あれから1週間と少しの時間が流れた。冬の冷え込みとは一気に進むもので。もう厚手のコートを出してもいいかもしれない、そう思わせられる時期。大学内はガンガンに暖房が効いて、その心地いい暖かさにシャープペンを持ちながら船を漕いでいると、端末に通知が入る。
相手は世那だった。おい、講義中……と思いつつも、世那からのLEINに表示された文章に緊張感が走る。
『都古さん、会ってくれるって。で、日程なんだけど、12月の03日でどうかな?』
今週の土曜日。俺は自分のスケジュールアプリを立ち上げて、何もないことを確認すればぽちぽちと文章を打ち込む。
『問題ない。その日で頼む』
俺の返事にすぐさまあざらしのOKのスタンプが届く。Xデーが決まったことに体が僅かに緊張状態に陥る。俺はそれに気づけば、ぐ、と一瞬体に力を入れて弛緩させることで緊張状態を解こうとする。Xデーはまだ遠い、今からこんなんじゃ当日目も当てられなくなってしまう。
俺は苦笑を浮かべながら講義に意識を戻すのであった。
いざ、当日。今日は俺からすれば前世の妹に会う日だが、都古からすれば全然知らない男の人に会う日、ということで警戒されないためにも世那が同行することになった。なにからなにまで迷惑をかけて申し訳ない、と謝った俺に「気にしなーい」と返してきた世那とのLEINが記憶に新しい。ちなみに都古には「詳細は本人から聞いてほしいけど、秋城のアカウント関連で会ってほしい人が居る」と伝えてあるらしい。そんな怪しい声掛けによく乗ったな、都古。なんて思いながらも、それだけ都古にとって兄の形見である秋城のアカウントは大事なものであるのだろう、と罪悪感のようなモノが湧いた。
「すーちゃんにもちゃんと後で報告しなきゃね」
そう、電車に揺られながら世那は言う。まあ、仕方ないっちゃ仕方ないのだが今日は鈴羽は同行していない。今回は部外者だから、と本人が辞退したのもあるし、来ても世那も俺もどう紹介したらいいか悩んでしまうだろう、ということでだ。
「だな。鈴羽にいい報告ができるよう、今日はマジで頑張るわ」
歯を見せて笑えば世那が俺の顔をマジマジと見る。なんだ、なんか可笑しいところあったか?
「隼人、すーちゃんの名前ちゃんと言えるようになったんだ」
「え?あ……」
そう言えば、いつからだ?気づいたら普通に呼んでいたが……俺が首を傾げていると、少し頬を膨らませた世那が見上げてくる。
「私の時はそんなことなかったのにね~」
「いや、流石に初めて下の名前呼んだときは緊張したぞ?」
「最初だけでしょー?」
うぐぅ。それはそう。
「いや、でも、ほら、鈴羽は……」
「はいはい、推しだから、でしょ?分かってるよー」
世那が呆れたように流してくる。いや、その通りなんだが。……その通り過ぎて言い返せない。
「あ、此処だ。隼人!」
そうして、電車に揺られることちょっとお尻が痛くなるような時間。俺たちの住んでいる県のお隣の県にある桜坂駅に電車が到着する。世那の声に俺はいそいそと立ち上がり、桜坂駅に降り立てば、冷たい風がぴゅう、と歓迎するように吹き抜けた。
「うー……さっぶ……」
「そりゃ、そんだけ足出していればな……」
世那はこんなに寒い日だというのに、下半身は短めのスカートで脚丸出しで。
「でも~、これ素足じゃないんだなあ~」
「え?」
世那の言葉についつい俺は世那の脚をガン見してしまう。見事な肌色の脚、その脚は男の俺からすれば素足にしか見えなくて。すると、世那が脚に指先を這わせて、何かを摘まむように持ち上げる。すると、肌色の何か薄い肌色の膜が持ち上がる。
「素足っぽく見えるタイツ~~~、って言っても男子には縁ないかぁ」
「ないな、え、手の色と変わらないから素足だと思ってたわ」
「な訳ないじゃん。めっちゃ寒いし」
「でも、それ着ても寒いんだろ?」
「うん」
死んだ目で頷く世那。どこかで聞いた、お洒落に我慢はつきもの、という言葉を思い出す。女性の世界の過酷さに俺は心の中で手を合わせながら、コートのポケットからカイロを取り出して、世那に差し出す。
「脚はどうにもならんが、ないよりかはマシだろ」
世那は一瞬驚いてから、頬を緩ませて笑った。
「へへ、ありがと、隼人」
カイロを受け取った世那はそれに頬を寄せながら、俺を先導していくのであった。
そうして、世那に導かれて歩くこと5分ぐらい。ちょっと住宅地に入った場所に今日の目的地……都古と会うことになるカフェはあった。カフェの外観は綺麗めな一軒家、と言っても納得するようなこじんまり感で。店の外に「café 止まり木」という看板が出ていなかったらまずスルーしてしまうだろう。というか、看板が出てても俺は不法侵入を疑われたくないから入るのを躊躇ってしまう。そして、いつものことだが……臆せず世那は入っていく。この度胸はいったいどこから来ているのか、俺は頭の上にはてなを浮かべながら、世那の後ろについてカフェに入っていく。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「えーと、あ、居た!」
世那が店内を見て零した言葉に緊張が走る。ついつい、緊張で視線を足元に降ろす俺。
「待ち合わせですね、かしこまりました」
そう言って店員が引き下がっていく。そして、世那が俺の脇を突くのであった。
「ほら、行くよ」
「あ、ああ……」
やっぱりどんだけ決心を固めたとしても緊張はしてしまう。俺は心臓をバクバクと早鐘を打たせながら、世那についていく。
店内はさほど広くはなく。世那がまっすぐ歩いていき———亜麻色の髪色をしたショートカットの女性に声をかけた。
「都古さーん!今日はいきなりごめんなさい~」
そう世那が呼びかければ———。
(あ……)
顔を上げる女性。その女性はまごう事無く都古であった。俺の記憶にある都古は女子高生の姿ではあったため、この女性は大分老けてはいるのだが……それでも、この人が都古である、と確信を持って言えた。言葉にならないが、ならない部分が確実に都古であった。
「いえ、私の都合でこっちまで来てもらってごめんなさい。で、そちらの方が……」
都古が俺に視線を向ける。知らない人を見る目、当然と言えば当然なのだがそれでもどこか俺の胸に悲しさをもたらす。
俺の中で感情が一気にひしゃげそうになる。俺が兄だ、と、ごめん、幸せになれたか?そんな言葉が胸をいっぱいに満たして口から零れそうになる。だけど、それを耐えて、口を一文字に結んで頭を下げる。そして、頭を上げて声を……今この場に相応しい文章を口から紡ぎだす。
「高山 隼人です。今日は来ていただけてよかった」
声を絞り出せば、都古はちょっとそっけなく座ることを促してくる。俺と世那はそれに従い都古の対面の座席に座る。
「秋ヶ城 都古です。……で、貴方が兄の、秋城のアカウントを使っている人、ってことかしら?」
都古が切り込んでくる。薄らと感じる怒り。その敵意が肌をちりちりと刺激した。俺がなんて切り出そうか、悩んでいると俺だけに見える位置で世那が俺を制した。
「都古さん、……その話を今日はしにきました。でも、その前に隼人のお話にも付き合ってもらえませんか?」
世那は気圧されることなく凛と告げる。都古は何回か呼吸をしなおせば、視線を逸らして言う。
「……構わないわ。時間はたっぷりあるもの」
そうして、都古がメニューを手に取って差し出してくる。世那はそれを受け取ってにこり、と笑うのだ。
「ありがとうございます。……隼人なに頼む?」
とりあえず。世那はいちごラテ、マシュマロ乗せを、俺はホットのカフェラテを頼んだ。店員が立ち去った後、気まずい沈黙が場を支配する。どう話を切り出そうか、そう伺っていると、都古が先に口を開いた。
「その、高山さん、でいいかしら?」
「ああ、大丈夫だ……です」
いけないいけない。俺からすれば初対面じゃなくても都古からすれば初対面なのだ。俺は咳払いをしてごまかす。
「高山さんは、私になんのお話が?」
都古の当然の疑問に俺は背筋を正す。そうして、カラカラに乾いた口で声を出そうとして変な音が出る。俺はもう一回咳払いをして注文時に店員さんが運んできてくれたお冷で口の中を潤す。
「……俺は今からとても非現実的な話をします。でも、それを笑わないで、からかってると思わないで応じて欲しいんです。俺は微塵も秋ヶ城さんのことをからかってません」
俺の言葉に都古は一瞬視線を逸らしてから、視線を戻して頷くのであった。
「秋ヶ城さんは転生って信じてますか?」
俺の真剣な問いかけに、都古は一瞬苦笑いのようなモノを浮かべそうになって、俺の顔を見てからその苦笑いを引っ込めて俺を見る。微妙な間、その間を破ったのは———。