がただ驚きだった。

目を見開いてルイくんの笑顔に見惚れている俺に気づいた彼の表情は、先程までの笑顔から不思議そうなものを見る瞳に変わった。


「マナト? ボクの顔になんかついてる?」

「えっ!? いや……何も……」


言えない。君のことを可愛いと思ってしまったなんて、決して言えない。確かに全体的に小作りで俺より背が小さく、顔立ちも整っていて愛らしいとは思っていたが、笑顔がこんなにも天使のようだなんて出会った当初は思いもしなかった。

けれど、身長も顔も成績も家柄も、全体的に見て全てが普通な俺にとっては『羨ましい』という感情しかなかった。こういう時に自分がひねくれている事を自覚してしまうんだから、もうどうしようもない。ルイくんは悪くない、彼は勇気を出して俺に歩み寄ろうとしてくれて、俺が返したその返事が嬉しくてただ笑っただけなのだから。


「……マナト、さっきから変。本当は呼び方嫌だったんでしょ……? それならそうとハッキリ言ってよねっ!」

「違う! 嫌じゃないよ、すっごい嬉しい! 俺、友達とかまだ全然居なくて……だから、ルイくんが俺のことを『マナト』って呼んでもいいか、って聞いてくれた時……本当に、本当に嬉しくて……その、今の自分の心を表すぴったりな言葉が出てこなかっただけなんだ」

「ふぅん……口下手、ってやつ? 意外、さっきまで普通に話してたのに」

「だって! だって、ルイくんが……」

「? ボクが?」

「……ごめん、何でもないや。これから仲良く出来たら……俺はそれだけで嬉しいな、なんて……」

「ハッキリしないなぁ? ま、いいや……ボクのほうこそ、マナトとはたーっくさんお話してもっともっと仲良くなるつもりだからっ! 覚悟しててよねー?」

「うん……これからよろしくね」


俺の返事にルイくんは片手をこちらに向けて差し出してきたので、俺もそれに応えて手を取り、握手をする。

小さな手……でも、手を握るちからは強かった。お互い顔を見て、何だか照れくさくて俺は少しだけ笑ってしまった。そこで、手は離れる。


「さて、仕事しなきゃな……」

「そうだね……もーっ! なんでボクが入部届けの抜けの確認なんて……」

「それさっきも言ってたよね? 諦めて仕事しようね、ルイくん」

「むーっ! マナトのくせに生意気っ!!」

「真翔のくせにって何!?」


文句を言いながらも、ルイくんは作業を進めている。それに倣って俺も仕事を片付ける為に、数字だらけの紙に視線を向けた。

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