とりあえず、2週目、3週目は異変もなく。かといって、うぃんたそからクリア報告もないため、どこかで異変を見落としてリセットを食らったのだろうと予想。
俺は4と書かれた看板の横から歩き出そうとして———。
「ん?」
『お?』
『なんかあったか?』
『というかなんかいるな』
『うっすらと何かが……』
ゆっくりと画面に近づいて目を細める。商店街の暗闇の中ぼやけた輪郭だが確実に人型の何かが立っていた。
「……とりあえず近づかねーと配信者じゃねーよな?」
『せやな』
『とりあえずな』
『でもこれって』
『とりあえずいこ、いこ』
確実にアレが異変なので此処からまた戻ればいい話なのだが。それじゃあ面白くない。それじゃあ、配信者じゃない。俺はゆっくりとゲーム内で歩みを進めていく。
近づいていけば徐々に人型がくっきりとして。それは、商店街の奥の暗闇に隠れ潜むように、頭からつま先まで真っ黒な人型の何かだった。
「動かれても困るが立ってるだけってのもなかなか普通に不気味だな」
何故か緊張感が走る。もうこれ以上近づきたくない、と思わせる不気味さに「戻るかー」なんて声を上げようとした瞬間。
「お?」
錯覚か?なんか、人型が動いたような。俺が立ち止まってその人型を凝視していれば……やはり人型が徐々に大きくなってきていて。
「お?お?これは……」
一呼吸。
「逃げろ—————ッ!」
俺が後ろに振り返って、全力で走る。だが。
「おおおおおおおおおッ————ッ!」
真っ黒な人影は動き出せばかなりのスピードがあるようで、人影に追いつかれる。
「うわあああああああッ」
そして恐らく肩を掴まれてるのかガンガンに視界を揺らされ、画面の暗転。気づけば、俺は商店街の入り口に戻されていた。立て看板の数字は0。
「お、おお……おおおお……襲ってくるタイプだったか……」
『おかえり、秋城』
『油断させといて来るやつな~』
『油断大敵』
『怖くはないが心臓に悪い』
「ほんとだよ。怖い訳じゃねーけど、ひたすら心臓に悪い。普通にびっくりしたわ」
椅子の背もたれに体を預けて呼吸を整えれば、心臓も早鐘を打っていることに気づかされる。
「ふー……気を取り直して進むか」
そんな宣言をしたところで。
「秋城さ~ん」
「お、うぃんたそ。はっ、もしかしてクリア目前か?」
「ふふ~ん……だったらよかったんだけどねえ」
若干涙声のうぃんたそ。お、なにがあったんだ、と思いながらコメント欄を見ると。
『うぃんたそは5番まで行って慢心して異変を見落としたよ』
『今秋城ととんとん』
『見事なうぃんたその慢心度合いだった』
『「これは勝ったね!」って言ってた』
理解。
「あー、コメント欄で書かれてるんだが……」
「そうだよ、うぃんたそは慢心して小さな異変を見落として今0まで戻された哀れな駄目天使だよ」
あちゃー、これは凹んでますね。
「駄目天使なうぃんたそも可愛いので問題なし。俺も今異変に襲われて死んだところだからまた一緒に進んでいこうぜ」
「うぇーん、駄目天使を否定して欲しかったなぁ!でも、秋城さんも0まで戻っちゃったの?」
「恥ずかしながら。あれ、異変バレ大丈夫か?」
「秋城さんが敵に塩を送るのが嫌じゃなきゃ?」
なるほど。うーんでもまあ、異変って200種類あるらしいからな。
「それは平気だから言うが……あの、暗闇から真っ黒な人型が出てくるのに襲われて0番まで戻されたよ」
『情けない悲鳴をあげてな』
『情けない奴!』
『ちょっと近づきすぎたよな』
『もっと早く撤退していれば……』
「あ、それうぃんたそも見た~!よーく見るといるヤツだよねえ。うぃんたそはそこそこ早めに気づいたからその時点で撤退したよ~」
「俺は好奇心に殺されたな。いや、配信者として近づかなきゃいけない気がしたんだ……」
これがな、明らか外見が大きなマスクをして鋏を持っていたり、2メートルを超えるでかい女だったりしたら真っ先に逃げたんだけどね。なんか人型っぽいのが居るな~で逃げるのは配信者じゃない気がして……結果死んだ。好奇心、猫をも殺すとはこのこと。
「ふっふっふっ、配信者を捨てなきゃうぃんたそには勝てないよぉ?秋城さん、ガチでかかってこなきゃ!」
『それは確かに』
『うぃんたそもゲーム上手い部類だしな』
『たまにはガチンコもね』
『それでも滲み出る仲の良さ』
「それもそうだな!よし、此処からは変な好奇心を出さずに安全運転で行くぞ」
「はーい、じゃあ、また後で~」
「おーう」
そうして通話が終われば俺はまたゲームに向きなおる。さて、リスタートだ。
そうして、商店街の中を歩きだす。入口付近にある肉屋や八百屋の前を通り抜けて商店街中腹にある床屋の前を通り———。
びたんっ。
「あ?」
びたびたびたびたびたびたびたびたびたびたびたびたッ。
そんな音共に全面ガラスの床屋の壁が一面赤い手跡で埋まる。俺はそれを呆然と見つめて、一呼吸。再度口を開く。
「撤収ッ—————!撤収—————ッ!」
『敵襲じゃああああ!』
『逃げろぉぉおおお』
『うぉぉぉぉおおおおおおおお』
『おおおおおおおおおっ!』
そうして俺は今回はガンダッシュで来た道を戻り……気づけば商店街入り口、1と書かれた立て看板の横に戻っていた。
「まあ、これは異変だよな。流石に」
『流石にな』
『こんなのが日常の商店街嫌すぎる』
『よかったよ、これを日常と言わなくて』
『びっくり系の異変マジでびっくりする』
「おし、じゃあ次行くぞ次」
恐る恐る商店街を歩いていく。
「……同じ異変が襲ってくるか分からないんだが、さっきの異変がなかなかに心にキてるな」
なんとなく俺は地味に床屋から距離を取って歩く。
『アレは強烈だったなw』
『ヒッ、ってなるやつwwww』
『同じのは襲ってこないやで』
『中々のホラー演出だった』
商店街の出口付近で後ろを振り返り、片方からしか見えない異変がないことを確認して前進。無事、商店街の入り口に戻ってくる。もちろん立て看板の数字は2だ。
「おし、この調子で行くぞ~」
実質7週目にもなってくるとみるべきポイントが大体分かって来て。俺は声出し確認をしながら、言わないが若干ビビりながら進んでいく。
ザザ……ザザ……。
「ん?」
『なんかいま』
『ノイズ?』
『秋城マイク擦った?』
『びっくりさせんなよ!』
「いや、擦ってねーよ。というか、俺も聞こえたわ」
そう言っているとザザ……という音は微妙に大きくなってきて。
「これ、波の音、か……?」
『ということは』
『異変ですね』
『逃げろ!!!!!!!!』
『回れ右!!!!!!!!』
「だなっ!これは逃げた方がいい気がするわ!」
ということで全力撤退。床屋を抜け、八百屋を抜け、肉屋を抜けて商店街の入り口を抜けて……再度商店街の入り口。隣の立て看板は3を示していた。立て看板を確認して俺が視界を上げた瞬間であった。
ブツッ。
そんな何かが切れるような音共に、もともと心もとなかった商店街内の蛍光灯が一斉に切れる。うーん、これは。
「異変」
『おかえり』
『戻れ戻れ』
『段々慣れてきたなwwwww』
『ちな、うぃんたそは出会ったら即死トラップ踏んでまた0番に戻ってるやで』
「マジ?おし、自分からうぃんたそを煽りに行ってみるか」
俺はゲーム画面を一回ポーズで止め、うぃんたそに声をかけるため、通話チャンネルに入る。