「お待たせいたしました。いちごラテのマシュマロ乗せとホットのカフェラテです~」
そんな店員の明るい声。そうして、俺たちの前にはそれぞれ頼んだものが置かれていく。
「では、ごゆっくりお楽しみください」
そうして店員が引き下がっていく。ホットのカフェラテを見れば猫のラテアートが施されていた。
「……からかっている訳ではないのね。宗教の勧誘か何かかしら?」
「いえ、何の勧誘でもないです。ただ、聞いているだけです」
俺の言葉に都古は視線を外して、遠いところを見て言うのだ。
「あったらいいわね。あるかどうかは分からないけれど、……あってほしいわ。死んだらそれで終わりだなんてあんまりだもの」
「……じゃあ」
俺は言葉を区切る。都古の視線がまっすぐ俺を捉える。俺は喉を震わせながらその音を絞り出す。
「秋都に会えたらまた、会いたいか?」
もう取り繕う余裕なんてなかった。俺は様々な感情で頭の中をぐしゃぐしゃにしながら問いかける。
「……当たり前じゃない。会いたい、会って、……言いたいこといっぱいあるもの」
秋都の名前に都古は一瞬目を見開いて、胸の前で握りこぶしを作って、俯いてそう絞り出すように言うのだ。
「じゃあ、もし俺が秋都だって言ったら?」
俺の言葉に都古が目を丸くする。そうして、怒りに震えるように拳をぎゅ、と握るのだった。
「やっぱり、からかってるじゃない。そんなこと」
「俺が!」
都古の声を遮る。言葉が濁流のように口から出よう、出ようとして言葉が詰まる。俺は勢いよく立ち上がり、両の手をテーブルについてその濁流を吐き出した。
「俺が秋ヶ城 秋都!享年28歳!ロビンオン社の窓際SEにして秋城の名前で活動していたVTuber!誕生日は10月21日!血液型はA型!てんびん座!好きなものはカフェイン飲料とバトマスとバター菓子!嫌いなものは仕事!」
濁流が一時的に止まる。肩で息をしながら都古を見れば、都古は驚いたような表情をしながら何を言っているのか分からない、そんなニュアンスの表情をしていた。
「……よく」
「毎年!7月の09日、都古、お前の誕生日にシオンの花とフルーツのタルトを買ってくることを約束していた!そして、成人するまでは絶対に傍に居ると約束をした!」
「……え?」
俺の言葉に都古が止まる。そう、それは俺と都古の間でだけ交わした約束。それは親が死んでしばらくした日、泣きじゃくって、「お兄ちゃんもいつか消えちゃうんだ」と泣き叫ぶ妹とした約束。その日はたまたま、都古の誕生日だった。その誕生日に約束したのだ。
『兄ちゃんは居なくならない、約束する。だから、兄ちゃんは都古と約束をするよ』
『約束?』
『毎年、都古の誕生日に都古の好きな花とフルーツタルトを送るよ。毎年、絶対に、だ』
『毎年、毎年だよ?絶対にだよ?』
『ああ、絶対にだ。なんの花がいい?都古』
『お母さんが飾ってたお花!紫のいっぱい花びらがついた!』
『……ああ、シオンか。分かった、じゃあ、毎年シオンの花を贈ろう。これからずっと』
これだけは俺は誰にも話したことはなかった。加耶子にも。だから、都古さえ話してなければ正真正銘、俺と都古しか知らない話なのだ。
「……嘘、嘘……だって、兄さんは、約束を破って……死んで……」
「そうだな、俺は約束を果たせなかった」
都古が俺を見る視線が変わる。疑い、信じたい、あり得ない、なんで?そんな様々な感情の入り混じった視線。俺は真っ直ぐ都古を見つめる。
「都古は……この約束を誰かに話したか?俺は加耶子にも話さなかったよ。ずっと、ずっと、俺と都古の約束だと思ってたから」
「……誰にも、話してないわ」
都古が声を絞り出す。この約束がこの会話に置いて有効だと認めるということは俺が秋都だと少なからず認めることを指していて。でも、都古の視線は認めていない。いや、認められない、そんなことを語っていた。涙を薄く張り、呼吸を絶え絶えに、都古は何度も何度も何かを言おうとした。俺は都古の言葉を待つ。都古が認められないというのなら、認めてくれるまで俺はいくらでも語ろう。
俺の脳裏には鈴羽と初めて会った日があった。あの日は必死に信じてくれ、と懇願しながら話した。でも、今日は違う。何も知らない人に俺と俺の前世の繋がりを信じさせるのではない、全て知っている人に俺が秋都だと証明する。似ているようで、全然違う。
だけど。すべての答えを知っている答案用紙を埋める作業であったとしても、採点者が、都古がバツをつける可能性はある。それは仕方ない、もし、都古がそう断じるなら俺はせめて、視聴者とのお別れの時間を貰えるように懇願するしかない。
でも、断じられるまでは諦めない。俺は、秋城であり、秋ヶ城 秋都だ!
「……どこまでも根掘り葉掘り調べたのね」
「違う、俺が秋都だから知ってるんだ」
「じゃあ‼」
都古が握った拳を机に振り下ろす。
「……はー……」
都古は振り下ろした拳を解いて顔を覆う。そして、微かな声で言うのだ。
「……貴方が兄だというなら答えられるはず」
「ああ、なんでも、都古の気が済むまで」
「お母さんの最期、あの時お母さんはなんて言っていた?」
ああ。それはちょっと意地悪な質問だ。都古の思惑がなんとなく伝わる。これは前世の母親が息を引き取る瞬間を見ていなかったら、適当な言葉を並べてしまうだろう。……だけど、俺は前世の母親が息を引き取る場面もしっかり見ていたから。母親、母さんは……運がよかったとも悪かったとも言えないが、即死ではなかった。病院まで運ばれて、治療を受けて、意識が一度戻ったが……その後、もう一度眠りについてそのまま目覚めることはなかった。一度意識が戻ったとき、俺と都古は運よく母さんと面会ができた。だけど、その時。
「母さんは言葉を発せなかった、だから、言っていた、は間違いだな」
俺の言葉に都古がびくり、と肩を揺らす。
「母さんは都古の頬を震える手で撫でて、そのまま眠りについた、それが母さんの最期だ」
今でも覚えている母さんの最期。これだけはどんなに年月が経っても忘れられそうになかった。
都古はその瞳から涙をぼとぼとと呆然としながら落とす。その表情に色はなかった、ただ真っ白に、ただ涙を流していた。
「俺も流石に両親の死に際を誰かに漏らしたりはしない……いや、今は例外な」
そう零せば、都古はその真っ白な表情のまま唇を弱々しく動かした。
「……な、んで……」
「うん」
「なんで、今更……」
「そうだな、今更だ」
「……なんで、早く会いに来てくれなかったの……」
「あー……俺さ、記憶が戻ったとき5歳ぐらいだったんだよな」
頬をぽりぽりと掻きながら、カフェラテに唇をつける。ああ、暖かくてホッとする味だ。
「そんな状態で会いに行っても当然門前払いだろ?んで、考えたけど……隼人の体じゃなにもできることはない、俺が残した金が都古を守ってくれてると信じよう、ってのが俺の結論だったわけだが……」
「……だが?」
「その、大変に今の状況と矛盾しているのは分かっているのですが……」
締まっていた空気が途端に緩んでしまう。はい、その点に関しては本当に自分でも矛盾していると思っているし、俺の自分勝手なところが出てしまっているのは重々に自覚している。
「そうだね。それなら私に会いに来ない選択を取る方が合理的だもの」
「そこで、秋城のアカウント問題に戻る訳です……あー……本当にすまん。今回、俺が都古と向き合おうと思った理由なんだが……その、秋城として復帰しててですね……」
「私がアカウントを消そうとしたから、ってことね……」
はああああああ、大きい溜息を都古が零す。そりゃそうだ。なんかすごくいい話風に纏まりそうだったのに、動き始めたきっかけがUtubeのアカウントだなんて。
「いや、あの、もちろん。俺は都古のことも考えたぞ。都古に会いに来たのだって、今幸せなのかとか、そういうのも聞きたくて……」
文字通り、しどろもどろ。本当に格好がつかない。
「でも、一番はアカウント目的でしょ?」
「ぐぅ……そうなる……」
「なにそれ……」
涙の引っ込んだ都古が呆れたような視線を俺に向けてくる。でも、ふっ、と笑って言うのだ。
「なにそれ、兄さんらしい」
そんな笑みを零す都古の表情はどこか晴れ晴れしかった。