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第5話 「生徒会」

「柿崎くん」


木曜日の学校の廊下で、移動教室で化学室に行く途中で華村生徒会長すれ違い、彼は俺の名前を呼んだ。


「華村会長! こんにちは」


「うん、こんにちは。移動教室?」


「はい、化学室に」


「化学室! 懐かしいなぁ。僕も一年生の頃に戻りたいよ」


「えっ、二年生って化学室使わないんですか?」


「使うには使うけど、一年生の時よりは行かなくなったね。あーあ、あの薬品の匂い結構好きだったのにな」


「ふふっ、じゃあ俺と同じ一年生になりますか?」


「素敵な提案だね。でも、僕はもう二年生になってしまったから……学年が上がる前に留年を視野に入れておけば良かったかな」


「いや、それはやり過ぎというか……そもそも、会長のご家族が許さないでしょ……」


「うん、許してはくれないだろうね。柿崎くんと同じクラスだったら楽しそうだな、って思っただけだから、本気にしなくて大丈夫だよ。冗談冗談」


会長の冗談はどこまで本気なんだろう、と考えてしまうくらいには俺には彼の冗談が通じないというのを今理解してしまった。俺が「あはは……」と苦笑いをしていると、会長は何かを思い出したように俺に向き直った。


「あぁ、そうだ。呼び止めたのは用事があったからなんだけど」


「なんですか?」


「今日の放課後、生徒会役員が全員揃うから柿崎くんも来て欲しいな、って」


「あっはい! 行きます!」


「ありがとう。でも、こういう時にスマートフォンが所持出来無いのは少し不便だね。今度理事長に掛け合ってみようかな……」


「そうですね……相手を探さないと伝言が出来ないのは不便かも……それに、その伝言が間違っていたら大問題になりそうですし」


俺たちが通う麻ヶ丘男子高校は、原則スマートフォンの持ち込みは禁止で、家族などに連絡する場合は寮の電話を使用しなければならない。古くからの伝統というが、時代錯誤にも程がある。


「じゃあ、今度の定例会議の議題にしてみようか。ありがとう、柿崎くん」


「いえっ! 俺は何も……」


「提案の提供も立派な生徒会の仕事だから。ほら、もう鐘が鳴るから早く行きなさい」


華村会長の言葉に、俺は近くの教室の外から中に掛けてある時計を見た。


「休み時間あと3分!? やばい、俺行きますね! また放課後に!」


「うん、またね」


化学室までそう距離は無いが、残り3分は普通に焦る。俺は華村会長にぺこりとお辞儀をしてから、早足で化学室へ向かった。



**



放課後。生徒会室の前で俺はまた、扉に手をかけたまま中に入る勇気を探していた。今日はこの前とは違う、生徒会メンバーが「全員」揃っているんだ。


息を飲み、意を決して俺は生徒会室の扉を開けた。


「あ、柿崎くん。待っていたよ」


「すみません、遅くなって……」


「謝らなくて大丈夫。ほら、座って」


「はい」


会長はふんわりとした優しい笑みを浮かべ、空いている席を手で示してくれる。指をさすのではなく、手のひらをこちらに向け指を綺麗に揃えて示してくれるのだから、さすが御曹司なだけあるなぁ、と俺は思った。


とりあえず示してくれた席に着いてから、他のメンバーをちらりと見てみる。みんな背筋を伸ばして凛と座っているので、俺もできるだけ背筋を伸ばして座ってみる。そこで、華村会長が席を立つ。


「これでみんな揃ったね。じゃあ、今年度の生徒会の自己紹介を始めようか。まずは僕から。華村慧、二年生の生徒会長だよ。生徒会長という大役を任された身として、しっかり役目を果たせるように努力するよ。よろしくね」


みんなと一緒にパチパチと拍手をする。後ろでひとつに結わえている長い艶のある黒い髪が、お辞儀をしたことによってさらりと肩に掛かる。そして会長が座り、その横に座っていた青年が席を立った。


「神田拓真、二年生の副会長だ。今年度から、華村生徒会長を支える役目を仰せつかった。よろしく頼む」


なんだかこ難しそうなひとだなぁ、というのが第一印象。きっと、口調が固いのは緊張もあるのだろうと俺は思った。その証拠に、口元はへの字を描いている。右目が前髪で隠れており、髪の毛は猫っ毛なのか、首を動かす度にふわふわと揺れていた。

拍手と共に席に着いた神田副会長。そして次のひとが席を立つ。


「あたしは八代みのり、三年生の書記よ。この中では一番年上だけど、三年間生徒会に所属しているから、分からないことがあったら気軽に聞いてほしいわ。よろしくね」


口調は女性的で、優しい雰囲気を纏った八代先輩。栗色のショートヘアに、黒縁のメガネが印象的だ。周りを何となく見た感じ、三年生は本当に八代先輩だけなようなので、これから頼ることも多いのかもしれない、と思った。彼の自己紹介を聞いて、俺はふと彼に質問してみたいことが思い浮かんだけれど、きっと聞ける機会は無いだろうから、胸に秘めておくとこにした。


そして、俺の番。


「か、柿崎真翔です。一年生の会計です。分からないことだらけなのでご迷惑をおかけすると思いますが、精一杯頑張りますのでよろしくお願いします!」


声は裏返り、言葉もつっかえている。情けなさに泣きそうになる俺の心を読んだかのように、ひとつだけ拍手の音が聞こえた。その音の先を見ると、手を叩いていたのは華村会長だった。それに釣られるように全員が拍手をしてくれたので、俺はホッとしながら席に着いた。


あと二人だ、と思い、次のひとのほうを向こうとしたところで、二人一緒に立ち上がり、片方が元気いっぱいに手を挙げた。


「はーい、ちゅうもーく! ボクは一年生の一ノ瀬ルイ! 役職は無いけど、華村生徒会長をサポートするよ! よろしくね~!」


「ちゅうもーーく! ぼくは一年生の一ノ瀬ルカ! 同じく役職は無いけど、華村生徒会長をサポートするよ!よろしくね~!」


同じ文言で明るく挨拶し、そしてよく似た容姿の二人……確か、生徒会の選挙の時に一緒に立候補したひと達だったような。


一ノ瀬ルイと名乗った青年は暗い茶色の前髪を左側に流して、金色の星の形をしたヘアピンをしている。一ノ瀬ルカと名乗った青年も同じ髪色で前髪を右側に流して、同じく金色の星の形をしたヘアピンをしていた。


それにしても……そっくりすぎる。

どちらが兄で弟かは分からないが、仲が良さそうなので兄弟っていいな、とひとりっ子である俺は思った。


「これで全員の自己紹介が終わったね。今日はこれで終わりだけど、何か質問のあるひとは居るかな?」


「はーいっ! 会長、あたしからひとついいかしら?」


「八代先輩、どうぞ」


「連絡手段がないじゃない? だから、定期的に集まるのはどうかしら? 曜日を決める、とか」


「いい案ですね。八代先輩、前期の生徒会はどのくらいの頻度で集まっていたのでしょうか」


「週に四回よ。そのうちの三回は、参加出来るひとだけがここに来てお仕事をしていたわ。で、残りの一回は定例会議」


「なるほど……」


「ちなみに月曜日、水曜日、木曜日、金曜日よ。会議は木曜日だったわ」


「それでは、前年度の生徒会に倣って僕たちも同じ日程で活動しようと思うんだけど、みんなはどうかな」


「モンダイありませーん!」


「さんせーい!」


「問題ない」


「あたしも問題無いわ」


全員がそれぞれ片手を挙げて賛成するも、俺だけ出遅れてしまった。それを不審に思ったのか、華村会長は俺を見て首を傾げる。


「柿崎くん?」


「あっ、あの……すみません、俺も賛成、です……」


「そう、良かった」


華村会長はにこりと笑ってそう言い、俺から視線を外して全員を見回した。


「今日は木曜日だから、今日を第一回目の定例会議にしようか。

まずは、この学校でスマートフォンや携帯の所持を許容して貰えるように理事長に交渉しようと思っている。これは一年生の柿崎くんの案だ。寮の中でまで使用したい……とはいかなくても、寮に帰るまで連絡手段として何かしら端末が欲しいと、僕も去年から考えていたことでもあるけど……一年生の後期にいきなり生徒会長になった僕にはとても荷が重くて提案出来なかった件でもあるんだ」


「そうよねぇ……華村会長が生徒会に入ってすぐだったものね、生徒会長になったのは。前任の生徒会長はあなたの顔と名前を見て本当にすぐに生徒会長を降りたものね。まったく、無責任だわ」


「まぁ、そう言わないでください。先輩には先輩の考えがあったのだと僕は解釈していますし……」


「でも、出来るの? 前任の生徒会長も交渉はしたわ、でも理事長は頑なに首を縦に振らなかったそうよ」


八代先輩は眉間に皺を寄せて、考え込むように腕を組んだ。そうだ、端末を所持をしたいと誰もが一度は考えるだろう。今まで案が通らなかったということは、理事長がこの学校のしきたりを大切にしたいと思っているからで。

やはり生徒会長に所属して三年目になる八代先輩と、現生徒会長の華村会長の二人が主に話している。


「……前任の生徒会長が理事長に掛け合って無理だったのなら、華村会長にも無理なのでは」


「神田くん、僕に出来ないことは無いんだよ」


「さっすが会長~!」


「カッコイイ~!」


「でも、どうやって……」


「僕にしか出来ない、僕だけのやり方で認めさせてみせるさ。他の生徒たちも望んでいるだろうし」


俺の弱気な言葉を覆すかのように、華村会長は自信満々にそう言った。


「そんな方法、あるのかしら……いえ、愚問だったわね。任せたわよ、華村生徒会長」


「はい、八代先輩。端末の件は僕に任せてほしい。他に議案があるひとは居るかな?」


全員、「無いです」と言いながら首を横に振る。俺も含めて、だ。


「じゃあ、今日のところはこれで解散にしようか。お疲れ様でした、初日から悪かったね」


「初日だからこそこういう議題は大事なことよ? じゃあ、あたし先に寮に戻るわね。みんなお疲れ様」


「お、お疲れ様でした!」


「あら、柿崎くん……だったわね。良かったら、あたしとお話しながら帰らない?」


俺が挨拶をすると、八代先輩は意外そうな目で俺を見てから、一緒に帰らないかと提案をしてくる。それに「はい」と答えれば、彼は魅力的に片目を瞑った。


「華村会長、柿崎くん貰うわねっ? 行きましょ、柿崎くん」


「……ええ、どうぞ。お気を付けて」


八代先輩の言葉になぜか一瞬不機嫌そうな顔をしてから、すぐに笑って送り出してくれた華村会長。その真意は分からないまま、俺はスクールバッグを片手に生徒会長を出た。



**


「ごめんなさいねぇ、急に連れ出しちゃって」


「いえ……でも、どうして俺なんですか? 副会長や一ノ瀬くんたちでも良かったのでは……」


「あたしはあなたが良かったの! それに、聞きたいことがありそうな顔をしていたから」


「え……」


聞ける機会なんて無いと思っていたのに、まさか見透かされているとは思わなかった。せっかく気を利かせてくれたんだ、聞くだけ聞いてみよう。


「えっと、八代先輩は……生徒会長になりたいと思ったこと、ありますか? 生徒会に入って三年目だって言うし……」


「やっぱりねぇ、そう来ると思ったわ。でも、普通の質問よね……あたしは誰かのサポートがしたくて生徒会に入ったの。上に立とうだなんて微塵も思ったことが無くて」


「そう、なんですか」


「ええ。それに、あたしが生徒会長だなんて柄じゃないっていうか。生徒を正すオカマなんて、自分で言っていても意味がわからないわぁ……いや、生徒会にあたしが居る時点でもう意味がわからない? うーん」


「えっ、そうですか!? 俺は良いと思いますけど……だって、多様性の時代ですし……」


「多様性ねぇ……」


そこで長い長い廊下を歩き終わり、外に出るために各々の下駄箱から外靴を取り出して、履き替える。玄関口で先輩の隣に並び、寮までそこそこ距離のある道のりを共に歩く。


「柿崎くん」


「はい」


「多様性って、どこまで認められるのかしらね?」


「えっ……どういう意味ですか?」


「いくら世の中が多様性だと言っても、それを認められないひとも必ず存在するのよ。そのひとに『多様性だからいいだろう、認めろ』って言ったら、そんなの押し付けになっちゃうわ」


「確かに……」


「この学校にあたしが生徒会に居るのを良く思ってないひとや、あたしみたいなオカマが嫌いなひとは絶対居るのは理解しているつもりよ。だから、あたしは前には出ないで後ろで他の役員を支えたいの。これって悪いこと?」


八代先輩の質問の答えは簡単だった。

「いいえ」。そう言えば良いのに、俺にはなぜか言えなかった。


「多様性って言ったのは俺ですけど……先輩の言葉が、俺には、よく分かりません……」


俯きがちでゴニョニョとそう言えば、八代先輩は俺の背中を軽く押した。


「わっ!」


「うふふっ、それでいいのよ! あなたはあたしが分からない、あたしも……あなたが分からないもの」


「それって、どういう……」


「あらあら、鈍感さん? 生徒会室を出る時の華村会長の反応見ていなかったの? あれは柿崎くんに何か隠してることがあるわね……」


「華村会長が俺に隠し事!? 無いです、無いです!」


「その根拠はどこ?」


「うっ……それは……」


少しだけど話してみて分かったが、八代先輩は結構な意地悪だ。俺が答えられないと知っていて、こんな質問をするんだ。涙目で軽く睨みつけてみるも、先輩のニヤニヤとした楽しそうな顔を見てしまい、また何も言えなくなる。


「あんまり、だんまりさんをしないほうがいいわよ。あたしみたいなのにからかわれるからっ! ねっ?」


またも魅惑的に片目を瞑ってウィンクをする八代先輩の表情は、夕暮れに染まった空の影に重なって……何だか、幻想的に思えた。


学校から寮まで約15分の距離。やっと寮に着いて、俺はエレベーターのボタンを押した。すぐに扉が開いたので、俺たちは中に乗り込んで自分の部屋がある階を押す。


「やっと着いたわねぇ。あたし4階なの、この学校の寮にエレベーターが着いてて本当に良かったわ」


「……ですね。俺、部屋に鞄置いて着替えてからご飯食べますね」


「あたしはお風呂を先にしようかしら……それじゃあ、またね。柿崎くん! またお話しましょ?」


「はい、是非」


ポンッと音がして上を見ると、俺の部屋がある2階に着いたようだった。あっという間の時間だ。先に降りた俺はエレベーターの扉が閉まるまで、微笑みながら手を振る先輩に手を振り続けた。


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