春――。四月の風はどこか優しい。
俺、柿崎真翔は今日から都内にある麻ヶ丘男子高校に通う高校生だ。全寮制の高校で、親元から離れて暮らす不安はあったが、これから待っているであろう学校生活に対してのワクワクのほうが大きかった。
入学式の前に、校舎の中の廊下に貼り出されているクラス表を確認して教室に行かなければいけない。外から見た感じ、沢山のひとが集っていたので俺はもう少しひとが減ってから確認することにした。
早く来すぎた為、時間はまだあるので、俺は門をくぐってすぐ見える木の下に座って、桜の花びらが舞う光景を何となく見つめる。
綺麗、だな。
そんなことを思いながらぼぅっとしていると、こちらに近付いてくる足音。過ぎ去るであろうその足音は、俺の居る近くで止まった。なんだろう、とそちらに視線を向けると、制服を着崩した金髪の青年が立っていた。ネクタイはしていないので学年は分からないが、多分年上だ。
「え、っと……?」
「君かわいいね、そのネクタイの色は新入生? 暇ならさ、俺とお茶しない?」
「えっ!?」
「ねっ? どう?」
ねっ? 、と言われても……というのが俺の心境だった。そもそも、どうして俺なんだろうか。というか俺、男なんだけど。
「あの、失礼なんですけど、俺に言ってま……すか?」
「うん、キミに言ってる」
「なんで俺……?」
「かわいい子には声掛けれずにいられないんだよねぇ? こんな所に座ってるってことは暇でしょ? これからどう、駅前のカフェ」
「は!? いやっ……俺これから入学式なんで!?」
「そんなのサボっちゃえばいいじゃん? ね、キミ名前は? 何組? スイーツは好き? 紅茶派? コーヒー派?」
「ひえっ、すみません……っ!?」
俺は慌てて立ち上がって、謝りながら校舎に向かって走る。その後ろで面白いものを見たかのようにくつくつと笑う青年の姿を横目で見つつ、どうして自分が男からナンパをされたのか、理由を考えてみた。が、特に思いつかなかった。
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あの怒涛の質問攻めに耐えきれず逃げ出してから、少しひとが減ったクラス表の前で自分のクラスを確認した。一年生は三組まであって、自分は二組。
教室に行き、黒板に貼り出されている席順を見てから、自分の席に着く。その机の上にある今日の予定表を見れば、オリエンテーションのあとに入学式。そして、教科書の配布と寮での自分の部屋の確認があるらしい。
寮の部屋は最低限の荷物を時前に送ってあるので部屋番号は分かるが、立ち入ったことはまだ無いのでそこも予定に含まれているのはかなり助かる。
予定表を何となく眺めながら、俺は先程自分に話しかけてきた青年のことを考える。
顔、整ってたな……なんて。
じっくり見るようなことはしなかったが、明るい金色に染めた少し長い髪が風にゆらゆらと揺れて、桜の花びらがひとひら髪の毛についていたのを思い出す。顔は結構、綺麗系……だったような。そんなひとにナンパされたのか、自分は。
彼がネクタイをしていなかったのが惜しまれる。あのひとは何年生なんだろう。
そんなことを考えている間に時間は過ぎ、二組の担任だという先生が教室に来て、出席番号順に並んで体育館まで行く。そこで、男子の楽しそうな話し声が聞こえ、自分はまだ誰とも言葉を交わしていないことに気が付いた。まぁそれはおいおい、ここで学校生活を過ごしているうちにひとりくらいは友達は出来るだろう。
消極的な俺だけど、今は未来の自分を信じていたかった。
体育館。新入生である俺たちが在校生や来賓の人々からの拍手と共に入場し、席に着いてから校長先生の挨拶が始まった。そこでやっと俺たち一年生はこの高校の『新入生』として認められる。それから校長先生は、そのまま祝辞に移った。
そして、在校生の答辞を経てから新入生代表の挨拶。入試で一番成績が良かったひとが壇上に上がり、お礼と抱負を読み上げる。宣誓としてより良い学校生活を送るという言葉で締めくくり、その後は校歌斉唱。俺たちはまだ校歌を知らないので聞くだけの形になるが、そこでふらっとした感覚に襲われた。
貧血、かな。
ただ立っているだけなのに、どんどん具合が悪くなってくる。それに気が付いたのか、隣の席の男子生徒が俺の肩を叩いた。