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第1話 「出会い」(本編)

 春――。四月の風はどこか優しい。


俺、柿崎真翔は今日から都内にある麻ヶ丘男子高校に通う高校生だ。全寮制の高校で、親元から離れて暮らす不安はあったが、これから待っているであろう学校生活に対してのワクワクのほうが大きかった。


入学式の前に、校舎の中の廊下に貼り出されているクラス表を確認して教室に行かなければいけない。外から見た感じ、沢山のひとが集っていたので俺はもう少しひとが減ってから確認することにした。


早く来すぎた為、時間はまだあるので、俺は門をくぐってすぐ見える木の下に座って、桜の花びらが舞う光景を何となく見つめる。


綺麗、だな。


そんなことを思いながらぼぅっとしていると、こちらに近付いてくる足音。過ぎ去るであろうその足音は、俺の居る近くで止まった。なんだろう、とそちらに視線を向けると、制服を着崩した金髪の青年が立っていた。ネクタイはしていないので学年は分からないが、多分年上だ。


「え、っと……?」


「君かわいいね、そのネクタイの色は新入生? 暇ならさ、俺とお茶しない?」


「えっ!?」


「ねっ? どう?」


ねっ? 、と言われても……というのが俺の心境だった。そもそも、どうして俺なんだろうか。というか俺、男なんだけど。


「あの、失礼なんですけど、俺に言ってま……すか?」


「うん、キミに言ってる」


「なんで俺……?」


「かわいい子には声掛けれずにいられないんだよねぇ? こんな所に座ってるってことは暇でしょ? これからどう、駅前のカフェ」


「は!? いやっ……俺これから入学式なんで!?」


「そんなのサボっちゃえばいいじゃん? ね、キミ名前は? 何組? スイーツは好き? 紅茶派? コーヒー派?」


「ひえっ、すみません……っ!?」


俺は慌てて立ち上がって、謝りながら校舎に向かって走る。その後ろで面白いものを見たかのようにくつくつと笑う青年の姿を横目で見つつ、どうして自分が男からナンパをされたのか、理由を考えてみた。が、特に思いつかなかった。



**



あの怒涛の質問攻めに耐えきれず逃げ出してから、少しひとが減ったクラス表の前で自分のクラスを確認した。一年生は三組まであって、自分は二組。


教室に行き、黒板に貼り出されている席順を見てから、自分の席に着く。その机の上にある今日の予定表を見れば、オリエンテーションのあとに入学式。そして、教科書の配布と寮での自分の部屋の確認があるらしい。

寮の部屋は最低限の荷物を時前に送ってあるので部屋番号は分かるが、立ち入ったことはまだ無いのでそこも予定に含まれているのはかなり助かる。


予定表を何となく眺めながら、俺は先程自分に話しかけてきた青年のことを考える。


顔、整ってたな……なんて。


じっくり見るようなことはしなかったが、明るい金色に染めた少し長い髪が風にゆらゆらと揺れて、桜の花びらがひとひら髪の毛についていたのを思い出す。顔は結構、綺麗系……だったような。そんなひとにナンパされたのか、自分は。

彼がネクタイをしていなかったのが惜しまれる。あのひとは何年生なんだろう。


そんなことを考えている間に時間は過ぎ、二組の担任だという先生が教室に来て、出席番号順に並んで体育館まで行く。そこで、男子の楽しそうな話し声が聞こえ、自分はまだ誰とも言葉を交わしていないことに気が付いた。まぁそれはおいおい、ここで学校生活を過ごしているうちにひとりくらいは友達は出来るだろう。


消極的な俺だけど、今は未来の自分を信じていたかった。



体育館。新入生である俺たちが在校生や来賓の人々からの拍手と共に入場し、席に着いてから校長先生の挨拶が始まった。そこでやっと俺たち一年生はこの高校の『新入生』として認められる。それから校長先生は、そのまま祝辞に移った。


そして、在校生の答辞を経てから新入生代表の挨拶。入試で一番成績が良かったひとが壇上に上がり、お礼と抱負を読み上げる。宣誓としてより良い学校生活を送るという言葉で締めくくり、その後は校歌斉唱。俺たちはまだ校歌を知らないので聞くだけの形になるが、そこでふらっとした感覚に襲われた。


貧血、かな。


ただ立っているだけなのに、どんどん具合が悪くなってくる。それに気が付いたのか、隣の席の男子生徒が俺の肩を叩いた。


「顔白いけど大丈夫?」


「……ごめん、保健室……」


耐えられない程の頭痛に襲われ、中腰で新入生の席から抜け出すと、近くに居た担任に事情を話し、保健室への行き方を教えてもらう。「ありがとうございます」と言ったつもりが声にならず、ぺこりとお辞儀をして俺は体育館から出た。



大きい校舎。入り組んだ迷路のような広い敷地。無事に保健室へ辿り着けるか分からないまま、俺は頭痛に耐えながら長い廊下をゆっくりと歩く。


「あれ?」


そこで視界に入ったのは、先程俺にナンパをしてきた青年だった。


「どうしたの、顔色悪いじゃん」


「あの、今って入学式中じゃ……?」


「俺はサボり。別に俺が居なくても行事は進むんだから、居る意味がないよねぇ」


「そう、ですか」


「ねぇ、大丈夫? 保健室の場所分かる?」


「ちょっと……道に迷ってます……」


「じゃあ、俺が案内してあげるよ。こっから近いし……歩ける?」


「はい、すみません……」


青年が俺の腕を掴んで、俺の歩くペースに合わせてゆっくりと歩いてくれる。しばらく歩いた先に『保健室』という文字が書かれたプレートを見つけ、青年は躊躇なくその扉を開けた。


「先生居ないんだ。あぁ、入学式中だっけ……とりあえず奥のベッド借りよっか」


「……はい」


一番奥、窓際のベッドに横たわると、青年が布団を掛けてくれる。ベッドを区切るカーテンを閉めて、彼は近くにあった丸椅子に腰掛けた。


「で? なんかあったの?」


「急に具合が悪くなって……それから頭痛がして……」


「普通なら担任の先生が案内するものじゃないのかなー、って俺は思うけど……まぁ、そんなに行事が大事ってことかな」


「えっと……? あの、あなたはどうして校内をフラフラと?」


「今日サボる為の場所を決めようと思って歩いてただけ。寮だとバレるからねぇ……知ってる? この学校の寮長めちゃくちゃ怖いの」


「へぇ……?」


「だからサボりがバレた時がもう……あー、思い出したくない」


過去に何かあったのだろうか。青年の口ぶりだとそれが濃厚で、俺は苦笑いをするしかなかった。


「あぁ、自己紹介が遅れたね。俺は唯希雄馬、二年生」


「やっぱり先輩だったんですね……俺は柿崎真翔っていいます」


「真翔かぁ……いい名前だねぇ。ね、真翔って呼んでいい?」


「はい、唯希先輩」


「あー、だめだめ。俺、自分の苗字あんま好きじゃないんだよねぇ。だから、雄馬でいいよ」


「じゃあ……雄馬、先輩」


「うんうん、それでいい」


満足そうに雄馬先輩は微笑んでから、何かを思い付いたように「うん」、と言って俺の額に手を当てる。


「熱は……無いみたいだねぇ」


「あの、俺別に風邪じゃないです……」


「あぁ、立ちくらみと頭痛だっけ? どうなの、偏頭痛とか持ってる? 持ってるなら薬飲んだほうがいいと思うけど」


「いや、偏頭痛は持ってないですね」


「なら多分、極度の緊張で具合が悪くなっただけみたいだね。頭痛もそれに伴って……かな。あと、風邪じゃないって言ってるけど、人間いつ風邪引くか分からないんだから、気をつけなよ」


「先輩って……お医者さんとか目指してたりしますか?」


「俺の父と兄が医者なの。そんで母は看護師……俺も医者になれって言われてるけど、嫌だよねぇ、普通に。俺の道は俺が決めたいよ、親の言いなりじゃなくてさ」


「雄馬先輩がお医者さんかぁ……」


目の前の綺麗な顔を見つめながら、俺は少し想像してみる。でも、あまりしっくりは来なくて。


「……今、似合わないとか思ったでしょ」


「えっ!? いや、」


「あっははは! いいよ、取り繕わなくて。似合わないのは俺自身がよーーく理解してるからさ」


「あはは、いや……案外やってみたら似合うかもしれませんよ?」


「そんなこと言ってくれたの真翔が初めてだよ、嬉しいなぁ。やっぱりキミ面白いね? 俺の目に狂いは無かったってことかなぁ」


「どういう意味ですか?」


「いーや? 何でもないよ。で? どこで俺が医者目指してると思ったの?」


「ええと……偏頭痛は持ってないって俺が言ってからの返答が早かったから、かな。この学校で上手くやれるか分からない緊張で「とうしよう」って、なってたから……多分、考え過ぎで具合が悪くなって頭痛とかしたんだと思います。だから、ええと……どう言えば伝わるのかな……」


「そっかそっか。でも大丈夫、俺と出会ったじゃん? だから真翔の学校生活は上手くいくよ」


「どうして……?」


「俺とお茶すれば退屈なんてさせないし」


やはり、雄馬先輩は雄馬先輩だった。でも、それはそうだ。最初に声を掛けられた時にナンパをしてきた彼と、今俺の近くで看病をしてくれている彼はどっちも同じ雄馬先輩で……でもどうして、俺にここまでしてくれるんだろう。

朝に初めて会ったのに、二回目はナンパはせず具合の悪い俺を保健室まで連れて行ってくれて、それに看病まで……。


「真翔? 急に黙ってどうしたの?」


「えっ!? いや……何でもないです……」


「とりあえず鐘が鳴るまでそこに横になってなよ。俺はハンカチ濡らしてくるからちょっと待ってて」


「ハンカチを?」


「熱は無いとはいえ、濡れた布で目元を冷やしたほうがいいからね。目瞑って冷たい布を乗せといたら、冷たさに慣れる頃には緊張や不安も少しは取れると思うし。もし落ち着いたならそのまま寝ちゃってもいいかもね、睡眠不足も原因としてありそうだし……」


「睡眠不足……そこまで見抜かれるとは思いませんでした……緊張で昨日は眠れなくて。じゃあ、お願いします。ええと、俺のハンカチ……」


「真翔は緊張しいなんだねぇ? 別にいいよ、俺のハンカチ濡らしてくるから」


サボり癖があり、金髪で制服を着崩しネクタイをしていない雄馬先輩がハンカチを持っていることに驚いた。

彼はにこりと笑って「ちょっと待っててねぇ」と間延びした声を残して、区切りのカーテンから出て、保健室の扉が開く音。そしてすぐに閉まった音がした。


……行ってしまった。すぐに戻って来るとは思うが、初めての保健室にひとり残されてしまった不安が胸を占める。

担任の先生にはここに来る旨を伝えたが、保健室の先生にはまだ自分がここに居ることを伝えていないのも、不安要素としてあった。


早く戻ってきてくれないかな、なんて。


そこで、今この学校で頼れるひとが雄馬先輩しか居ないことに気付く。


「最初に友達、作っとくべきだったかな……」


おいおい、なんて思ってる暇なんか無かった。そうだ、学校生活における『友人』というものは、教室で話しかけ、話しかけられで始まるものだった。

ここには中学時代の友人はひとりも居ない。いや、あえて誰とも志望校が被らないような高校を選んだんだ。


そう、全てイチから始めたかった。だから今俺は全寮制のこの高校を受験したんだ。


「はぁ……」


「真翔?」


「へっ!?」


いつの間に戻って来たのか、雄馬先輩が不思議そうな表情で俺を見つめていた。俺は慌てて起き上がり、真っ赤になっていることが自分でも分かるほどに熱い顔を覆った。そして、急に起き上がったことにより、またふらっとした感覚に襲われた。


「い、いつ……から、そこに……」


「ついさっきだよ。何ひとりでぶつぶつ言ってるの? 怖いなぁ」


何か言わなきゃ、と思って出てきた言葉は、自分でも驚くくらいどもっていた。それでもそれを気にした素振りを見せずに、彼はまた不思議そうに首を傾げた。


「なんでもないです……」


「そう? で、もう起き上がって大丈夫なの? 濡らしたハンカチ持ってきたけど……」


「起き上がった時にちょっとふらっとしたので……もう少し横になっておきます……」


「そうしたほうがいいかもね」


雄馬先輩の言葉を聞きながら、俺はもう一度ベッドに寝そべる。そして、ゆっくりと目元に被さる冷たい布。


「しばらく目、休めときなよ」


「はい、ありがとうございます……あの、ハンカチなんですけど」


「あぁ、いいよ返さなくて。あげる」


「えっ!? それは悪いっていうか……じゃあ、あの、俺のハンカチと交換、なんてどうでしょう……?」


「へぇ、いいねぇそれ。じゃあ、あとで具合が良くなったら貰おうかな」


初めて出会った人物が雄馬先輩で良かった、と思う。優しくて、頼りがいがあって……ちょっとチャラいけど、コミュニケーション能力がずば抜けているのが、彼のいいところなんだろう。


これっきりじゃなくて、これからも、先輩は俺と話してくれるだろうか。話しかけても、嫌がられないだろうか。


今はただハンカチからする雄馬先輩の匂いに落ち着きながら、俺はゆるくやってくる微睡みに意識を手放した。

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