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第2話「友達」(本編)

 雄馬先輩に看病をしてもらい、だいぶ体調が良くなったので俺は教室に戻ることにした。約束通り先輩と自分のハンカチを交換したあと、雄馬先輩は「もう大丈夫そうだね、じゃあ俺は空き教室にでも行くかなー」と告げ、ふらふらとどこかへ行ってしまった。


時間的に入学式も終わり、あとは教科書の配布と寮の案内だけ。チャイムは鳴ったが今が休み時間かどうかも分からない今、俺はこっそりと教室の扉を開けた。


「……良かった、休み時間だ」


もうグループが出来ているのか、複数人で楽しそうに話している男子を横目に俺は自分の席に着く。


「よっ! 大丈夫だった?」


「……え、」


後ろから明るい声がして咄嗟に振り向くと、入学式中に俺に声をかけてくれた男子生徒が右手を上げてはにかんでいた。


「えーっと?」


「俺は木高晋太郎、しんたでいいよ」


「俺は柿崎真翔、真翔でいいよ。さっきはありがとう」


「真翔ね、オッケーオッケー! いやぁ、びっくりしたよ。何となく隣見たら真翔ったらまさに顔面蒼白って感じなんだもんな」


「いやぁ、緊張しちゃって……」


「入学早々、具合悪くなるなんて大変だったな? で、何で緊張?」


「友達、出来るかなって……俺が積極的に話しかけられない性格なのは、自分で理解してるんだけど。ほら、体育館行く前に他の男子たちが仲良く話してるの見ちゃってさ。もういくつかグループも出来てるみたいだし出遅れたなぁ、って」


「それなら心配ないじゃん?」


「なんで?」


「いま俺とこうやって話せてるじゃん」


「あ、そう言われたらそうだ……凄いなぁ、しんたは」


「そうか? 何が凄いのかは俺には分からないけど……」


「そうだよ。コミニュケーション能力が高いっていうか……あと、心配して話しかけてくれたの、しんただけだし……まぁ、心配されたくて具合悪くなってたわけじゃないんだけどさ」


「あっはは! そりゃそうだ!」


しんたは、からからと大口を開けて笑った。爽やか、という言葉がピッタリなくらいに。


「あと……」


「ん?」


「一度だけじゃなくて、二回も俺に声かけてくれたし」


「それは俺が真翔と友達になりたかったからさ、それでこうやって声かけてみたってわけ。席も前後だしさ」


「あはは……嬉しいよ、ありがと」


『友達になりたかったから』。


その言葉が心から嬉しくて、俺は自然と笑みが溢れる。しんたと話してから、友達が出来るか不安だった心がスッと軽くなって、緊張が解けていく感覚が胸にじわりと暖かくなる。


そこで、顔を赤らめているしんたの姿が視界に入った。


「しんた……?」


「あっ、いや……何でもない……なんでも……」


「そう? そうだしんた、休み時間って何分間か分かる?」


「あぁ、10分だって。なかなかに短いよなぁ」


「移動教室で迷わないか不安だな……迷ったら最後、あっという間に10分経ってそう」


「俺と一緒に行動すればいいじゃん? それなら迷ってもふたりだし、先生に怒られる確率も低くなるだろ?」


「それもそっか……俺道とか場所覚えるの苦手だから、頼りにしてるよ」


「任せとけ! って言えたらいいんだけどな? この学校無駄にデカいからなぁ」


「俺もそれ思った! 実はさっき、保健室まで行くのに迷ってさ……」


「新入生なんてこの学校のこと右も左も分からない状態なのに先生が案内しないの、ちょっとおかしいなって思ってたんだけど……どうやって保健室まで辿り着いたん?」


「親切な先輩が案内してくれたんだ」


「えっ、入学式中なのに先輩が校内をうろついてたってこと……?」


「確か……自分が居なくても行事は進む、とか何とか言ってたかも……」


「それってサボりってことだよな? まさか不良?」


サボりなのは本人も認めていたので特にフォローすることも無いが、不良は少し違う気がした。でも、どうフォローしたらいいのか……俺にはどうも言葉が見つからなくてちょっと困ってしまう。


「……お前のその様子じゃ、不良じゃないっぽい?」


「まぁ……」


「いい先輩に巡り会えたんだな? 良かった良かった」


「……うん、すっごくいい先輩だよ」


俺の素直な言葉に、しんたは驚いたように目を見開いた。それは一瞬のことだったが、俺の脳裏に焼き付いて離れない。先程の赤面も気になるけど……一体どうしたんだろう、彼は。


「看病の仕方がお医者さんみたいで、凄かったんだよ。俺の具合を聞いてすぐに対処してくれて」


「へぇ? で、ずっと側に居てくれた、と……」


「うん、そうだよ。顔も綺麗で身長も高くて……髪はちょっと派手だけどそれも似合っててさ、優しいし頼りになるし」


「えー、なに? 惚気け? 俺いま惚気けられてる?」


「の、惚気けなんかじゃないよ! 何を言ってるの!?」


しんたがニヤニヤしながら言うものだから、俺は両手を振って慌てて否定する。それを見たしんたはまた大きな声で快活に笑った。


「そ、そんなに慌てなくても……ぶふっ、真翔って面白い奴だなぁ」


「えぇ……面白いかな……?」


「面白いよ。あーほんと、声かけて良かった……席も前後だし、これからよろしくな、真翔」


「うん……よろしく、しんた」


照れくさい気持ちはあったが、しんたとはいい友達になれそうだった。彼が差し出してきた手を握って、握手をする。


「真翔の手、温かいね」


「しんたの手はちょっと冷たいな?」


「手が冷たいと心が暖かいって言うよな」


「じゃあ俺は心が冷たいってこと……?」


「まぁ、迷信だし」


「えー?」


確かにそんな迷信があるが、なかなかに適当なことを言う彼が面白くて、また俺は笑ってしまう。首を傾げて握ったままの手を見つめれば、しんたは慌てたようにその手を離した。


「さっきからどうしたんだよ、なんか様子が変だぞ?」


「いや、あのさ真翔……」


「なに?」


しんたが何かを言おうとしたタイミングで、チャイムが鳴って担任の先生が教室に入ってきた。「また後でな」、と俺は彼に告げて、前を向く。ちなみに、担任は女性の先生だ。


「皆さん、入学おめでとうございます。今日のオリエンテーションですが、校則の確認と全教科の教科書を配りますので、一列ずつ前に来てください」


全教科……持って行くの重そうだな、と俺は思った。そう思ってすぐ、先生は続ける。


「教科書はテスト前には寮に持って帰るのが鉄則ですが、それ以外は別の教室にある自分のロッカーの中に入れて置いて、各授業が始まる前にその教科の教科書を準備してくださいね。では窓際の一列目から取りに来てください」


現国、数学、英語、地理と歴史、理科、ビジネス、美術……なかなかに分厚い教科書を受け取る同級生を眺めつつ、自分の番を待つ。そして。


「じゃあ次は三列目のひと達、取りに来て」


自分の列の番が来た。俺は立ち上がり教壇の前に行って諸々の教科書を受け取った。ずん、とした重さが両腕に乗ってなかなかにつらかった。それを持って自分の席に戻り、机にそれらを置いた。


「ふぅ……」


「重かったなぁ、真翔。ロッカーに置けることが出来るのが不幸中の幸いというか」


「そうだね、忘れ物することも無さそうだし……」


「体操着とノートさえ忘れなければ、な」


「それを言うなって……」


「あっははは! 体操着はともかく、ノートもロッカーに入れておけば忘れ物する心配ないって!」


「それもそっか、しんた頭良いな」


「普通じゃね? 俺ならそうするってだけ」


「俺も真似しよっと」


「真似するなら金とるぞ?」


「意地悪……」


「冗談だって」


上半身を捻って後ろに居るしんたと会話をしていると、先生が手を叩く音がしたので、俺は再び前を向く。


「はーい! 教科書は全員に渡ったかな? ロッカー室はこの教室の隣にあるので、自分の名前が書いてあるプレートを確認して使用しください。ノートは時前に準備してもらったと思うからそれを使ってね。それじゃあ、次は校則の説明に入ります」


一呼吸置いてから、先生は更に続ける。


「原則、ネクタイは必ず着けてください。生徒手帳はブレザーの内ポケットに、夏はシャツの胸ポケットに必ず入れて持ち歩きましょう。ボタンは第一ボタンのみ開けても問題ありません。夏服も同様です。あとの細かい校則は生徒手帳に記載していますので、後ほど確認してくだささい。部活動は必須ですが、生徒会に入る場合のみ部活動は免除されます。運動部は野球、サッカー、テニス、バスケットボール、陸上。文芸部は美術、軽音部、吹奏楽部があります。入りたい部活を来週の月曜日までに考えて、入部届けを先生に渡してくたさい」


運動部の数に対して、文芸部が少ないことに驚いた。そこで、肩をぽんぽんと叩かれる。


「真翔、部活どうする?」


「俺、運動得意じゃないから迷ってる。美術部も絵が下手だから無しで、軽音部は歌も下手だし楽器も出来ないし、吹奏楽もなぁって……しんたは?」


「俺はサッカー部かなって。小学校から続けてるだ、サッカー」


「へぇ? 将来はサッカー選手かな」


「なれたらいいよなー! 楽しいからやってるだけで、プロなんて目指しても無かったけど……なれるならなってみたい、とは思うな」


「練習、応援行くよ」


「いや、部活必須なんだからお前も入りたい部活考えろって……」


「……そうだった」


どれも自分には向いていない部活ばかりで、どうしてこう、部活動を必須なんかにするんだと校則を決めたひとに文句を言いたいくらいだ。


「なぁしんた、帰宅部も部活のうちに入らないかな?」


「いや、それは無理だろ」


「だよなぁ……でも『部』ってついてるんだから部活扱いでいいじゃんか……」


「なぁ真翔、それを屁理屈って言うんだぜ」


「えー? 知らないなー?」


「何だとー? このこのっ……」


「あはははっ! 何すんだよー!」


「はいはい、皆さん静かにしてね」


しんたは両手で俺の肩を掴んでから、ぐりぐりと首の付け根辺りを押してくる。それが擽ったくて笑っていると、俺たち含めザワついている生徒を静かにする為に先生がまた手を叩いた。


「教科書をロッカーに置いてから、寮の案内をします。案内は副担任の男性の先生がしますので、皆さん速やかにロッカー室に行ってください。教科書を置いたら副担任の先生を紹介するのでまた教室に戻ってきてくださいね」


はーい、と同級生たちは返事をしてから、ガタガタと椅子から立ち上がってロッカー室に向かう。俺としんたもそれに倣って椅子から立ち上がると、やけに重い教科書を持ってロッカー室へ行った。




ロッカー室に配布された教科書と、スクールバッグに入れて持ってきていた全教科分のノートを置いてから、俺は教室に戻った。しばらくして全員着席したのを確認した先生がにっこりと微笑む。


「さて、副担任の先生を紹介しますね。入ってきてください」


先生がそう言うと、教室の教壇側の扉から男性の先生が入ってきた。


「副担任の西垣先生です。担当教科は社会。伝えるのが遅くなりましたが、私の担当教科は国語です。では先生、寮への案内よろしくお願いしますね」


「はい」


副担任の西垣先生の第一印象は、「怖そう」だった。返事も一言だけで、口数が少ないイメージだ。

担任の女性の先生は、俺たちのことを西垣先生に任せて教室を出て行ってしまった。


「改めまして、副担任で社会担当の西垣です。これから皆さんが三年間過ごす寮へ案内します。食堂は18時から20時まで、お風呂は21時までですので覚えておいてください。部活などで間に合わない場合は購買がありますので食事はそちらで購入し、部屋で食べてください。お風呂は朝は開いていませんので気をつけてください。では、部屋の振り分けなど場所を案内しますので上履きから外履きに履き替えて外へ出ましょう」


淡々と西垣先生はそう告げて、着いて来いと言わんばかりにこちらをチラッと見てから、教室から出て行く。それを見て俺たち生徒は慌てて立ち上がり、先生の後を追った。



**


場所は変わり、寮の前。学校内も相当大きかったが、全生徒が暮らすだけあって寮もなかなかに大きかった。壮観、という言葉がピッタリなくらいに。

そして先生の後を着いて行く形で寮の中に入り、靴を脱ぐ。


「二組は二階を使ってください。一階には食堂とお風呂……大浴場があります。お手洗いは各階にありますので心配しないでください。二組は30名居ますので、ふたり一部屋で、合わせて15部屋ですね。他の組の生徒も二階なのでこの機会に交流を深めるのもいいでしょう。割り振られた部屋で荷解きもあると思うので、今日はこれてお終いです。自分の部屋でゆっくりしてください。さて、部屋割りですが……」


ふたりずつ順番に部屋に案内されて、俺はしんたと同じ部屋だった。知らないひとだったらどうしよう、と考えていたので、知っているひとで俺はとりあえず安心した。これ以降は食堂での食事と大浴場でのお風呂だけなので、お互い必要最低限の物がしまってあるダンボールを開けながら、俺はしんたに話しかける。


「まさかしんたと同じ部屋だとは思わなかったな」


「俺もびっくりしたよ。でも、同室が真翔で良かった」


「俺も……話したことの無いひとだったらどうしようって考えてた」


「教室も同じ、寮でも同じ部屋……これって運命か何かだよな」


「それは考えすぎだと思うけど……でも、安心はしたかな」


「改めて、これからもよろしくな?」


「うん、よろしく」


最初はどうなるか分からなかった学校生活。無事に友達も出来て、その友達と寮でも同じ部屋。そんな偶然があるのかと不思議に思うが、これは結果論だけど……しんたに出会えて心から良かったと、俺は胸中で思った。

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