んで、21年ぶりの兄妹の再開。つもる話もある訳で。
「その、都古」
「なに?緊張した顔で」
都古が21年分のタルトの埋め合わせの第1歩として頼んだケーキにフォークを入れながら言う。
「その、今って……旦那さんがいるとは聞いたんだが……」
「あら、……世那ちゃんかしら、教えたのは?」
「えへへ、私でーす」
世那が舌をぺろり、と出して笑いながら頭をぺこぺこと下げる。都古は別段気にした風もなく、ケーキを咀嚼して飲み込んでから口を開く。
「26の時に結婚したのよ。天涯孤独だし、反対する人もいなかったしね。式はやらなかったわ、私があまり呼べる人が居なかったから。でも、それを受け入れてくれるいい人よ」
都古が目を細めて笑う。その語り口に旦那さんのことが本当に好きなんだな、というのが溢れていて。都古がこんな表情をする人が悪い人な訳がない、と確信を持って言えた。確信を持って言える、が……。
「なんかすげー複雑な気分……えー……俺さ、密かな夢があったんだよ」
「……夢?」
都古が一瞬考えてから口を開く。
「もしかして、私とバージンロードを歩くとか、そういうべったべたなこと言う気?」
「べったべたでもいいだろう⁉手塩にかけて育てた妹が巣立つんだぞ⁉……あとは「妹はお前にやらん」とかもやりたかったなあ……」
「やりたいだけじゃない。そう言う茶番は遠慮するわ」
ぐぅう。
「昔の都古だったら嬉しそうな表情浮かべててくれただろうに……」
「いつの話よ」
都古の大きなため息。親が早く亡くなったせいもあってか、都古は……自分で言うのも恥ずかしいものがあるが、都古はかなりのお兄ちゃんっこだった。ツン、と澄ましつつも俺のことが家族として心から好きであることが漏れ出てるぐらいだった。そんな、可愛らしかった妹が……。
「ああ……」
目頭が熱くなる。掌で目頭を押さえる俺の頭に駆け巡る、妹の姿。高校生までしか知らない、知らないけど、俺を失って加耶子に支えられながらも1人で立ち上がって。心から愛せる人を見つけたのだ、と思うと。
「相変わらず兄さんは涙もろいのね」
「だっでよぉ……」
俺は都古に差し出されるハンカチを受け取りながら必死に涙を拭う。
「よがっだ……よがっだ……都古の今が幸せで。本当に独りにしちまって……その人生が暗いものであったらと思ったら、俺……」
「独りではあったけれど、独りぼっちではなかったもの。加耶子も居てくれたし、高校の先生、大学の教授、お隣の柴田さん……色んな大人が助けてくれたわ。……それに、兄さんが残したお金は本当に私を守ってくれたわ」
そう、都古がミルクティーに口を付ける。
「だから、私の人生は不幸なものではない。それだけは言えるよ」
安堵と、安心と、ちょっとの寂しさに俺の涙腺が決壊する。
「ほんどうによがっだ……ほんどうに……少しでも俺、お前を守れたんだな……」
「ええ。……あ、そういえば兄さんが残したもの、で一つ思い出したのだけれど……」
「ん……?」
俺は自分の鞄からポケットティッシュを取り出して、鼻をかむ。そして、都古に貸してもらったハンカチで目を拭いながら都古の言葉を待つ。
「バトマスのカード、あれってどうすればいいかしら……?」
「……残ってるのか?」
都古の言葉に涙が引っ込む。え、残ってるの?え、マジ?
「ええ。兄さんがあれだけ大事にしていたし、価値があるのは分かるのだけれど……具体的にどう処分するのが理想か分からなくて……まだ、私の手元に……」
「引き取るわ」
悲しいかなカードゲーマーの性。目の前にアドの塊が転がってたらそれに食いついてしまう、本当によくない。いや、でも、これはこういいたくなるだろ?
「言うと思った。……でも、兄さん。生前のコレクションの量覚えてる?あれ、全部残ってるわよ?」
「送料は出すから着払いで送ってくれ」
「……その言葉忘れないでね」
あれから主に俺と都古はだが、延々と21年の溝を埋めるように様々なことを語らった。俺が死んでから何があったか、どんな人生を歩んだか、逆に俺は何をしていたか、どうして、秋城として復活したか、なんてことを延々と。その間、世那は嫌な顔一つせず俺たちの会話を微笑ましそうに聞いてくれていた。
そうして、頭の上に居た太陽がもう半分も沈む時間。会話が途切れて、都古が端末を見て目を伏せて言うのだ。
「さて……そろそろ旦那が帰ってくるから帰るわ。今日はよかった、兄さんと会えて……」
「ああ、俺もよかった、会えて」
会話の歯切れが悪くなる。また会えるか、それとももう会わない方がいいか、そんなことを問いかけようとして、口を開こうとしては閉じる。都古も何か言いたいことがあるのか、何かを言おうとしては口を噤んでいた。……そんな微妙な空気を。
「じゃあ、都古さんと隼人でLEIN交換しましょ?」
「「へ……?」」
破ったのは世那だった。世那はにんまり、と笑いながら言うのだ。
「2人とも超空気に出てますよー、いいんですよ、会いたかったら会いたい、話したかったら話したいで。それにぃ、21年分、しっかり隼人には埋め合わせしてもらわなきゃですよ‼ね、都古さん!」
世那のウィンクに都古は一瞬きょとん、とした顔をしてから花もほころぶ笑顔で言うのだ。
「ええ、そうね……ねえ、兄さん。兄さんから見たらもう40近いおばさんかもしれないけど……連絡取ってもらえるかしら?」
「は、歳なんて関係ねえよ!ていうか、都古こそ大丈夫か?その……若い男と連絡取って旦那さんと険悪になったりしないか?」
「大丈夫よ、そんな聞き分けのない人じゃないもの。むしろ、挨拶したい、って言い出すんじゃないかしら?」
「……俺どんな顔して会えばいいやら……」
そんな会話をして、どちらからともなく端末を出してLEINを交換する。これでいつでも、連絡ができる、そのことが酷く喜ばしかった。
「あ、あとこれ」
「え?」
差し出されるかなり旧式のiPhone。それは紛れもなく前世で俺が使っていたiPhoneで。カバーも当時ハマっていたアニメのiPhoneカバー。くすんではいるが、かなり状態が綺麗だったことに都古が大事にしていてくれたことを知る。
「パソコンは兄さんが死んだときの色々で壊れてしまったから、これが唯一私の側から秋城のアカウントをチェックできた端末なの。……でも、兄さんが帰ってきたのなら返すのが道理だわ」
「いいのか……?これは……」
俺が傍に居た証拠だ。そんな大事なものを受け取っていいのか、俺は躊躇ってしまう。
「いいのよ。……それともこれを受け取ったら私は用済みになってしまうのかしら?」
「いやいやいや!そんなことは絶対ない‼ないけど……」
「じゃあ問題ないわ。受け取って」
都古にそう言われてしまっては受け取らない訳にもいかなくて。俺は自分のiPhoneを受け取る。
「……毎年、ちゃんとタルトと花を贈るから期待しててくれ」
「もちろん、21年待たされた分待ってる」
そうして、俺たちはお会計を済ませて店の前で別れるのだった。都古は都古の家へ、俺と世那は駅に向かって。